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私から見える世界

初めまして。

拙い文章にはなるんですが、自分の想うことや自分から見える世界などを文字に起こしてみようと想います。


昔から誰かに向けてお手紙を書いたり、見知らぬ誰かに読んでもらいたい気持ち一心で真っ新なノートに文字を書き殴ったりしたことがあります。

現在美容学生をしているのですが、学校のレポートや感想文などを書くのも凄く好きで、長文になってしまったりしてしまいます。
それは私にとって私が書いたものを先生方が見てくれる事がすごく幸せで嬉しいことで。
だからきっとそれで長文になってしまうんだと想います。

話が逸れましたが私は今実家に帰省しています。
何度か精神を病み他の学生よりも早く実家に帰省していたのですが、今回は周りの人達と同じタイミングで実家に帰省する事ができました。
私は昔から一つの物事を強く考えてしまう事が多く、色んな方とよりも悩みが尽きませんでした。
例えば、周りはアレができているのにどうして私はできないんだろう。私の力不足なのかな。向いていないのかな。やめた方がいいのかな。などとどんどん暗闇の沼にハマって溺れていってしまうのです。

でもそれを感じ取ってしまうのは当然で、周りは私の倍以上ものの努力をしていて工夫をしていて。私がそれを怠ったせいで悩んでしまう。
でもそれは11月上旬までのことでした。現在は少しずつ私も周りと同じように努力をして工夫を凝らして頑張っていると胸を張って言えるような人材へと変わっていっています。

私の友達に部活も委員会も私生活も全て充実している子がいます。その子はみんなに見える世界では楽しそうで元気で笑顔でいるのですが、時々私に見せてくれるその子だけの世界では凄く辛そうで頑張っていて疲れていて。
本当に尊敬するお友達です。彼女は友達も多く優しく可愛くて素敵な女性です。いつもありがとう。

 
 またまた話が逸れましたが、今回実家に帰省する際新幹線に乗ったのですが、今までの精神を病んでいた時と今では新幹線の小さな窓から見える景色や世界は見違えるほどに綺麗でした。何故か窓がとても澄んでいて綺麗で美しかった。あんなに綺麗な太陽や空や雲をしっかりと見たのは久しぶりな気がしました。
窓から入り込んでくる光がとても美しく一筋の光のように私を照らしていた。これから見える世界や見る世界は
「きっと貴方なら大丈夫だよ。」と優しく微笑みかけてくれるようなそんな光でした。
日差しが強かったですが決して鋭い光が差し込んだわけではなく、穏やかで柔らかな光でした。
きっとそれは前も変わらず差し込んでいたはずですが、私がその光を遮断してしまっていたのだと思いました。
あの頃は全ての光や希望や差し伸べて下さる手を全て遮断し、自分の世界に浸り沼り、離れられなくなっていた。
まともに学校も通わず朝まで夜の世界、所謂【歌舞伎町】に行き遊び、騒ぎまくっていた。今世間では「トー横」などと呼ばれる場所があるが私はそこにいたこともあります。
今となっては一つの良い経験をしたとおもいます。
あの場にいて何人もの友人を亡くしたことか。
1人は飛び降り。もう1人も飛び降り。もう1人は撲殺された。最後の1人は私の歌舞伎町での父親的存在でした。
何でも話を聞いてくれて、私が泣いていると温かい笑顔で「まーた泣いているのか、お前が泣いたところでお前がいる世界は変わらないぞ?なら笑って過ごした方がいいじゃないか!」と励まして下さりました。
9月後半ごろから私にとって大切な人ができ、歌舞伎町には足を踏み入れなくなり、その人とも関わることがなくなりました。まあそのお話はまた別の機会にでも。

歌舞伎町にいた事で様々な経験をし、様々な方と触れ合いました。良いことも悪いことも経験して、歌舞伎町なんかで人生経験をしたなんて周りからすれば恥だと思われるかもしれないけど私にとってはとても良い時間でした。

まだまだ私から見える世界はこれからももっと増え続けます。電車の中から見える窓の外の景色や季節のようにどんどん新しい、そして美しいものへと移り変わります。
その世界をみなさんに共有できたらと想います。

私から見える世界

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