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息子の不登校で、どんどん具合が悪くなっていった私

7月に入って行き渋るようになり、あっという間に母子登校。
そして夏休みに入ると、一気に情緒不安定になった息子。
当時は毎日やっとやっと生活していました。

学校へ行かせなくていいのは良いけれど、私の不安は高まるばかりでした。


学校へ行かないならと、習い事を探し求める

息子はよく喋る子だったし、ひとりっ子なので遊ぶのは必然的に私になりますが、相手をするのも限界があります。

私は、学校以外にどこか行ける場所を探さなければ、という思いに駆られて習い事を探し回ります。

8月の後半、私の体調に異変が起きます。

なんだか身体がダルく、熱を計ると38度ありました。
ですが動けてしまう。
発熱には弱いはずが、全然平気なのです。
風邪らしき症状もありません。
息子は相変わらず遊んでくれと言ってきます。

私は熱のあるまま、息子をスイミングの体験教室に連れて行きました。
身体を動かすのも好きだし、幼馴染も通っているスイミング教室です。
ですが息子は、自由に泳ぐのはいいけど先生に習うのは嫌がってしまう。

他にもいろいろな教室がありましたが、体験教室すら行かなくなりました。

ついに倒れる

熱があっても動けるので、家事全般はいつも通りにすべて私が。
もはや仕事は出勤できないので、在宅ワークに切り替えていたところです。

食事の準備をしようと思ったら、あれあれ、どういうわけか立ち上がれない。

熱を計ると40度近い熱です。

大人になってからの40度近い熱は、想像以上のダメージでした。

全く顔が上げられない。
正面を向けない。
とてつもない酷さの二日酔いと、インフルエンザが混じり合った感じ。
分かりづらいけど・・・

救急病院へ行く


救急病院の待合室の椅子にも座れず、横たわっていました。
数時間待ち、やっと診察です。

医師 : インフルエンザは陰性だね

私  : はぁ

医師 : 腎臓かな?(腰の辺りをトントンと叩く)
    どう?
    痛い???

私  : 気持ちがいい・・・

医師 : ここは?

私  : 気持ちがいい・・・


腰を良い力加減でトントンされるので、マッサージのように気持ちがいい。
何度かこのやり取りがあり、医師から出た回答は

「  うーん、風邪かな! 」

ということで、帰りなさいとこのと。

ですが、とにかく目眩と吐き気で動けない。
別の部屋で休ませてもらうこと30分。
それでも具合の悪さは全く変わらず、結局這いずるようにお会計の場所に行き、ワナワナと震える手で財布を開けて支払いました。

見かねた看護師さんが車椅子を持ってきて、車まで乗せてくれました。
この時の看護師さんの優しさは、今でも覚えています。
看護師さん、ありがとう・・・。

熱は下がれど最悪な体調が続く私

熱は3日程度で下がりました。
しかし今度は、目の前がグルグルと回りだします。
完全に回転している世の中。
平衡感覚は一切なく、布団から起き上がれません。
こんなことが2週間続きました。

その2週間の間も、もちろん息子は居ます。
遊んで欲しそうにしていましたが「ごめん・・・具合が悪くて起きれない」と言うと、心配そうにしていました。
ある時は「お粥作るね」と、小学1年生だというのに一生懸命ガス台の前に立つ息子。
この時に初めて料理をしたんですよね。
やるな、息子よ。

めまいの次は意識を失う

そして目眩がやっと治ったかと思えば、今度は下腹部に激痛が走ります。
フラフラしながらトイレに行くと、痛みで急激な冷や汗。
意識が遠のきました。
トイレから出た途端に意識を失い、トイレ前で倒れてしまいました。

もうこれはおかし過ぎると、再度病院へ行きます。
ですがやはり原因不明。
腹痛で貧血になってしまったのではないかと診断を受けます。

そして夏休みが明けてゆく恐怖


夏休みの最後の最後に、このありさまだった私。

不登校の兆しから1ヶ月程度で、完全にダウンしてしまいました。


そして夏休みが明けても、学校へ行く様子のない息子。

私の心配と不安は続きます。

このままもう学校には行かないんじゃないか。

どうしてどうして・・・

何ゆえ私が「どうして」と思うかというと、私は夏休み中、とあることを息子にしていたからです。

それはたゆまない努力の日々。
この夏休みで全てが決まるんだ、と意気込んで頑張っていたこと。

続きはまた次回。


最後まで読んで頂きありがとうございました。

次回からは、息子が学校に行けるようになると信じて、私が努力していた数々のエピソードを書いていきます^ ^

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