年末特別妖魔退治キャンペーン #パルプアドベントカレンダー2024
「まよせ? なよけ? ってのを貰いたいんだけど」
「名寄の取得なら二階の税務課の家屋係。魔除けの配布なら三階の霊務課の禍乎駆係になります」
「じゃあ二階だわ。ありがとうね」
50代ほどの女性市民が、市役所入り口の案内係の女性に礼を言ってエレベーターへと向かった。すぐに、次に並んでいた市民が用向きを相談する。
年末も差し迫った12月のなかば。華護洲市役所瑠璃光町支所は市民でごったがえしていた。
世界に妖魔が現れ社会が崩壊しかけて数十年。どんなことがあっても、年は暮れる。
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ところ変わって支所四階、霊務課孤斥係。
積極的に妖魔変物の類に対応する部署である。
「というわけで現地立会いは来週の火曜日。午前10時5分にお伺いするので」
「お、遅くないですか? 毎日ユーレイがガタガタうるさくてつらいんですけど」
相談に来たと思しき30代くらいの男性市民がソファから身を乗り出し、40代くらいの孤斥係男性職員・ウメモトに食ってかかっていた。
「いやあ、ここに立って歩いて来れるくらいなら大丈夫大丈夫。急変したら救急とか呼んでください。119番ですよ」
「119がユーレイ妖魔倒してくれるんですか?」
「いえ、襲われて死ぬ前に連絡していただければと」
「ちょっと!?」
そのまま喧々諤々とやり取りをするが、ウメモトは規定通り来週の約束を提示する以外譲ることはなかった。
「じゃあ、来週お願いします……」
仕方なく男性は不承不承退室す「うおわくっっっっっっっさ」ると、彼と入れ違いに全身お札だらけの人影が入室してくる。
ヴォエ!!
廊下で男性のえづく声を気にすることなく、その人は備え付けのソファにどっかと腰を下ろした。同時に、線香と聖水と血と脂の混ざった猛烈な臭気が飛散する。
「あ、マスク失礼しますね。どうしました? エダマキさん」
「用件は二件だ。まず山志田仏壇のな、備え付けの秘札。この前使い切っちゃったから、融通してあげてくれ。あれがないと営業もままならんだろうから」
「ええ……はい。はいぃ!? 何をしたらアレが無くなることがあるんですか!? 自治体消滅クラスの大霊でも祓ったんですか!?」
ウメモトはエダマキの言葉が冗談なのか焦るべきなのか判断しきれず、先ほどの対応とは打って変わった様子で問いただす。
「明察だな。その通りだ。三丁目の迷宮の、奥の”隠”。あれを消したよ」
「んな馬鹿な……神宮に運んで圧し潰す予定だったでしょう、あれは……って、あれ!? その函をなんでそんなに無造作に置いてるんですか」
それは、先に話題に出ていた大霊を封じるための函である。路上に無造作に置いたら重犯罪級の代物であり、いわば巨大な爆発物を目の前に置かれたような焦燥感を覚えることは無理からぬことだった。
「もうカラだよ。安心しな。『霧の神宮』まで行脚しなくて済んでよかった」
そう言って、札だらけの奥でエダマキが笑った気配がした。
「そして、二件目だ。来週の、清山ハイツの件。オレも参加するぞ。この件が済んで、秘札の代金呉れてやったから、金がない」
そう言って、エダマキは今や何も入っていない函をトントンと叩いた。
「ところで、山志田香いらないか? 余っちまった」
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週は変わって水曜。時刻は朝9時過ぎ。
「おい、エダマキさんいるぞ」
「なんでいるんだ」
「サインもらえ」
「金取られるぞ。中級霊くらいなら吹っ飛ばせるお札になるし」
「一層欲しいわ」
ざわつく彼らがいるのは、件のアパートの前だった。
衣服こそジャージやGパントレーナーの上にジャンバーを羽織ったようなカジュアルな格好だが、その手には各々刀や短槍などの武器が握られており、足元には後で身に着けるであろう胸甲や手甲が積んである。
彼らは、妖魔駆除に集められた狩人と呼ばれる者たちである。個人事業主である。
