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土地の行方

「別にこの土地が欲しいわけじゃないんです。私も子供たちも」
 来所時に持って来るよう頼んでおいた固定資産税の明細を基にして大体どの辺か頭の中で確認している僕に向けて、60代半ば程の女性が吐き捨てるように呟いた。
「なんで義理の妹ってだけで、近所の人たちは私に言ってくるんでしょうねえ」
「それは……ほかに誰に言いようもないですから」
 何と無しにそう答えた僕に、そんな事はわかっている。とばかりに無言で睨み返してくる。僕は明細に目線を戻す。
 可哀そうだが、周辺住民にとっては「あの家の嫁」と「あの家の娘」を区別する義理はない。

 事の次第はこうだ。

 相談者、高田英恵さんの夫の兄、すなわち義理の兄である文明さんは、実家の土地建物を相続して住んでいたものの、先日病に倒れ、入院中だそうだ。
 おそらく、先は長くない。
 問題となったのはその実家である。
 郊外の住宅地にあるそこは、例によって昭和中ごろの趣味で作られた庭園……とは名ばかりの、巨石と手のかかる樹木が雑に植え付けられた庭が付属していた。
 この庭園というやつは季節ごとの手入れが必須である。しかし、庭園趣味の廃れた昨今、職人の数も足りなければ、お金もかかる。
 義兄氏が住んでいた頃はなんとか素人なりに枝を払うくらいの手入れはしていたようだが、それが途絶えてしまった。

 どうなるかといえば、伸び放題の枝に食べごろの葉が茂りまくり、害虫たちの天国の出来上がりというわけだ。

「それで、お兄さんは結婚はされてないんですね?」
「ええ……ですから入院の手続きも私たちが何から何まで」
 予約電話の際に聞いた事を反芻するための話題だ。ここで話題を広げられても困る。
「成程。それで、過去結婚は?」
 お決まりの確認事項だが、これが功を奏した。
「ええと、ああ、してました! 子供が大阪にいる……はずです」

 それなら話が変わってくる。手紙を出そう。そのためには、住民票、戸籍、戸籍附票の取得からだ。

【業務開始】

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むつぎはじめ
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