わすれがたいマダム
↑のような4人もいれば、衝撃的な尊敬をした大人もいる。
衝撃的な尊敬、というのは多分テストだとバツだけど、本当にそんな感じなので。
じわあ、と「あの人すごいなあ」と思うというよりは、関わる中で急に圧倒的な大人のかっこよさを実感させられる、と言う感覚。
衝撃的な尊敬をした大人、マダム。(推定60〜)
出版社でアルバイトをしていた時に、よく隣の席になった。
空き時間に数チャートを解いていて驚愕したのが第一印象。
勤務時間中に持参の分厚い手帳を丁寧に埋め、
業務用PCで近隣の歯医者を予約しようとしたり、
給湯器をフル活用して具入りスープなどを召し上がっていたが、とても難しく責任のある仕事を続々と任されていた。
ある日、金色のピアスと指輪をつけて勤務している私を見て、隣から
「ゴールド好きなの?」と突然話しかけられた。
「ゴールド」という語の選定から漏れ出る上品さ。
「似合うわねえ、私も死ぬまでにピアス開けたいわあ」と言われた。
その、なんというか、同世代に言われるよりはちょっと現実味のある「死ぬまでに」発言に出会ったことがなかったのでなんと返せばいいかしどろもどろしてしまった。というかしどろもどろすることさえ失礼にあたる。
焦りつつ、「絶対〇〇さんもゴールドのピアス似合いますよ、、!」みたいな返答をした記憶。(「ゴールド」を早速マネ)
そこから、寒いわね〜とか髪切ったの!とか、いろいろ話しかけてくれるようになった。
「数学を嗜み手帳を埋めスープを飲む人」から、
「会えると嬉しいやさしい人」に変わった。
給湯器フル活用ともなると流石、デスク下に各種フレーバーのティーバッグなどを隠し持っていた。
寒いからと、とうもろこし茶をひとつ包んで持たせてくれたこともあった。
私はすぐ人を大好きになってしまうので、そのマダムのことも大好きになった。
大学を卒業してアルバイトを辞める時になかなか言い出すタイミングを見出せずなんと当日になってしまった。
(とてもゴージャスな人だったから、言ったらとてつもない贈り物をもらってしまうかもという懸念もありつつ)
やっと辞めると伝えたところ、マダムは驚き悲しんでくれた。(4年生だったの!?と言われた)
「なんか用意したのに。。使いかけだけど、これでもよければ」とDiorの鏡をカバンの中からサッと取り出して渡してくれた。
きっと何十年か前の、私が知らないクラシックな色合いのDiorだった。
使いかけ、とは言いつつ鏡には買った時のままのフィルムが貼ってあった。なんてものを丁寧に扱う人だろう。
荷物をまとめて、さあ帰るぞとなった時にマダムに呼び止められた。
「顔だけじゃなくて、手の甲と首の保湿をしっかりするのよ。そしたらいつまでも綺麗でいられるから。」
「靴は、質のいい同じものを二つ買って、休ませながら大切に使うの。そうすると長く使えるから。ストッキングで磨くとぴかぴかになるわよ。」
「苦しい、とか、辛いとか、絶対そういうことがこれからたくさんある。だけどちゃんと、苦しい辛いって周りに言うのよ。抱え込んじゃダメ。そしてそういう時に寄り添って支えてくれる人のことは一生大事にしなさい。」
と、女として、人間として大事なことを一気に伝えてくれた。
さらりと、こんなに素敵で響く言葉を説得力をもっていち大学生の私に教えてくれたこの人を、私は教えと共に多分一生忘れない。
最後の言葉は、背中をさすりながら言われたのでデスクに隠れるようにして泣いた。堪えられなかった。
私以外の大学生やアルバイトとはほとんど会話も挨拶もしないのに、会うとニコッと笑って話してくれるのもすごく嬉しかった。これもゴールドのおかげだと思うと方々のゴールドに頭が上がらない。
ビルの中での仕事だったから、もう会えない、と思うと余計に寂しくなって帰り道またちょっと泣いたけど、辞めて1年経とうとしている今もかっこいい大人として大きな存在感で記憶の中にいる。
会えたら、髪伸びたわね〜!とか言ってくれるかな