サンタさんの思い出
幼稚園児の頃。
クリスマスの朝、プレゼントがありました。
まだ薄暗い中、ごそごそと包み紙を開けると出てきたのは、セーラームーンの人形でした。
私は呆然としました。
「おとうさんとおかあさん、わたしがセーラームーンそんなにすきじゃないってしらないんだ」
と、ちょっと寂しくなりました。
そう。
私は当時からサンタさんを信じていなかったのです。
いや、正確には、"クリスマスにプレゼントをくれるのは両親"ということを知っていました。
私の兄ももちろん、両親が買ってくれているということを知っていたので、クリスマスが近付くと、ツリーの前に手を合わせて「今年はラジコンがほしいです!」と母に聞こえるようにシャウトしたりしていました。
そのため、クリスマスにはちゃんと希望のおもちゃをもらっていました。
そして中に入っていた保証書を母に見せ、「サンタさんは、おもちゃのなかしまで買うんだね!」と言って母の反応を楽しむ、嫌なガキでした。
私はというと、基本的に両親に「クリスマスプレゼントを置いてくれているのは君たちだろう」と言ってはいけないルールなのだと理解していました。クリスマスは、そういう不思議なイベントだと思っていました。
私の両親は本来そんなことをするタイプではないので、毎年なんだかむず痒い変な気持ちになっていました。そして、両親に直接「ありがとう」と言えないのが、なかなか気持ち悪いものでした。
私が「サンタさんは親だと親に言わないルール」をふんわりと守っていた頃、一番嬉しかったプレゼントは、"フェアリープリンセス"でした。
テレビを見ていると、こんなCMが流れだしました。
"♪フェアリープリンセス ふーしぎな妖精 ふーわふわふーわっわ おさんーぽよ♪"
鳥のお尻にヒモがついていて、それをぐいんと強く引っ張ると、鳥の背に突き刺さっている女性がものすごいスピードで回転し、その勢いで上空にかっ飛ぶという、なかなかパンチのあるおもちゃです。
え、なんこれ。めっちゃおもろいやんけ。
私はぼそっと呟きました。
「これほしい」
そしてその年のクリスマスには、それがちゃんとありました。
母はちゃんと私の呟きを聞いてくれていたのです。クリスマス直前の呟きだったと思います。母はきっと直前まで私に何を買ってあげたらいいか困っていたのだと思います。そして私の呟きを聞いて「これか!!」と買いに行ってくれたのだと思います。
私母のとてつもない愛情を、小さい子供では抱えきれないくらいのどでかい愛情を、そのおもちゃから感じました。
その時でさえ、私は母にありがとうと言えませんでした。
そんな悶々とした気持ちを消化するように、兄とたくさんこのおもちゃで遊びました。兄と二人、ゲラゲラ笑いながら、女性をかっ飛ばし続けました。あまりに飛ばしすぎるので、ヒモの摩擦熱で、なんだかほんのり焦げ臭い程でした。その匂いまで覚えています。
ある年のクリスマス前。
私は台所に立つ母のところに行き、直接母に今年のクリスマスに欲しいものを伝えました。
母は、ほっと胸を撫で下ろしました。
「よかった……。あなたに"嘘"をついている気がして、本当は今までずっと、ちょっと嫌やったんよね」
──とても私の母らしい言葉です。
母の性格と母のたくさんの愛情が存分に伝わってくる印象的な言葉だったので、私はクリスマスになると決まって母のこの言葉を思い出します。
こうして、我が家のわずかしか続かなかったサンタさんイベントは、母の愛情に包まれたまま、終わりました。
子供の頃から現実的やな。
大人びた子供やな。
夢がないな。
そう思っている人もいるかもしれません。
違うんです。
私はサンタさんが大好きです。
それはもう、本当に、本当に、大好きです。
サンタさんのイラストや置物を見ると、じんわりと目に涙がたまるくらい、病的にサンタさんが大好きです。
あなたにはきっと、「サンタさんって、お父さんとお母さんだったんだ」という、ちょっぴり切ない思い出があると思います。
おともだちに言われたり、お兄さんやお姉さんから言われたり、両親からふいにカミングアウトされたりしたのでしょう。
でも、私には、それがないのです。
つまり私は、
「サンタさんって、本当は、居なかったんだ」
と思ったことが無いということです。
おともだちによく聞かれていました。
「ねえサンタさん信じとる?」
「○○くんに、サンタさんおらんって言われた」
私は幼きながら必死に、その子の夢を、その子の親の思いを、そして何より、サンタさんを守ろうとしていました。
私の友達には、中学生になっても、サンタさんを信じている子がいました。
その子は言っていました。
「これサンタさんにもらったんよ。ほんとよ。サンタさんはおるよ。だって、私のお父さんとお母さん、プレゼントくれるもん。それとは別に、サンタさんからもプレゼントがくるもん。」
私にまっすぐそう語るその子は、本当に美しく見えました。そして、素敵なお父さんとお母さんだな、と思いました。
そして彼女は続けます。
「サンタさんってね、おるって思っとる子のところにしかこんのよ」
ああ、本当にそうだな、と思いました。
"サンタさん"を象徴する言葉だと思いました。
私は、「サンタさんはおらん」と思ったことがないのです。
だから私には、アラサーになった今でも、サンタさんがいます。
サンタさんが、トナカイのそりで鈴をシャンシャン鳴らして空を飛んでいるのが、私にははっきりと見えるのです。
そんなわけで、私は大人になってもサンタさんが大好きで、クリスマスが大好きで、12月が大好きです。
でも、社会に出て働きはじめて数年が経ち、12月は思いっきり繁忙期で忙しかったり、色々あったりラジバンダリで、大好きな気持ちは薄らいでしまいました。
サンタさんを見ても、「年末じゃのう」くらいしか思いません。
私は、あんなに大好きだったクリスマスが楽しめない大人に、成り下がってしまったのです。
そんな昨日。
血眼でゴリゴリに仕事をしていると、「かわいいお手紙がきとるよ」と、雪がちりばめられた緑色のかわいい封筒が、ポンと私のデスクに置かれました。
12月は、私が対応させていただいているお客様から、続々とお手紙が届きます。年末のご挨拶です。わざわざお手紙で送ってくださる方がいらっしゃるのです。本当に、素敵なお客様ばかりです。
少し仕事の手を止め、封を開けて、中に入っていたカードを取り出しました。
そのカードをそっと開くと、たくさんのちっちゃいサンタさんが、ぽこぽこ、ぽこぽこぽこ、ぽこぽこぽこぽこ!と飛び出してきました。
「うお!なんこれ!かわええ……!!」
そのカードの裏面には、手書きでとても心のこもったメッセージが添えられていました。
私は胸がいっぱいになりました。
わざわざ私のために、このでたらめ寒い中、こんなかわいいクリスマスカードを買ってきてくださり、そしてペンをとりメッセージを添え、住所を書き、そしてこのでたらめ寒い中、ポストに投函してくださったのです。
「ちゃんと、緑色の封筒を選んだんよ」
お礼でお電話した際にその方は仰いました。
緑色は、私の勤める会社が取り扱っている商品のカラーです。
私はテレビ電話でもないのに、電話機に向かってカードを見せながら、手をふって喜びました。
贈り物って、「あなたのことを想っているよ」というものが伝わるものだと思います。
うまく言えませんが、なんというか、「あなたのことを考えている時間」をプレゼントしているのだと思います。
「──そうやった、もうすぐクリスマスや」
そう思った瞬間、私の心にまた、じんわりと、そして、次第にくっきりと、サンタさんが現れました。
シャンシャンと、鈴の音が聞こえてきました。