「あ、あー、孤斥係ウメモトです。それでは、今年も年末で澱んだ瘴気の吹き溜まりをブチ壊していきましょう。今回は、暫く人がいなくなったアパートが迷宮化したパターン。清山ハイツになります。各階1Kが三部屋、全部で六部屋現場ですが、異界化しているので実際の広さは不明です。死なないでください。手続きが面倒ですからね」
フラットな調子でメガホンから響くウメモトの言葉に爆笑が起こった。ただし一人を除いて。
(え、死ぬ可能性あんの)
と心の中で呟いてから、そりゃそうかとその青年・サイジョーは自答した。
迷宮潜りで調子よく功績を上げていたところで声をかけられ、年末のもの要りでつい参加してみたが、左右どちらをみても一流の迷宮潜りばかりだ。突出してるのはエダマキだが、それ以外にも軽く街一つ壊滅するような危機を解決したような『プチ英雄』がゴロゴロいる。そういう連中が、この狩人に選ばれる。
とはいえ、サイジョーもサイジョーで、持ち手を延長し、逆側の先端を斧状に肥大化させた大型の鉈……名付けて斧鉈などという、なかなか剣呑なものを手にしている。
「お前さん、この中では弱めだね。一手鍛えてやろう」
「はい? うわくさ……いやなんでもないです」
サイジョーが少しの間物思いにふけっていると、そんなしゃがれた声がかけられ、目の前にはエダマキが立っていた。手にはいつもの金剛杖と数珠。小ぶりな函を背負っている。頭頂部はサイジョーの目線の高さにあり、意外と背が低いんだな。とふと思った。
「203号だ。楽しいぞ」
「えええ!? それ、は、ありがたい? ですケド?」
本当にいつの間に取ったのか、エダマキの手には担当振り分けを示すペーパーが握られており、そこに数行ある記入欄に自分の名前をすでに書いていた。
サイジョーはあずかり知らぬことだが、本来はウメモトが一通り説明してから配布する物である。
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さて、203号室はこのアパートの中では一番奥にあたる。
その扉を開ける前から、じっとりとイヤな汗がサイジョーの背中に湧いて出てくる。
2階担当になった連中が後ろで慎重に最終確認を進める中、
「はい失礼しますよっと」
そんなことを気にする様子も一切なく、エダマキは無造作に扉に手をかけ開ける。
ゴ……と一瞬だけ風が吹く。異界と繋がった証拠である。
中には粘着質の闇が凝ったような空間が広がっていた。元の部屋のテクスチャはそのままに、床と壁を汚濁で染めたかのような出鱈目な光景である。そして、今開け放った玄関よりも、アパートの廊下の幅よりも、当然のようにその空間は広い。
「さあ、行くぞ」
一秒の半分ほど逡巡したサイジョーを待っていたかのように、無造作にエダマキが足を踏み入れる。途端、空間接続地点の陰に潜んでいた小鬼が躍りかかる。
「……!!」
そんなのありかよ!? と思いながらサイジョーは反射的に斧鉈を蹴り上げるようにして逆袈裟に振り上げるが、まるで先に知っていたかのようにエダマキは数珠を巻いた拳で小鬼の頭を粉砕していた。あるいは、小鬼の頭がエダマキの拳に吸い付けられたかのような錯覚を覚える。
サイジョーの反応が悪いわけではない。
否、迷宮潜りであれば上等。今日集められた狩人の中でも十分平均点に達している。
シンプルにエダマキが強すぎる。
「そらくるぞ。次はお前がやってみろ」
「……はい!」
奇襲が凌がれたことなど毛ほども気にせず、横あいに開いた穴から小鬼が湧き出ていた。
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狩人らが突入を開始してから三時間ほど。
アパート駐車場にテントを設営し、ウメモトは同僚の女性職員と談笑していた。
「それでね、昨日の霊がものすごくアクロバティックで……」
臨時本部と称しているが、部屋の中に持ち込めない狩人らの貴重品などを預かる業務である。
「おおーい、102号担当、ヨネタ、クロード、最深部到達。でも妖魔そんなにいなかったですわ」
「まあ当たり部屋ではないデスネー」
「おやおや、残念でしたね。こればかりは運ですからね」
