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バングズ・ビフォア・クリスマス #パルプアドベントカレンダー2020

 俺と夜野よるのさんを乗せた白のライトバンが、クリスマス前の夕刻、倉庫街を往く。
「だから夜野さん、俺を抱いて下さい」
「ダメだよ。あと何が”だから”なのか全然分からないんだけど」
 俺は顔を前方に固定しつつ、セクシーな白髪が混じる夜野さんの短髪を横目でチラチラと眺めながらそう言うが、返ってきたのはそんなつれない答えだった。

「俺の何がダメなんですか。歳ですか。タッパですか」
「何より僕に妻子がいるからダメだね」
「そんなシリアスじゃなくて、遊びで良いんですって」
「またそんなことを……」
 呆れたようにそう言われるので俺は更に言い募ろうとするが、残酷にも車は目的地へと到着し、夜野さんはさっさと助手席から降りてしまう。

「こちら夜野。現地に到着。状況は?」
『対象者2名増加。いずれも別件にてマークされていた人物です。現在4名。出入りの際に反応を取れました。対象を季節性抑圧破裂者、クリスマス・クラッカーと認定します』
「了解。突入に装備着用の許可を」
『許可手続進行します』
「お願いしますね」
 携帯端末を手に課付の通信手、群さんとテキパキ状況を進める夜野さんカッコいい。俺はその間にもと後部座席から装備ケースを引っ張り出して用意しておくことにした。

「じゃあ装備ケース……は用意したか。これ、原則、許可前に出しちゃいけないことは覚えておいてね。人的第一ロック」
「えっ……そうなんですか。すみません……」
 ただ、それはロックではないのでは?
「まあ、原則論だから。素早い行動は個人的には良いと思うよ」
「……はい! ありがとうございます! 俺、装備はB型バスタータイプの方使っていいですか」
「いいよ。あと……初現場だから言っておくけど、これから公務で民間人と対応するときは”私”と言うのが望ましいね。あー……」
 と、夜野さんは口ごもると、歯に何か物が挟まったような調子で続けた。

「今は女性だから。とか言うとダメなんだっけ?」

 着装のためチェスターコートを脱いで、サイズがギリギリのレディススーツ姿になった俺を、眩しいものも見るように目を細めながら。

「あー好き……。あ、いや、それが夜野さんのお好みでしたら……」
「……職務規定上……ね」
 何故か虚ろな目をした夜野さんの頭(丁度いい位置にある!)を抱きしめたい衝動を抑えながら、俺……いや、私は、これから私を私と呼ぶことにした。

🎉 🎉 🎉

『係長、装備着用の許可、出ました。対犯罪消音装備、ロック解除』
「了解しました。第二係係長・夜野レンザ。着装」
 ほどなくして日が落ちた頃、群さんから許可が降ろされた。地面に置いた装備ケース……見た目は大きめのアタッシェケースだ……の第二ロックが内側で解除されたことを確認してから、夜野さんがペアとなる携帯端末に呼び掛ける。
 プシュッと軽快な音がして、声紋を認証した装備ケースが最終ロックを外し、内部機構が展開される。

 第二世代対犯罪消音装備。通称【サイレンサー・ユニット】。
 ビジネススーツを模した専用のアンダーアーマーの各部を目印にして、強化外骨格エグゾスケルトンとなるフレームが自分で自分を持ち上げていき、夜野さんの全身を取り囲む。それをガイドにして砂粒より小さなマイクロ粒子が這い登ってゆき、数秒で装甲を形成した。最後にA型アサルトタイプ専用の、大型化したダガーナイフ……クナイのような装備を引き抜くと、『午後四時三十八分、ヨルノ レンザ、アサルト、抜刀』と合成音声がが流れる。

「同係員・遊佐ジェナ。着装」
 目視による夜野さんの装備確認の後、私も着装する。基本形状は同じだが脚部装備が大型化しており、肩部アーマーが研修中を意味して白のカラーリングに変わる。最後に専用装備である大型ガントレットを持ち上げると、同様に『午後四時四十三分、ユサ ジェナ、バスター、抜刀』と流れた。

『反応から見て、複数が破裂済です』
「強攻する。突入用意」
「突入用意ヨシ」
 音もなく夜野さんが対象の倉庫の扉へと接近して扉の脇に控えた。私はそれからおよそ5mの距離をとって、クラウチングスタートの体勢を取る。
破壊しバスター突入せよエントリー
破壊バスター突入エントリー、ヨシ」

