『リバーシブル』消音課二係の事件簿 #1
第一発見者となった男性は、最初それをレインコートが干してあるのだと思ったのだと証言した。前日まで雨が降っていたし、彼が預かり知らぬことだが、その”中”には確かにレインコートが巻き込まれて”在った”と解剖結果から判明している。
それは裏返った人体だった。
金網フェンスにかけられていた被害者……彼は、身体の裏表をひっくり返された状態で、当然、絶命していた。
「鹿川《かがわ》巡査長、お客様です」
「こんなときに誰だ?」
南関東州警、横川南警察署、刑事課、夕刻。
くたびれた雰囲気の老年男性警察官、鹿川が意味不明なことの書き連ねられている書類ファイルに目をやっていると、若い警察官が彼を呼ぶ。
「それが、厚生省のからの方《かた》だと……」
「厚生省?」
マトリ(麻薬取締官)か? と彼は一瞬考えるが、そんな”分かりやすい”物の流通はここ十年でほぼゼロになり、閑職の代名詞となっていることに思い至る。
なら、何の用だ。
「お忙しいところ失礼します。厚生省東部厚生局特務部消音課二係、夜野《よるの》です」
改めて鹿川が頭に疑問符を浮かべていると、そう言って若い警察官の後方から音もなく人物が現れる。その男は至って平均的な身長だったが、鹿川の精神をヒリヒリさせるものが有った。
”あの内戦”のとき、たまに関わったことのある情報系の軍人特有の香りだ。と老警察官は無意識に眉根を寄せる。細かい擦り傷、間接的な打撲痕。その視線の拡げ方はなにかやってる動きだぜ。
「困りますね。勝手にここまで入ってきてもらっちゃ」
「申し訳有りません。ただ、用事は簡単なのです。取り扱っている事件、ここから先は我々の課が任を引き継ぎますので、そのご挨拶に」
「こんな異常事件をか」
「異常事件。だからです」
彼はニコリともせず、そう言った。
↑ ↓ ↑ ↓ ↑ ↓
「遊佐《ゆさ》くん。反応はどう」
「出てますね。あー……ややこしいんですけど、今の外側表面、元々体内だった方からは全然で、本来の外側、今は内側の方から、かなり。念の為ってことで切り開いてみて正解でした」
スーツを脱ぎながら訊く夜野に対して、医療用マスクとガウン、ギャザーキャップでガッチリ武装した夜野の部下、遊佐が事も無げに言う。ド派手な体つきの美女である。その隣では疲れた様子の男性の監察医、外波《となみ》が座り込んでいた。
「お疲れさまです先生。どうです」
「今回もまた奇抜な死に方だねえ。今日日ホトケさんが出るのはここくらいだから感覚がおかしくなりそうだよ」
そう言う割にはふにゃふにゃと口ひげを揺らす彼の顔に緊張感はない。
抑圧破裂不可能犯罪犯……通称 バングズ。
全世界的”内戦”を経た人類が、犯罪予測・予知・予防システムに抑圧された結果、異形の者にまでなって叶えたいと思った犯罪衝動の結実。
今回発見された「裏返し犯」は、破裂痕跡の反応を以て今この瞬間から彼らの管轄となった。
「しかし人ってひっくり返すとこんな匂いがするんですねえ。腹の中飛び散らせた臭いは何度かありますけど、こう、腥《なまぐさ》いってーか……」
「要は人間ってのは消化管を穴にしたチクワみたいなもんで、身体の内側ってのはある意味体表面の延長なんだけど、それを、こう、ひっくり返したような感じだね」
マスクの中でクンクンと鼻を鳴らす彼女に外波は答え、手袋をひっくり返してみせる。
「んん……なら骨は? 完全にぐにゃぐにゃでしたけど」
彼女はこの肉塊を運ぶのを手伝っていた。
「そこなんだよね。この体格でも骨は大体3キロ弱しかないもんだから総重量から推定ができないんだけど、溶けたとか砕けたわけじゃなくて、抜かれてるんじゃないかと」
「つまり、骨格を抜いた能力者とひっくり返した能力者は別だと?」
外波の言葉を継ぐように夜野が言う。
「こんな複雑な能力を二つ兼ね備えてるというのは、考えづらいでしょう」
部屋に、新しい声が響いた。
【続く】