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おっさんずラブ-in the sky-が描き出そうとしたものは何なのか、天空不動産編と比較しながら考えてみる(前編)

 2018年に放送されたドラマ、「おっさんずラブ」は視聴率こそ低かったものの、2019年には映画化され、第2シーズン「おっさんずラブ-in the sky-」が放送されるなど、大変な盛り上がりを見せたコンテンツである。「おっさんずラブ」というセンセーショナルかつキャッチ―なタイトルから、このドラマで一躍時の人となった田中圭が“おっさん”に告白されるコメディドラマであると想像されることも少なくない。しかし、このドラマが低視聴率にもかかわらず、一部のファンから熱狂的な支持を得たのは、そうした分かりやすいコメディだったことだけが理由ではない。その笑いの裏で、「人を好きになるとはどういうことか」というテーマを、男同士の真剣な恋愛模様を通じて描いていたからだ。
 一方で、2018年の「おっさんずラブ」(通称・天空不動産)と2019年の「おっさんずラブ-in the sky-」はタイトルこそ同じ「おっさんずラブ」であるが、物語の構造や登場人物、世界観等が全く異なるドラマである。「人を好きになるとはどういうことか」という共通したテーマの上で、全く異なる結論が提示される。
 この記事では天空不動産とin the skyを比較し、特に2019年に制作されたin the skyでは何を描きたかったのかを明らかにすることを目的としている。また、多くの熱狂的なファンを生み出した2018年の天空不動産とin the skyは何が異なっていたのか、その議論の糸口を見つけることを従たる目的としたい。


■in the skyの構造

 in the skyは、主人公の春田創一(35歳、まっすぐで情に厚いが空回りしがち)と、パイロットである黒澤武蔵(55歳、機長であり一人娘がいる)と、黒澤とペアを組む成瀬竜(30歳、人とのコミュニケーションが苦手)、整備士の四宮要(40歳、熱血で優しく、時に繊細)の四角関係を中心に物語が展開していく。前作、天空不動産では、春田創一、黒澤武蔵、牧凌太(25歳、エリートだが繊細。最終的に春田と結ばれる)では三角関係。in the skyでは四角関係。一見すると、単純にスケールアップしているように見える。しかし、そもそも天空不動産とin the skyでは「人を好きになるとはどういうことか」というテーマに対するアプローチと、最終的に描き出そうとした「好き」という感情の種類が異なっている。単純に、三角関係だったものに一人加えただけではない。

 天空不動産は、主人公の春田創一が、同僚である牧凌太に恋していることを気付くまでを描いたドラマである。気の合う同僚だった牧を、春田は特別な存在として意識するが、同性同士であるがゆえに、なぜ特別なのかを理解できない。上司である黒澤武蔵からのアプローチを受け、幼馴染である荒井ちずから告白される中で、牧への気持ちを深堀りしていく。このような構造から、天空不動産では春田創一のモノローグが多用されている。視聴者は、その時々の春田が、誰に対し、どのような感情を抱いているを確認しながら、物語を追っていく。ドラマのゴールは、春田の気持ちが向かう矢印(「キス」がしたいと思う相手)を見つけることである。

 一方で、in the skyでは、主人公の春田創一は、早々に恋する相手を見つける。成瀬竜からキスされたことをきっかけとして、彼を意識し始めるのである。また、春田と成瀬のキスを見かけたことをきっかけとして、黒澤武蔵も春田のことを意識し始める。また、黒澤が春田へアプローチをし始めることで、春田へほのかに恋心を抱いていた四宮や、黒澤の娘である緋夏の気持ちを駆り立てる。in the skyは、知り合って間もない者たちが「キス」をきっかけとして、「恋」という感情から関係性をスタートさせる物語である。誰とでもキスができると断言していた成瀬竜が、春田創一や四宮要、黒澤武蔵と出会う中で、キスが特別であること、誰にでもその気持ちを向けられるものではないことに気が付いていく。また、キスされたからこそ成瀬を意識し始めた春田が、やはり多くの人と関係を作る中で、身体的な衝動によらない、愛情に気が付いていく。「事故のようなキス」から恋が始まり、その中で「人を好きになることとは何か」を見つけていくドラマである。

 この2作品は、同じ「おっさんずラブ」でありながら、描こうとしているものが全く異なる。だからこそ、天空不動産と同じ展開を期待してin the skyを見ると混乱するのではないかと思う。端的に言えば、天空不動産は「春田がキスしたいと思う相手」を見つけるドラマだが、in the skyは「春田がキスしなくても好きだと思う相手」を見つけるドラマである(in the skyにおいても「キスしたい相手」を見つけるドラマも含まれている。しかしそれは春田創一ではなく成瀬竜である。そこがまた混乱を生む作りになっている)
 また、天空不動産は、春田の感情を追いかけていく展開上、物語は春田の一人称で進んでいく。視聴者は春田の感情を追ってさえいればそれで良い。一方で、in the skyは春田の一人称では進まない。春田に加え、黒澤武蔵のモノローグも挟み込まれる。また、その都度の感情の説明が、天空不動産に比べると格段に少なくなる。こうした構造から、視聴者はあらゆる登場人物の視点から追っていくことを許されるが、同時に誰か特定の人物に感情移入することを難しくさせる。
 このように、天空不動産を念頭に置くほどに、何を言いたいドラマなのか、どこが着地点であるかを掴みづらい構造であると考える。

