年の瀬の上越新幹線で思うこと
15時40分発、帰省する新幹線で窓辺に視線を移すと、山を縁取るように夕陽が燦々と照っていた、高崎だった。
長いトンネルを抜けると、空は灰色で屋根にはこぼれ落ちそうなくらいの雪が積もっていた、上毛高原だった。
太平洋側から日本海側へ駆けるこのルート、いつも日本海側が少し未来に進んでいる。
最近、文章を書かなくなったことで自分の日本語が枯れてきているような気がして、薬に縋るように枕草子を買ってみた。景色を描写する言葉と知識が足りないと思ったからだ。
新潟の冬はとても寒いので、年末は家にこもって学ぼうと思う。
枕草子が人気だったのは、平安宮中のあるあるネタだったかららしい。あるあるネタが人気なのは古今東西不変らしい。人間の性質は1000年経っても変わらないのが面白い。
媒体が書物ということ以外、今の時代と何ら変わりない。今ではTikTokやインスタが媒体で、やっぱりヒトは親近感のあるものにエンゲージメントが高くなるんだなと思う。
私たち現代人が枕草子に抱く「をかし」のイメージは、私たち現代人が1000年後にデジタルアーカイブを見た未来人から抱かれる感覚と同じなのだろうか…。
アナログという概念は、デジタルが生まれたから対極として生まれたものであって相対的なものだと思う。
私たちが今デジタルだと思っているものも、遠い先の人からしたらアナログになるのだろうか。
今の線上にあるものなのか、全く違うものなのか分からないけれど、1000年は途方もない時間だな。ただ1000年以上前にも、世界に色があって生き物がいて時間が流れていて、をかし・あはれに人が熱狂する世界があって、それはなんだか救われた気持ちになるね。
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