 マイクロ粒子制御により一時的に生やした足裏のスパイクを路面に食い込ませ、私は一瞬で自動車並の速度に達し、猛烈な勢いで扉に拳を、ガントレットを、叩きつけた。
 合成速度およそ120km/hで体重モニョモニョを乗せた拳に単なる倉庫の扉が耐えられるワケもなく、突き破るどころか蝶番を砕け散らせながら室内へと弾け飛んでゆく。

 そのまま中に飛び込んで対象者をひき肉にしても私としては一向に構わないのだけど、そうは行かないので前回り受け身の要領で一回転して急制動し、うずくまる。その私を飛び越え室内に降り立った夜野さんが、身分証を中空にホログラム投影しながら呼びかけた。
「厚生省東部厚生局特務部消音課二係、夜野です。直ちに床に伏せて下さい」

🎉 🎉 🎉

 抑圧破裂不可能犯罪犯……通称 バングズ。
 私も従軍した全世界的内戦(おかしな響きだ)を体験した2030年代以降の世界はヒステリックなまでに犯罪予測・予知・予防システムを浸透させ、僅かの間平和が訪れ、そして、出現した存在。

 どこにも発散されない昏いストレスが最大化した人類は、その身を破裂させ、裏返し、異形化してまで犯罪の欲望を叶えようとしたのだ。

「なぜここが……!? 本当に来たのか!?」
幕田まくた元芳もとよしさんですね。ネットショッピングで不審な履歴が有りました。お一人であのサイズの圧力鍋はご不要では?」
 時代遅れの白熱灯の下で突然の闖入に身構える対象者の一人、幕田氏の見た目はごく普通の中年男性に見えた。とても爆発物嗜好者とは思えない。

「買ってない……買えなかった! なのになぜ分かる! こ、こ、個人情報だろうが!」
「アカウント登録のときに規約って読みませんよね。閲覧中にマウストラッキングまでしてるんですよあそこ。ご存知でした?」
「ぼぼ、ぼくのナイフも……?」
 そしてその後ろでおどおどと戸惑っているのが二人目、桐谷イアン氏。黒尽くめの……不摂生な体型の青年としておこう。違法に刀剣類を収集しようとしていた疑いがある。この二人は当初からマークしていた奴ら。

 あと二人は?

「それに、あなた方、そんなものは不要でしょうに」

 豪!!

 そう思っていたから、突然沸き起こった炎に対応できたと言っていい。突入すると同時に闇に潜んでいたらしい追加組の片割れが、給油ノズルのように変形した右手から私達に二度、三度と炎弾を撃ち出してくる。
 破裂済。放火魔タイプ。成人男性より一回り大きいが人間の原型は残している。ただし体色が異様な赤黒さ。
 私達はそれぞれ左右に緊急回避しながら行動へと移る。
「抵抗を確認。破裂解除を試みる」
「了解です!」
『了解しました』

「お前らぁ! はやくそれを刺せぇ! クリスマスに浮かれるデートスポットを全部壊すんだろうがぁ!」
 更には追加組のもう一人が鉄塊の様になった腕で私に殴りかかりながら、二人に向けて声を張り上げる。こちらも破裂済み。暗い緑色。両腕を重機のような巨大金属塊に変形させており、推測するに施設破壊を目的としたバングズなのだろう。安直な。

「もう後がないんだよ。お前らはぁ! 恋人も家族も出来ない養えない! だろぉ!? だから、壊しちまおうじゃねえか、俺達でよぉ!」
 セメント製の床を苦もなく砕き、次々にその拳を叩きつけながら全く論理の通らないことを言う。何が”だから”だ。

「燃えろ」
 更には夜野さんを狙い、放火魔タイプが長くたなびく炎を放射してくる。連続で行われる激しい攻撃だが、しかし、それは私達を攻撃するというより近づけさせないように動いているように見える。私達は対象者らと入れ替わり、工場の奥側に追い込まれたという状況だ。

「夜野さん、あれなんですか」
 そして私達はなんとか距離を取り態勢を整え、共有されたアイ・ポイントでとある物を私は示す。
 ――近付けたくないという意思誘導を逆に辿る。単純な話だ。
 その先には、追い詰められての恐怖か興奮か、ガタガタ震えている先程の対象者……幕田氏の手の中の細長い棒か筒のような物があった。

「見覚えがある。画像を照合」
「送ります」
『了解。画像照合。……。……。判明。南国ダイア製ハンディポンプと形状の類似性47.6%』
「ハンディポンプ? 空気入れですか」
 再び炎弾!