 しかし、天空不動産とin the skyの違いはこれだけではない。こうした構造以上の違いが、「男同士」で描きたかったものは何かという点にある。


■恋愛ドラマを男同士で描くin the sky

 天空不動産は「男同士の恋愛ドラマ」を描いている。春田創一は牧凌太への恋に気付く過程で、「男同士では駄目なのか」「牧が女だったらあの告白は嬉しかったのか」「俺はロリで巨乳が好きなんだ」など、自らのうちにある常識や固定観念に向き合っていく。最後には、同性という壁を超えた牧への恋心に気付くドラマとなっている。また、春田の相手となる牧凌太は男が好きな男性として描かれる。それゆえに、「あちら側の人間」である春田創一を好きになっても幸せになれることはない、春田のことを幸せにもできないと、女性が好きな春田を好きになることに対し、葛藤を抱えている。こうした性別による葛藤と、それを乗り越える過程、さらにはハッピーエンドを描いたことで、天空不動産には熱狂的なファンが生まれたものと理解している。
 一方で、in the skyは「恋愛ドラマを男同士で描いた」作品である。男同士であることは葛藤の対象にならない。彼らが悩むのは性別ではない。大切な娘と同じ人を好きになってしまったことや、恋してもらえたのにその人のことを好きになれないことや、恋より大切な気持ちがあることに彼らは悩むのである。つまり、in the skyで描くのは、性別によらない恋愛上の葛藤である。彼らの悩みは男同士だから引き起こされるものではない。男女であっても女同士でもあり得るものである。男同士であることを殊更ドラマにはしない、この描き方は非常に画期的であると思う。しかし、だからこそ、視聴者の受け止め方に温度差があったのではないかと感じている。
 天空不動産を観ていた視聴者からすれば、おっさんずラブとは「男同士の恋愛ドラマ」である。主人公の春田が「男同士」という葛藤を乗り越えた先に、恋を見つける物語だ。しかしin the skyが提示したのは性別が男性であるだけの恋愛ドラマである。これだけ方向性が異なると、このどちらに魅力を感じるかは個々人の好みに大きく依存するだろう。

 in the skyを天空不動産から転換し「恋愛ドラマを男同士で描いた」としたことにより、何が変わったのだろうか。私は良かった点と、悪かった点、両方あると考える。
 まず良かったと思う点である。性自認・性的指向に対する考え方は、近年急速にアップデートされている。例えば、天空不動産における春田の「男同士でキスとかマジであり得ない」という一言が、2018年には受け止められたとしても2019年には言葉がきついと受け止められる可能性もゼロではない。この点において、同性への恋に葛藤を描かなかったin the skyは、2019年という時代に即したドラマではないかと捉えることもできる。なお、これは天空不動産が遅れていると言いたいのではなく、どちらもその時代、その瞬間の空気に即しているという趣旨だとご理解いただきたい。
 一方で、悪かったと思う点である。それは、視聴者がどこに共感したら良いのか分からなくなってしまったと思っている。
 私は決して同性同士の恋愛に葛藤を見出したいとは思わないし、葛藤していて欲しいと願うわけでもない。ただ、天空不動産で春田や牧が感じていた、世間の常識や固定観念に囚われるがゆえに生まれる葛藤、つまり「生きづらさ」に、視聴者は共感したのではないかと思う。もちろん、それは必ずしも「同性同士の恋愛から生じる葛藤」と一致していたわけではないかもしれない。それでも、この社会で生きていく中で自然と生まれた「こうあるべき」という考え方に囚われ、本質が見えなくなる。あるいは、それを達成できない自分に疎外感を感じる。そういう経験が誰しも少なからずあるのではないかと思う。「私とは異なる、私が辿り着くことのできない『あちら側』」という意識を、何かしら持っているのではないだろうか。だからこそ、そうした葛藤の中で悩み壁を越えていく春田や牧に、多くの視聴者が共感を寄せたのではないだろうか。
 in the skyが2019年という時代に即した、2019年版「優しい世界」なのだとしても、この生きづらさへの葛藤が無くなり、恋愛ドラマとして普遍化してしまったことで、視聴者は感情移入する先を見失ってしまった側面もあると思う。

 しかし、天空不動産からin the skyにかけて、なぜこうした転換を行ったのだろうか。(後編へ続く)

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