どす黒い返り血をスポーツタオルで拭いながら、中年の男性と年若い女性の狩人が本部へ帰ってきた。幸か不幸か一番乗りである。おそらく、そう時間をおかずほかの狩人らも終わってくるであろう。
「もうちょっと豊作だったら、欲しい触媒があったんデスけどね。三丁目は奥のヤツが消えても、まだまだいマスから」
「助かります。また来年もよろしく」
「じゃ、向こうで休んでますね。どーも」
そう言って貴重品入れと弁当を受け取った二人は、休憩エリアへ足を向けた。
そのとき、ずずん、と、”精神に響く”衝撃波がアパートから響いてきた。
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少し時間は巻き戻る。
エダマキとサイジョーは戦闘を繰り返し、着々と進んでいた。まっすぐな道を歩くのとは感覚が違うとはいえ、既にキロ単位の距離を歩いている。
整理しよう。迷宮化する前のこの部屋の間取りは、玄関から入ってすぐキッチンがあり、横には浴室洗面とトイレ。奥に洋間が存在していた。
そして、現在の迷宮。サイズが何倍にも膨らんだうえで、その間取りのパターンを踏襲したような具合だと推定できる。ランダムに接続された浴室洗面パターンとトイレパターンのエリアを適宜潰しながら、正解ルートのキッチンパターンのエリアを選び取り先に進む。しかし、その考えでいくと、洋間パターンのエリアは未だ出現していなかった。
推測するに、その洋間パターンを制圧すればこの混沌を収拾できるのであろう。
「破ッ!!」
エダマキが爆破するような勢いで扉を蹴り開ける。目の前にはこれまでより一段と広く高い、ちょっとした体育館くらいの空間が広がっていた。果たして、洋間の変成した最深部であった。その中心に、ゆらりと巨大な影が立ち上がる。
「どくろ入道だな。まあ当たりだろう。今日は寿司を食えるぞ」
ふわりと頭蓋骨が影の天辺に収まり、サイジョーでも両手で抱えないといけないほどの巨大なそれの中に、何重にも鬼火が灯った。頭頂高は3から4mほどか。
「「「「死ね」」」」
難解な思想も理由も何も無い、生者へ向けられる純粋な悪意の澱みがその言葉と共に叩きつけられた。
「炎、羅ッ!」
「レジスト:闇。エンハンス:光。出力50。バースト」
エダマキの全身と金剛杖に極薄の炎の結界が纏わされ、サイジョーの身体と斧鉈にそれぞれ暗紫色と明黄色の光の珠が吸い込まれ弾ける。
襲い掛かる死瘴の衝撃がそれぞれの防衛機構とせめぎ合い、然る後に解決。同時に二人は左右に散り、どくろ入道を挟撃せんとする。
「双撃。その後ゴー」
「了解。ゴー」
先ほどの扉よろしく、足元が爆発するようにエダマキが跳躍。収束させ拳大にした炎を杖の両端に宿し、胸郭に一撃。翻し、神速で一回転してからその勢いを増して杖の反対側を大腿骨に衝突させる。
ボギ、という悍ましい音と共に、巨大な骸骨が傾ぐ。そこに、サイジョーが大胆極まりない軌道で斧鉈を横薙ぎに振るう。
避けるだろう? と問うまでもなく、屈んだエダマキの頭の先を通り過ぎ、トップヘヴィーの質量が輝きを加重され衝撃する。だが、重要部をかばうように特大の骨の手の平がそれを阻んだ。
重撃が手のひらから前腕半ばまで破壊。しかしながら血肉ない身であれば、ダメージは稼げない。
「範囲攻撃実行。その間引き付けろ。ゴー」
「了解。ゴー」
どくろ入道とはタイミングを異にして周囲の闇が凝集し、カナイタチ、小鬼、一つ目、舌蚯蚓、チュパカブラなどの有象無象の妖魔が現れる。
エダマキが懐からパッケージに入ったままのお香を取り出し、一気に着火。猛烈に生じた煙を自身の”ちから”と混ぜ合わせて杖に纏わせ、今度はエダマキが絶死の衝撃を叩き付けた。
一方サイジョーは、大技の代償に隙を晒すエダマキとどくろ入道との間に立ち塞がり、骨の巨腕を叩きつけられる。砕かれたままの”それ”を、乱雑極まりない軌道でどくろ入道は棍棒のように一撃、二撃、三撃と振るう。
「ぐっ! がっ! なめるなァ!!!」
身体中が軋みを上げる。だが、それを跳ねのけるように気合を発散した。
こいつを斃して、年末はテレビ見ながらデカい肉とか喰おう。骨付きの。
サイジョーはそう心に誓った。
【おわり】