「いや違う。直近5件でいい。破裂者関係の現場写真と照合をかけろ。計算資源は前借りすればいい」
 そして鉄塊撃。

 内部通信ヒソヒソ話しで喋りながら逃げに徹し、私は疑問符を、夜野さんは焦燥の顔を浮かべていると、切羽詰まった声が響いた。

「やるぞ! ボクはやるぞ! バングズ!」
「なっ!? 対象者自傷!」
 幕田氏は叫びながらその物体を自分の腹にぶっ刺す。深々と……腹膜どころか背中まで貫通していてもおかしくない刺さり具合に私は焦る。死なれると困る。それに続いて耳に飛び込む群さんの声は、どこまでも玲瓏だ。

『照合。女児誘拐を企て即時鎮圧された破裂者の居宅内、捜査中現場写真に、一致する物体有り』
「バングズ化装置か、あれが」

 氏は私達の目の前で身体をボコボコと膨らませ始め、破裂現象を起こしているように見える。しかしその反応は普段の一瞬で”破裂”するのとは違い、現象解析のための資料で見たことがあるスローモーション映像のようだった。

「あああああ! あああああああ!! リア充爆発しろおおおお!!!」
 いや、爆発してるのはお前だろうが。

🎉 🎉 🎉

 身体の表面が次々と小さく爆発し、見る間に白と濃い灰色のマダラに”裏返って”いき、やがて幕田氏はでっぷりと太った全身スーツ風の……所謂耐爆スーツ……を模した異形に変身完了していた。

「アアアアア! はゼロおおおおお!」
 無造作に腕を振ると、その腕や身体に生じていた小球がバラバラと飛散する。咄嗟に避けるが地面に触れた途端、予想よりずっと強い爆発が起き体勢を崩してしまう。

「砕けろやぁ!」
 そこに緑色の破裂者が両手をハンマー状に束ねて打ちかかる。装甲で抗しきれるか? と一瞬考えてみるが、対打撃性能の検証をここでしたくはない!
 インパクトの直前装甲を粒子に還元し、噴出させることで縦ロール回転。同時に遠心力をつけたガントレットで緑の奴の横っ面を強打した。

 グガッ! という打撃衝突音か対象者の呻きかわからないものが響く。やべ。という気持ちを押し込んで追い打ちにボディワンツー。ガントレット越しの感触は硬いゴムやプラスチックのもの。しかし奴らはこれが生身なのだ。

「遊佐くん後ろ! ステップ右!」
 夜野さんの声で反射的に私はステップ。コンマ以下のタイミングで炎弾が擦過……熱っつい! 還元したせいで背中の一部の装甲に穴が開いてるなこれ。

『粉砕型の破裂孔発見。肩甲骨間です」
「了解!」
 そして戦闘の間にも断片的に収集される映像から解析した対象者の破裂現象のコア(と便宜的に扱われる)箇所が判明する。

『爆破型は先程オブジェクトを突き刺した腹部のようです。放火型は依然不明。要観察』
「クソ! おまえ! 桐谷ァ! 早くてめえも刺せやぁ!」
「……ば、バングズっ!」
 そして未だにおどおどとしていた桐谷氏が左腕肘内側に例のブツを突き刺し、ついに私達は4対2に追い込まれてしまった。

 こちらはほぼ一瞬で破裂した。それぞれナイフのようになった手足。顔面が丸ごと抉れている。体色は鈍い金色。それは高貴さと言うより悪趣味さが滲んでいた。

🎉 🎉 🎉


「あハ! アハハハハ! たーのしー!」
 綿を大量に含んで喋ったような奇妙な声音でそうほざきながら金色が走り出す。先程までの不健康そうに肥大した体型とは対極の針金のような姿で、凄まじいスピード。
 型も何もない出鱈目な軌道で振るわれた腕のナイフが夜野さんの大型クナイと激突するや、激しい音を立て弾かれあう。膂力も強いのか。

 重い。速い。なかなか厄介。 

 そして追い打ちをかけるように左、右、また左とナイフを叩きつける。なんとか夜野さんはクナイで打ち合うものの次第に後ろに下がっていった。

 勿論他の三人も見ているだけなわけもなく、火は飛んでくる。鉄塊は叩きつけられる。爆発物が投げられる。それら全てを躱す事は到底不可能で、私も夜野さんも次第に装備の限界が近づいてくる。ジリ貧だ。

 しかし、そうしながらも観察を続けると、有利と見て前のめりになって白色が投げた爆発物を咄嗟に金色が避けて緑色と接触する。その金色の斬撃を私が避けると止まりきれずに赤色の射線に入り赤色が攻撃を中止するなど、連携ミスが目立ってきた。

