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お買い求めは、山志田仏壇で 【まとめ読み版】

 ある日出勤したら、世界が変わっていることに気づいた。
「オイオイ無織田《むおだ》君、売出しの日にギリギリ出勤とは気合入ってるねキミィ」
「……店長、うち今日で閉店じゃなかったですっけ」
「はっはっは、80周年記念でここより良い霊地にでも移転オープンする気かね? ヤル気有るのか無いのかハッキリしないねキミ」
 山志田仏壇、だった筈だが、まだ眠気の抜けない俺の目の前には、裏口からも無駄に見える【パワーアイテムYAMASHIDA】の四面ネオン看板が輝いていた。あ、いや、下の隅に小さく山志田仏壇とも書いてある。
――ひとまず、一日は働かなければ。ならないと思う。

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 仏具店だったので、基本はダーク系のスーツ(色の話だ)で接客に出ていたのだが、今日はその上に山吹色のエプロンを着させられた。ユニホームらしい。
 しかも、推測するにこの世界の俺が以前から使っている様子で、初めて着たにも関わらず妙なフィット感がある。
 店内を見る。レジまわりはそのままだ。あと、相変わらず線香臭い。しかしその他が全て変わっていた。陳列スペースがやたら広く感じられ、なぜかと思えば仏壇の類が全部隅に寄せられているのだ。その代わりにコンビニ宜しく並んだ棚に陳列されているのは……
「妖魔退散山志田香。多い日も安心山志田ストロング。香りの少ない山志田ライト……?」
 なにそれ?

「さあ! 開店するよ! シャッター開けて!」
 そんな疑問を解消する間もなく、店長に急かされて入口へ向かう。すると開ける前から異様なことに気付いた。
 開店前に……人が並んでいる。しかもそれは一人や二人ではなく、ガヤつく雰囲気が伝わってくるのだ。
 覚えている通りの手順で入口ドアのロックを外し、シャッターのロックを外し、勢い良く引き上げると、そこには人人人。

 こんなに人が山志田仏壇の前に並んだことが有っただろうかいや無い。

「早くどいてくれる?」
「あ、すみません」
 そう呆けていると、俺よりちょっと年下くらいの青年に店内に押し込まれた。それがキッカケになり、後ろの人々も続々となだれ込んでくる。
「いらっしゃいませ皆様! 本日は年末恒例対妖魔強化月間大売り出しでございまーーす!」
 店長が元気よくそう叫ぶ。今更だが、あの”おりん”(ちーんとなる奴)にも負ける覇気マイナス値の店長はどこへ行ったんだ。俺に閉店すること伝えた時、ゲボ吐きそうになってたじゃん。

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「やましだこうが一点、二点、ストロングが一点、戦闘用数珠が一点」
(……戦闘用数珠!?)
 レジに就いても動揺は終わらない。男性用数珠、女性用数珠。ここまではわかる。今も陳列されているし。だが、戦闘用のカテゴリの数珠なんて初めて見た。
「合計四点で5980円です」
「バーコード決済で」
「えっ」
 そんなハイカラなものは導入して……あった!?

 レジ横に見慣れぬPOPが有ると思ったら、バーコード決済用の読み取りバーコードだ。それに書かれたのは阿弥陀pay。
「金額合ってます?」
 見せられた画面にはさっき告げた通りの金額。
「は、はぃ!」
 曖昧な笑みでバッチリ頷くという社会人スキルを駆使しその場は乗り切ることにした。

 ブッダ!

 なんだその決済音。

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 そして怒涛のように、本当に怒涛のように接客をこなし、この店に勤め始めて初めて接客しすぎて疲れると言う体験をした。気難しい爺さんや、旦那さん(亡)を探しにきた婆さんを相手にボーダー探りながら接客するのとは違う。

 昼休みになっていた。

 売れ筋は例の線香とお数珠。あとは別宗派の祭具として十字架とか短剣(聖別済)とか巫剣? とかのようだ。
「なるほど、マジで霊とか妖怪とか魔物いるのか、この世界」
 持っていた携帯端末は何の問題もなく動き、ネットにもつながった。キャリアも同じだしブックマークも生きていた。しかし、試しにポータルサイトを覗けば「今日の霊障予報」だの「あなたにも簡単、怪異を物理で殴る方法」だのと並んでいる。

「何見てんですか?」
「うわ!? あ、瀬戸さんいたんだ」
「そりゃシフトですから来ますよ。お昼からはダンジョン上がりの人が増えるんですから」
 おっと新情報だぞ?

