聖女、血の魔法、勇者。
『……市内の中学校に通うKさんは全身の血液が抜かれた状態で発見され……』
「随分老けたね」
「は?」
悪口でしかないそのセリフが自分宛てだと理解したのは、少女が泣きそうな笑顔で俺に抱きついて来たからだった。俺は妙なニュースを表示していたスマホを取り落としそうになって慌てる。
「ユキ……! ユキアキ……! やっと……!」
「だ、誰!? 俺は雪秋だけど……誰!?」
「12年も……かかったけど……ようやく会えた!」
帰宅ラッシュ前で人が少ないとは言え、駅前である。
来年30のサラリーマンの俺が、今や完全に泣いているランドセルの少女に抱きつかれている。警察沙汰である。
どうにか引き離そうとするが、果たしてこの小さくてふわふわしてそうな身体のどこを掴んで良いものだろうか?
「とりあえず離れて……」
「……どこにも行かないよね?」
どこに行くも何も。と思いながら、彼女の鳶色の瞳と目が合ったとき、遠い記憶が呼び起された。
「君は、エレナ……?」
「そう。そうよ。今は千枝だけど、私はエレナ。蒼月の国の七番聖女。そして、あなたの……」
スゥと彼女が一息吸い込んだ瞬間、俺は強烈にマズい予感がしたが、止めることが出来なかった。
「あなたのおねえちゃん!」
■■■
俺には高校の頃のおかしな記憶がある。異世界に召喚され、仲間と国を救い、惜しまれつつ現代へ戻るという記憶だ。
十年以上の時が経ち、その記憶も薄れていたのだが……。
「で……千枝さん……は俺に会いに来ただけなのか?」
「うん! 最近ようやく魔力が戻って、探し出せたの」
その証拠が、俺の目の前でファミレスのパフェを頬張っていた。
「聖女の役目はどうしたんだ?」
「どうでもいいよそんなの。腹黒真っ白一番聖女様がいたし」
「はは……全身真っ白だった事しか覚えてないや」
そんな軽口を返しながら、エレナをぼんやり見る。
美少女だ。
だが、それ以上の感情は起こらなかった。
幸か不幸か、かつての俺の思いは摩耗していた。
【続く】