「夜野さん、もう一回金色の攻撃を真正面から受けてもらえませんか」
「分かった。金色だね」

 ヒソヒソ話しウィスパーを終えるなり、夜野さんはクナイを正眼に構え金色へと圧力をかけるように突進し、それを迎撃しようと金色が大上段から切り下ろす。しかし、夜野さんが急転して全パワーを以て受け止めたため、弾かれ金色はたたらを踏んだ。

 パーフェクトだ。
「愛してる」
「は? ぼく?」
 あれ? 口に出してた?
 金色の耳元で不本意に愛を囁いた私は、その針金のような身体を抱えあげ、諸共一番手近にいた……白色の方に突っ込んだ。

「う、うわあああ!!」
 それはどちらの声かわからない。直後に響いた連鎖爆発のせいでそれどころではなかったからだ。

 果たして不意な起爆で白色は両手をセルフで爆破喪失していた。破裂解除すれば生えてくるんじゃないかな。多分。願わくば。多分。
 そして至近距離で爆発したにも関わらず傷一つつかず、しかしアワアワと狼狽えているナイフ野郎。盾にしていたはずの私の方がボロボロな位だ。
 立て直す前に急いで私は立ち上がり、遠隔で破裂孔を探ってもらう。が、総合して考えると……ここだろ!
 ぼぎゅ! と液体とも気体とも分からない何かが噴出するような音をして、私が拳で打ち抜いたナイフの根本、元は肘内側だった箇所から破裂が解除された。そこには肘の内側を骨折か脱臼した元の姿の桐谷氏が泡を吹いて倒れていた。

 解除の余波を考えると、あの器具を刺すのは腹とかが推奨なのかもしれない。

『破裂孔判明……の前に攻撃しました?』
「気のせいじゃないですか?」

 そして腕、腕が! と喚く白色の腹の破裂孔を砕き、変身解除。幸いにも身体が裏返って元に戻った結果、腕は無事生えていた。こちらも死ぬほど腹パンされたようなことになってるので、気絶していたが。

「くそ、やっぱ養殖物は弱ぇな」
「破裂後の興奮度合いも不都合だ」
 しかし、ふと残った二人の攻撃がやんでいることに気付く。

『は、反応増加! 突然三人になりました! 実際の状況を』
「ああ、こちらでも確かに三人になってるよ……」
『そして……なんで、これは……0号の反応です!
 けたたましいアラート音。
 それどころか目に見えそうな程の濃密な”破裂反応”に私達はとても動けないでいた。

「ま、そこは要カイゼンってコトで」

 倉庫の入り口に赤と緑と並び立って、世界に穴が空いたのかと錯覚するほど黒い……最初に観測され未だ捕獲されていない……最初のバングズがいた。

🎉 🎉 🎉

『確保……は無理ですか』
「無理ですね」
 普段はAIか機械かと疑いかねない群さんが乱れる様子は興味深かったが、そういうことだった。
 今の状況で三体の破裂者、しかも一人は番号付き。

「おつかれさま」

「……伏せろ!!」
 踵を返し破裂を任意解除した赤と緑を咄嗟に追おうと私は走り出そうとするが、0号が手をポンと叩くと、私は夜野さんに乱暴に引き倒され、その頭上を超音速の爆豪が駆け抜けていった。

 そして大音響で潰れかけた耳がようやく回復すると、残されたのは大量の瓦礫と私達二人。捨て置かれた対象者二人は身を挺して守った。代償に装甲はすべての粒子を使い切り、もう使い物にならない。そんな状況だ。

 倉庫はこの一棟だけが、床上1.5mから下を残して爆破されていた。

 スーツの内ポケットに入れていたらしい夜野さんの私物携帯端末がベル音を鳴らす。
『あなた!? あ、通じた。スーツは!? 全損!? 怪我は!?』
「大丈夫。遊佐くんも大丈夫。対象者も……まだ気絶中だけど無事」
 受話音量最大で聞こえるその声は通信で聞こえる声とは別人に思えたが、確かに同一人物だった。

「え……奥さん……? え……?」
「それより彼らが使い終わったオブジェクト。バングズ化装置。探して持って帰りますよ。”群さん”」
『あ、んん……ううんっ! 了解しました。”係長”』
「報告。破裂者二名確保。二名プラス一名ロスト。それと有力な参考物採取……予定」

 仕事納め前に企画された”俺”の現場デビューはなかなか最悪なものと終わった。
 クリスマスなんて、クソくらえだ。

【おわり】

あとがきにかえて

メリクリ! 今年も参加しました下記企画の作品です。

明日はニイノミ=サンの『最初で最後のたからさがし』となります。お楽しみに!

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むつぎはじめ
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