 瀬戸しずか。さん。確か大学生。性格も含め、見たところはこちらでもそれは変わってはいなさそうだった。
 手元でダンジョンとやらを検索すると、以前のゲーム攻略サイトのような体裁で『現実にある』ダンジョンの攻略サイトが幾つか出てきた。何かしら安全のためだろうが、【政府認定】などという文言が付いている。
 どうやら、日常出てくる連中をうちのお香で退散させるだけじゃ飽き足らず、わざわざ発生源に突っ込んでぶっ倒す人々がいるそうだ。それで食い扶持にしてる人もいるから一概に趣味人というわけでもなさそうだけれど。

 着替えた(エプロン付けただけだが)瀬戸さんにふと手元を覗き込まれる。
「お? どっか潜るんですか? ついに? 一緒行きます? ついに?」
「えぇ? こんな事するの?」
 そしてなんでそんなグイグイくるの?

「えー? 知ってるでしょ。社割使えるからこのバイトしてるんですから」
――訂正。趣味が完全に変わっていたようである。変な無織田さんと俺を笑う瀬戸さんの腕は、少し太ましくなっているのかもしれない。

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「ノーマル5個」
「はいノーマル5個」
「ストロング10個」
「はいストロング10個」
「ノーマルと5個ずつ」
「はいノーマル5個……ストロング5個でよかったですか……?」
「おう」
 昼食を済まして午後。果たして、昼からは妙な圧のある連中が大挙して訪れ、人数から言えば少ないが一人あたりの接客時間がかなり増えた。レジで手販売に切り替えたのは良いが、品名はきちんと伝えてほしい。

「今日はどうですか、ダンジョンの方」
「少し多めかな? ポイント稼げて丁度いいくらいだよ」
 隣で手早く商品をさばきつつ、瀬戸さんは雑談をこなす。なんかこっちと違って雰囲気が和やかじゃない? ていうか全体的に皆さん清潔じゃない? 瀬戸さん目当てなの? JDはこっちでも条例対象外か?

「ライトはどこかしら」
「あ、おいくつですか」
 そんなよく分からない羨みを抱きつつレジを進めると、俺の目の前にはボンレスハムじみたマダムが長財布を手にしていた。
「42」
「……ちょっとまってください……!?」
 キリよく4箱じゃダメなんですか!?
 そんな言葉を飲み込みつつ、そのマダムのため、俺は線香コーナーの棚下収納へ走る。ライトはそんなにレジに置いていないのだ。

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「おいニイちゃん、数珠どこ?」
「えうあ!? あ、あの棚です」
 そしてそのマダムのために段ボール箱を運び終わり店内へ戻ると、今度は線香の塊のような激臭のおっさん冒険者に声をかけられた。なお、上から下まで身体中御札だらけなので、おっさんというのは声から推定だ。ビビりつつ戦闘用数珠の棚の方向を指す。

 あんがとよ。と声だけは気軽にそっちへ歩む彼は、身体同様御札だらけの大きな函と、一転真っ更な金剛杖を背負っていた。
「エダマキさんだ……」
「なんでこんなとこに……」
「いやまあ山志田香目当てだろ」
「なるほどな」

 店のそこかしこで密やかな声を交わし合う。
「ええと……どなた?」
 レジに戻りつつ誰ともなしに尋ねてみた。
「おいおいモグリかよ。あれが【超鬼】殺しのエダマキさんだよ」
 いやだから誰だよ。

「店長! エダマキさん。エダマキさんお越しです」
「何!? あの!?」
 果ては瀬戸さんがバックヤードへ声をかけ、遅めの昼食中の店長を呼び出す。
「今お数珠のとこです」
「何だろう……そんな”大物”こっちに出たのかな……」
 俵型おにぎりを手にした店長は、訝しげな顔をして表に出てくる。食が細いのは相変わらずで良かった。いや、良いも悪いもないが。

 そしてそのざわつきを歯牙にもかけず、エダマキさんとやらは数珠を陳列フック一個分丸ごと掴みレジへと近付いてくる。某聖人の如く列が割れ、お、いいのかい。とは口ばかり、遠慮することなく彼はカウンターにそれを置いた。
「ストロング、13個」
「あ、はい」
 俺はかがみ込み、ダンボール箱ごとカウンターに置いた。
 いや、置こうとした。1箱と1つを。

