見出し画像

バングズ・サイレンサーズ

オフィス街の外れ。週末。夜。
事前の規制・誘導が奏功し、自動車と人々の音は遠い。今やこの通りは、対象と我々しかいない状況に整えられていた。
猫背気味の姿勢を不意に正し、不自然な周りの様子にようやく気付いたらしい対象は、我々を振り返る。

「遠山カナトさんですね。厚生省、消音課の王村です。こちらは同じく沼藤。ご同行を願います」
「なっ、サイレンサーズ……本当に存在していたのか」
「ええ、噂を聞いているなら、抵抗はしない方が良いとご存知のはず。ご同行ください」
先んじて身分証を示しながら言う我々に相対する彼の姿は、少し乱れた髪にメガネは無し。肩掛けのカバンはあまり物が入っておらず。典型的なお疲れの会社員といった風情だ。

「誰が! せっかくもらった能力、俺の能力だろ!」
「ええ、そうですね。貴方の個性だ。しかし、どんな理由があれ、他人を傷付けることは看過できません」
とても、この数週間で複数人を殺傷した人物とは思えない。

「うるさい! うるさいよ! どいつもこいつもバカにしやがって!」
『ストレス増大。破裂の兆候有り』
イヤホンから響いたオペレーターの森さんの言葉が早いか、我々の目の前で遠山氏は破裂音を響かせ、その身体を弾き飛ばすと、そこには全身がドス黒い皮膚に覆われた異形の人型が佇んでいた。

『個体照合。一致。固有能力不明』
「了解。こっちもセーフティ外すよ」
『承認』
抑圧破裂不可能犯罪犯……通称バングズ。20xx年以降、極度に発達した犯罪予測・予防システムが浸透した結果、僅かの間の平和の後、出てきたのが彼ら、バングズだった。
どこにも発散されない昏いストレスが最大化した人類は、その身を破裂させ、裏返し、異形化してまで犯罪の欲望を叶えようとしたのだ。

「対犯罪消音装備<サイレンサー・ユニット>ロック解除。対象を鎮圧します」
なら、我々もそれに応じて弾けようじゃないか。

ビジネススーツが、装甲に包まれた。

【続く】

資料費(書籍購入、映像鑑賞、旅費)に使います。