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AA! アイドル スターバスター・セラの追憶 前編

『緊急警報発令。緊急警報発令。 E粒子反応増大。悪魔の出現が予想されます。誘致開始。住民は直ちに建物に避難し、観覧の準備を開始してください』
街頭スピーカーが短いサイレンと共に大音声を発し、住民達は至近のビルへと急ぐ。避難を確認された街路は沈降しカバーシャッターを閉鎖。指定された駐車場所に停めていなかったマナー違反車両はバランスを崩し傾ぎ、挟まれ前後に両断された。
『システムイージス発動。これ以降ステージ内外の行き来は原則不可能になります』
そして、漆黒の粒子が虚空の一点に凝集すると、体長約5mの赤黒い皮膚、ねじくれた角、妙に長い腕を持つ悪魔が出現した。
『出現を確認。サイズ・ミディアム。タイプ・ガーゴイル。知能・C+。総合脅威度・B-』
出現を終えた悪魔……ガーゴイルは一瞬の落下の後意識を取り戻し、背中に折り畳まれていた翼を広げ空中へと飛び上がる。
『AA(アーマー・アラウンド)出演開始。第一演者、リボルビング・マヤン』
そして、”彼”の目の前に大都市が現れる。
第七新造対魔迎撃都市……通称”K”。彼を今から打ち砕くステージだ。
『ショウ・マスト・ゴー・オン。拍手でお出迎えください』
ガーゴイルが、咆哮を上げた。

数十分後。
「あーもー! むかつく。あんな瞬殺されるんならB-とか嘘じゃない」
マヤンちゃんのインタビューが映し出されるモニターを前に、ふんわりとした丸顔に丸メガネをかけた私のマネージャー兼プロデューサー、ヒ村さんがヒステリックな声を上げていた。
「そもそもセラも第二演者でスタンバってんだから、1セット目は回しなさいよね藍鳳のやつ」
そう言って、苛立たしげにドスドスと格納庫……舞台袖を往復する。私、スターバスター・セラこと市崎星羅の目の前を。
「ていうかほんとに新人なのかしらあのコ。普通あんな至近の避け、新人でできるもん?」
数回、餓えたクマさんのようにそれを繰り返した後、キュっと足を止めて私の隣に腰を下ろす。
「まあ新曲出したばかりだから、それを免罪符にするんだろうけど」
するとソファが沈み込み、ブラックホールに吸い込まれる小石のように私はヒ村さんの方に寄りかかって柔らかな肩に頭をあずけた。
「そう思うでしょう、星羅!」
「うん」
「……張り合いがないわね。相変わらず。まあ、次頑張りましょ。スコア差はまだ1体だし」
我ながら愛想がないと思うが、不思議と人の怒りを吸い込む力がある……らしい。
モニターの中ではインタビューが終わり、私はいつの間にか衣装を着たまま居眠りしてしまっていた。

5年前。あの悪魔たちが初めてT京に出たのはかろうじて覚えている。いや、年齢から言えば10歳くらいだったし物心はついて随分立つので、普通に考えればしっかりと覚えていて当然なのだろうが、現実感がなくておぼろなのだ。
テレビ越しだったこともあるし、たまたまそういう小説を読んだばかりだったこともある。何より、悪魔を打ち倒した装着者が若かりし(今も十分若いが)頃のレジェンドことSHI-E-RIさんで、その姿の印象があまりに鮮烈だったからだ。
まさかその時は、自分が将来AA装着者になるとはゆめゆめ思わなかったけど。
『ご覧ください! 若い女性隊員の浮遊機械……エー……アーマーアラウンドと言うそうですが……から光の翼が発せられ、小型の不明生物を消し去っています。まるでその姿は天使か女神か……』
「ちがう。あれはアイドルだよ」
何が私にそう言わせたのか、今となってはわからない。だって、光波で編まれたひらひらのリボンが付いてたって、その大元がぼろぼろのボディアーマーじゃアイドルなんて思わない。
今の区分けで言えば最小サイズにクラスタリングされるゴブリン数体を最後の一人になって斃したその女性隊員は、今や国内最強最高のアイドルになった。

マヤンちゃんのステージから数日後。
『出現を確認。サイズ・ラージ。タイプ・ミノタウロス。知能・C。総合脅威度・B』
街に警報が響く。特別なメロディのそれは、イントロだけで悪魔が来たことを街の住人全員に気付かせるのに十分だ。私は夕暮れの街を格納庫へと急いだ。
『AA(アーマー・アラウンド)出演開始。第一演者、連城愛華』
専用の地下連絡路をアイドルパス(実態は少しセキュリティを強化したICカードだけど)で潜り抜け、今日の舞台の舞台袖にたどり着く。
『ショウ・マスト・ゴー・オン。拍手でお出迎えください』
「なんでこの前出られなかったのに今回も第二演者なのかしら!? ホントわかんない!」
入った瞬間、ヒ村さんがプリプリ怒りながら手元のタブレットで情報分析をこなしつつ並行してドレッサーの皆さんに指示を出していた。
「来たわね。急いで。今日はホワイトパッケージよ。この前の分も合わせて、たたっ斬ってやろうじゃない!」
「うん」
「返事ははい!」
「はぅん」
「は! い!」
「はい」
キャミを脱ぐとき引っかかったんだってば。

カチューシャ型ヘッドセット・アーマーコアを装着すると。神経接続で周辺視野領域にHUDっぽい画面が現れる。
「接続よし」
『接続よし』
「装着開始」
『装着開始』
私が右手と左手を大きく横に突き出すと、前後から挟みこむようにアーム・アーマーが装着され、自動的にロックボルトが作動し適度に締め上げる。
同様に足にもショートブーツ型のアーマーが嵌め込まれ、足首から補助的な柔軟装甲がストッキング状に展開し、アーマーアンダーとの境界を埋めてゆく。
そして短冊状の装甲が折り重なったプリーツ・スカート・アーマーが巻かれ、腰からスラスターアームが伸びる。ちなみに名前に反して構造はキュロットのように股下がある。開発者がその辺疎かったのだろうか。
最後に胸元にリボン、背中にクロスするようにスラスターウイングをあしらったブレザー風のアーマーをまとい、完成。カチューシャからエナジーリボンが発振し、私の思考に合わせて小揺るぎした。

準備完了した私は、通信機能の一部を使い第1セット大詰めのステージを観覧する。
丁度、画面内では愛華ちゃんがミノタウロスの斧をまともに喰らい、絶対装甲が強烈に発光するところだった。私は逸らしそうになる視線を強いて据え付け、趨勢を見守る。
あのバリアがある以上私たちの安全は絶対だ。これまで一人として戦闘で死者が出てないことからもそれは保証されている。が、わかっていても、怖いものは怖い。
大きくエネルギーを減らした愛華ちゃんは、少し早いがステージアウト。私の出番が目前に迫る。
『ダメージは蓄積してるはずよ。相手の身体が大きい分、アナタと愛称は良いわ』
スターティングポイントは閉鎖。インカムからヒ村さんの声が響いてくる。
『スターバスターを出すわ。断ち切ってきなさい、貴方の敵を』
足元から細長いコンテナがせり出し、ガキョ、と言う音とともに、黄金色に帯電する長柄の戦斧が出現した。
「スターバスター・セラ、入ります!」

【続く】

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むつぎはじめ
資料費(書籍購入、映像鑑賞、旅費)に使います。