「それとこれ……お、おっと?」
 エダマキさんがそう言いながらクルリと背を向け下ろそうとした木(?)の函と、俺の出したダンボール箱がぶつかり、その大きさに反して恐ろしく軽い函が、地面へと落下した。
 落下、してしまった。

【shshshshshshshshhshshshshshshshshshhshshshshshshsh】
 Nannka、Kuroino、Deta。

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「お客様! お客様たちは逃げて!」
 店長が声を張り上げ、瀬戸さんは急いで避難路を開ける。一方、函から湧き出した黒い”なにか”は一瞬わだかまったかと思うと、爆発。店全体をビリビリと震わせた。
「がぁっ!」
「きゃあ!」
「うわぁあ!」
「ぬぅう……」
 俺は反射的に耳を塞ぎ尻餅をつき、店長と瀬戸さん、その他一部お客様が吹き飛ばされる。エダマキさんだけは、かろうじて踏みとどまっていた。

「な、なんなんですかあれ。なんであんなもの店の中に持ち込んだんですか!?」
「あの怨霊、路上に置くと禁固刑なんだよ」
 なんだその超危険物は。

【gshhhhhhhlaaaaaaaaa!!】
 その間にも、”怨霊”とやらはつむじ風を描くように店中を吹き抜け、店中の物がひっくり返る。
 お客様がたは、幸いほぼ避難出来ていたようで、今、瀬戸さんを後尾に全員店外へと出た。

 そして俺たちの目の前で再び黒色が渦巻き、店の真ん中で人型に膨れ上がる。
「「「おお、おお、臭い臭い。狭苦しいトコを出たと思ったらひどいニオイのトコに出たもンじゃ」」」
 老爺とも幼女とも聞こえる不思議な声音がその身体全体から聞こえた。
「店長、金は後で払うぞ」
 エダマキさんはそう言うなり、山志田ストロングとライトをそれぞれ5つずつぶちまけると、フィンガースナップ一発、全てに火がつく。
 は? 手品? いや魔法?
「集い、逆巻き、纏い、穿け……セイヤーッ!」
 俺の驚愕の顔を一顧だにすることなく、エダマキさんは金剛杖を構えたかと思うと、もうもうと上がる煙がそれに巻き付き、そのまま彼は弾丸のような勢いで突きかかった。

 バヅン! と軟質な物を圧し潰すような音が響き、怨霊の左脇腹に当たる部分が弾け飛ぶ。
――弾け飛ぶところで、認識が追いついたのだが。
 怨霊は苦鳴の一つも上げず、弾けた逆側、右腕を掬い上げる軌道で振るった。豪と唸りを上げて迫るそれをエダマキさんは金剛杖の反対側で受け流す。間髪入れず杖で怨霊の逆の腕を打ち据えると、鈍い音が確かな手応えを知らせた。
 だが、受け流されたと思われた腕は霧消し、別の箇所から生えて再びエダマキさんに打ち掛かる。
 それを受け止めたのは札だらけの腕。とっさに跳ね上げることでインパクトを減殺したのだとしても、骨は軋み足は撓む。しかし、しゅうしゅうとその接触した場所から怨霊を焦がし害する音が響いていた。札の効果なのだろう。

 そして、一呼吸ほどの静寂の後、打ち、払い、突き。

 打ち突き薙ぎ、避け弾け殴り、ポジションを替え。

 薙殴弾避避薙突替避殴替打弾弾突殴突替打打薙ぐ。

 次第に加速する二者は示し合わせたかのように応酬し、巻き込まれた周りの物体が弾き飛ばされ、窓にびしりと音を立てて亀裂が走る。

 とても近付ける雰囲気ではない。そう確信したその時。
「「「gshahaaaaaaaa!! 爆ぜろ」」」
 焦れたらしい怨霊が大振りで牽制したかと思うと、両手を床に叩きつけた。衝撃波がエダマキさんと周りのものをまとめて吹き飛ばす。
 直接受けたエダマキさんはおろか線の細い店長はその余波だけで転がり、俺は……
「……いや、なんでお前さっきから食らってねえの?」
「え? あ、そういえば」
 俺は、そよ風くらいにしか感じていなかった。

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 思い返せば最初からそうだ。爆音に驚いてへたりこみはしたが、それだけだった。
「「「なん……じゃと……?」」」
 その様子に気付いたらしい怨霊が後退ろうとする。が、いつの間にやら再び立ち込めていた山志田香の煙にあえなく阻まれる。
「結界効果は、ライトが一番強い」
「へえ」と俺。
「そうなんだ」と店長。店長!?

