Meto

底辺な人生から立て直す(最中)の人の話です。今まであったこと。今やってること。これからやりたいこと。色々と書いていきたいと思っています。自分のくそな人生を読んで「こんなやつでもまだ立て直そうとしてんだな。自分も何かやろうかな」って思って貰えると嬉しいです。

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底辺な人生から立て直す(最中)の人の話です。今まであったこと。今やってること。これからやりたいこと。色々と書いていきたいと思っています。自分のくそな人生を読んで「こんなやつでもまだ立て直そうとしてんだな。自分も何かやろうかな」って思って貰えると嬉しいです。

最近の記事

1年という365日

俺は平成元年生まれ14年前に高校を卒業した。 そう考えると月日は早いなと痛感した。 高校の時に流行ったのは「peps!」というHPのサイトで各々のHPを持つことだ。一人だったり。仲いいメンバーだったり。バンドも流行っていたのでバンドのHPなど、いろいろな形ではあったが沢山のHPが生まれた。 今思えばそのころからPCに長けてる人はコードを使ってHPを作ったり、音楽を聴けるようにしたり、色変えてみたり。独学でやったと考えるとすごい。そのころから勉強しとけばよかったなと思った。

    • 底辺の人間が始めたこと

      北海道から関東に出てくる直前に内定していた仕事が取り消しになる。 引っ越しと同時にニート。最悪極まりない。 しばらくは途方に暮れた。思考が停止した。 「今日何日だっけ?何曜日だっけ?」「今何時?」「今日ご飯食べたっけ?」「いつ寝たっけ?」自分が何をやってどうやって生命維持してるかもわからなくなってきてた。 いやになってきたのでとりあえず断捨離も含めていらないものを売りまくった。漫画だったり家具だったり。現場仕事は好きなんだけど俺の体的にも職人は長く続けれないし戻っちゃいけ

      • FTMの俺とノンケの彼女③

        前回は「精神的DV」まで書きました。もしこの記事から読み始めて「何の話?」となってる方はお手数ですが前の記事から読み直していただけると嬉しいです。 前回の記事の終わりがストレスで入退院をくりかえしてた俺の話だったのですが、その入退院中も元彼女は「早く会いたいよ」「早く帰ってきて」と嬉しいことを沢山俺にくれました。でもまたしても変化に気づきました。今回は「気づいた」というよりも「聞いた」です。「よく迎えに来てる人がいる」という話を聞きました。付き合ってはいなかったのですが嫉妬

        • FTMの俺とノンケの彼女②

          前回は彼女が北海道でお仕事を始めるとこまで。その続きです。だらだらと長くなりますが生ぬるい目で見ていただけたらなと思います。 北海道で彼女が本格的に始めたのは「飲み屋さん」でした。オーナーと顔見知りだった為使ってくれないかと話した所とりあえず会ってみたいとの事で面接に連れてくことに。俺はその日も仕事だったので俺は自分の店に。終わったら俺のいる店においでと伝えていた。その店から俺のいる店までは徒歩5分未満の近距離だったのですぐきた。早すぎてだめだったかなと思ったけど採用だと言

          FTMの俺とノンケの彼女①

          前の記事にも書いた社畜で収入が10万を切っていた時から3年ほど一緒に住んでいた彼女の話。 俺はインドアだし人見知りなので人と触れ合う事が全くなかった。そんな俺でも人と触れ合うというか関わりを持つ時間は沢山あった。 飲み屋の仕事が夜中に終わって帰宅。そこから昼くらいまで「ツイートキャスティング」で配信をしていた。もっと言えば今でもたまにやってる。 そこで仲良くなった男の子1人、女の子2人と毎晩絡むのが日課になってた。俺の枠ではなくて女の子の枠にいって皆で遊んでた。そこで男

          FTMの俺とノンケの彼女①

          底辺から立て直す人の話5

          前回は発作で倒れて会社を辞め飲み屋のお手伝いが決まったとこまで。ここからは去年の話になるので結構時系列が今に追いついてきた。記憶も鮮明かと。 飲み屋の裏方をお手伝いする事が決まって少しすると、そこで知り合った人に電気屋さんの仕事してみないかい?とお誘いを頂いた。電気屋さんといえど、現場仕事がメイン。大きい施設の電工だったり。新築の家の電工だったり、前にやって土木の仕事の後後の工程に携わる仕事だ。配線等は興味があったので即答でお願いをした。飲み屋は次の日電気屋さんが休みの時だ

          底辺から立て直す人の話5

          底辺から立て直す人の話4

          前回は2度目の逃亡までのお話。次はその街での生活のお話です。結構胸糞なので苦手な方はとばしてください。 2度目の逃亡で生活をはじめた街は、地元から車で30分程度の距離にある地元より少し栄えた街。 そこでまず、飲み屋で働き始める。100人ほど入る田舎にしては大きめのスナックだ。もちろん女の子の格好なんかできるわけもなくウェイターとして働いてた。黒のワイシャツにネクタイをして黒のスラックス。ウェイターとてお酒を飲んで稼がねばならない。もちろんウェイターもしなきゃならない。30

          底辺から立て直す人の話4

          底辺から立て直す人の話3

          前回はダラダラと小学生くらいの自分の自我の芽生えくらいまでを書きました。また続きをたらたら書いてきます。 書き忘れてたけど、小学校は今でいう絵に書いたようなイジメをされてた。本人らがどんな気持ちでやってたかはわからないけど。カバンを数人分もたされてた。小学校と言えど数人分あつまると重たいんだよね。 でも後々は大人になったのか皆仲良かったんだよね。イジメられてるとも思ってなかった。悪ノリくらいに思ってた。良い気はしなかったけどね。そんなのでへこたれはしなかった。イジメられて

          底辺から立て直す人の話3

          底辺から立て直す人の話2

          まずは31年間住んでた北海道の話から。 31年間の話を上手くまとめてサクッと伝えれるかがもう俺からしたら無謀な挑戦なのですが。自分の記録としても使おうと思うのでダラダラ書いていきます。まずはFTMに気づいた時のお話。 小学校で1番印象に残ってるのは「真っ赤なズボンを履きたくなくて、泣いてて教室に入れなかった」事かな。 その時に自分が女の子として生きていけない事に気づいた。 それまでは比較的男女仲の良い学年だったので、遊ぶのも一緒にいるのも男女混合で違和感なく過ごしてて

          底辺から立て直す人の話2

          底辺から立て直す人の話

          初投稿です。 まずは自分の説明から。 31年間北海道で生きてきて、31歳にて北海道を飛び出し海を越えて内地(関東)に移住と同時に貯金が底ついた、残念なおじさん(FTM)のお話です。 きっと世の中には「自分の生活クソだな」「自分何やってんだろ」「この人生初しんどすぎ」って沢山悩んだり落ち込んだりしてる人がいると思います。 自分もその1人です。 辛さのレベルも、苦しさのレベルも、苦労のレベルも、環境の違いも皆人それぞれで大小関係なく期間関係なく当人が「辛い、苦しい」と思

          底辺から立て直す人の話