 私売ってるだけだし。などと俺に視線で答える店長は置いておいて、エダマキさんが金剛杖で怨霊を威嚇しつつ話し続ける。
「なんだかしらんが、お前さん絶霊状態だな?」
「絶霊状態?」
 あ、すごい、杖に巻き付くように煙が滞留してる。

「霊的な影響をほぼ、あるいは全く受けない状態。普通は赤ちゃんとかがそうだね」
「そうなんですか?」
「そうだ。お前さんみたいな歳でそんな状態になってるのは珍しいが……まあいい。つまり、あ奴はお前に触れないということだ。店長、緊急用のアレ、あるな」
と、エダマキさんは店長に視線を向けて合図する。

「緊急用の……? ああ!」
 少し考え合点がいった店長は、大回りに怨霊を避けつつソロソロと店内を移動すると、カウンターの天板を引っ剥がして何かを取り出した。

「あったあった。緊急対処用の秘札《ひさつ》」
 それはいかにも古めかしい、飴色に変色した『御札』だ。

「この店の霊的な要みたいなもんだが、暫くなら大丈夫だろう。それをあいつに貼ってやれ」
「お、俺がですか」
 御札だらけの中から、今度は俺に視線を向ける。
「なに、騙されたと思ってあ奴に近づいてみろ」
 そんなこと言われても怖いものは怖い。御札を手に渋々近づいてみる。
「「「なんじゃお主。やめろ! 寄るな!」」」
 と、必死で鉤爪を振り回され反応する間もなく俺は切り裂かれる……ことはなく。

「あっははははははっは!? ……めちゃくちゃくすぐったい」
 通り抜けた身体の奥を直接まさぐられるような、猛烈なくすぐったさが俺を襲い、それだけだった。
「「「やめろ!! 近づくなぁぁぁぁ!!」」」
 そして、手にしていた御札を無造作に怨霊に貼り付けると、名も知らぬ怨霊は溶けるように消散した。

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「じゃあ、これ。さっきの香と秘札に足りるかね」
 あっけない幕切れからしばらくして、エダマキさんが懐からクリップで止められただけの分厚い札束を出すと、店長は慌てた様子で受け取っていた。 もちろん全部一万円札だ。
「店の被害は請求してくれればまた払うよ」
 しかし、そのお金よりも添えられた彼の名刺こそ、店長はありがたがっていたが。

「大変な目に会いましたね」
「おかえり。そうだね」
 先の騒動で転んで軽い怪我をしたお客様を送ってきたという瀬戸さんも返ってきて、結局、店の片付けもあってその日は店じまいとなった。

「私もこの店に入ってから二度目だよ。と言っても前回はこんなにスゴイのじゃなかったけど」
 散乱した山志田香を集めながら店長がそう言う。これがこの世界の珍しくも日常の一部、なのだろう。

「ところでなんで無織田君は絶霊状態なんかになってたんだろうねえ?」
「え? そうなんですか!? やっぱダンジョン行きましょうよ。オバケ相手なら無双ですよ無双」
「い、いいよ。怖いから」
 瀬戸さんに目が爛々と輝く。
「絶霊状態でも子鬼とかに殴られたら普通に死ぬからね」
 そらそうだろう。冗談じゃない。

 そして、そんなこんなをしているうちに、やがて店の中は元の状態に戻り……什器などが凄い抉れ方をしてたりするが……終業時間となった。
 すっかり空は暗くなり、ネオンが消灯されるとそれもひとしおだ。
「じゃ、また明日。明日は振替でセールするよ。早めに来てね」
 帰り際店長は俺にそう言うと、元の世界と同じように、ひ弱そうな顔で微かに笑んで帰って行った。
「お疲れさまでした!」
「お疲れさまでした」
 瀬戸さんと俺もそう返すと、それぞれの方向へ。

 ……あ、明日からどうしよう。

【おわり】

■山志田仏壇
またはパワーアイテムYAMASHIDA
ブッディズム系統の対霊、対魔アイテムの老舗。一般的な商品はもちろんのこと、名物である山志田香は廉価手軽でありながら効果は強力。暮らしの必需品である。なお、かつての一号店である瑠璃光町店は特に人気が高い。

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