松屋銀座も導入、日本円ステーブルコイン「JPYC」の魅力と展望 岡部典孝CEOに聞く



日本で初めての、ブロックチェーン技術を活用したプリペイド式の日本円ステーブルコインである「JPYC」。2021年12月には大手百貨店の松屋銀座店が支払い方法の一つとして対応し、注目を集めた。

JPYCは21年1月のサービス開始からおよそ1年で総額約5億円が発行されており、NFTアートや暗号資産投資に携わる人々にとって必要不可欠の存在になりつつある。その仕組みや魅力を、JPYCを発行・運営するJPYC株式会社最高経営責任者(CEO)の岡部典孝氏に聞いた。

■JPYCはプリペイド式の日本円ステーブルコイン

――そもそもJPYCとは何なのでしょうか。

岡部:JPYCは、当社JPYC株式会社が発行している日本円ステーブルコインです。ステーブルコインとは、アメリカドルや日本円などの法定通貨と値動きが連動するブロックチェーン上の通貨を指しますが、ビットコインやEthereum(イーサリアム)といった暗号資産よりも値動きの幅が非常に小さい点が特徴です。

JPYCを欲しい方が当社でオンラインで手続きし、銀行振込をすると指定された暗号資産ウォレットに同額のJPYCを送金して発行されます。

現在は、Ethereum、Polygon(ポリゴン)、Gnosis(グノーシス)、Shiden Network(紫電ネットワーク)、mixin(ミーシン)の5つのブロックチェーンネットワークに対応しており、ユーザーは申し込みの際にどのネットワーク上のJPYCを手に入れるかを選択することが可能です。

また、JPYC自体を当社で「Vプリカギフト」というVISA加盟店やキャッシュレス決済のPayPayなどで使えるプリペイドギフトなどと交換もできます。

――JPYCは、法律上はどのような扱いになるのでしょうか。

岡部:法的には「自家型前払式支払手段」の扱いになります。前払式支払手段とは資金決済法で定められた支払い手段で、商品券やギフト券などのようなプリペイド式のものを指します。

日本の現行法では、ステーブルコインは3つの方法で発行できます。難度が高い順に①為替取引型②暗号資産型③前払式型です。①の為替取引型②の暗号資産型はコインを現金化することができるので、法律上、③の前払式型よりも厳しい発行要件が定められています。

JPYCは③前払式型で、法律上「暗号資産」や「為替取引」には該当しません。またプリペイドなので、JPYCを当社から買うことはできますが、一度購入したJPYCを現金に戻すことができません。

――法的な位置づけとしては、テレフォンカードなどと同じものだと理解すればよいでしょうか?

岡部:その通りです。プリペイド式なのでテレフォンカードや図書カード、またAmazonギフト券などとも同じ位置づけになります。ただ前払式型のライセンスには自家型と第三者型の2種類があって、自家型は発行者自らが提供するサービスを購入する場合にのみ使えます。JPYCは自家型なので、現在は当社との間でのみ買い物に利用できます。2021年12月には松屋銀座と提携し、JPYCを利用して松屋銀座の一部フロアの商品をできるようになりました。利用者は引き取り日までに、自身のウォレットからJPYC社のウォレットに商品代金分のJPYCを送付します。JPYCが買い物客の代わりに松屋銀座で商品を代理購入し、松屋銀座からお渡しする仕組みになっています。

第三者型は、Amazonギフト券や図書カードのように、発行者以外でもサービスの加盟店でならどこでも使えます。図書カードはどこで買っても大抵の本屋で使うことができますよね、そういったイメージです。

自家型は金融庁への届け出をすれば発行できるのですが、第三者型のライセンスを取るには金融庁などへの登録や一定の資金力などが必要になるため、取得は難しくなります。JPYCは現在自家型ライセンスで発行していますが、今後は第三者型を目指しています。

■ものが買える「デジタルコイン」を作りたいと思った

――岡部さんがステーブルコインや暗号資産に興味を持ったきっかけを教えて下さい。大学時代にゲームにはまっていたそうですが、その経験が大きいのですか?

岡部:大学時代はオンラインゲームが大好きで、1日16時間以上プレイすることもありました。稼いだゲーム内通貨でものが買えないかということに興味を持つようになり、現在のステーブルコインに近いものを自分でインターネット上で発行もしていました。

暗号資産やビットコインに初めて出合ったのは13年頃です。マイニング(※)に事業として取り組もうかと思った時期もありましたが、本格的に仕事として暗号資産に取り組んだのは、16~17年くらいですね。

健康に良いコインを作ろうと位置情報ゲームを開発し、スマホアプリで計測した歩数に応じて「アルクコイン」というコインを配ったところ、ユーザーがたくさん利用してくれました。アルクコインを使って靴屋や自動販売機などで実際に物が買えるようにしたいと考えていたのですが、アルクコインは価値が変動する。日本円と常に同じ価値のコインだったら受け取ってもらえるのですが、値段が上がるか下がるかよく分からないコインではハードルが高くて、お店に受け取ってもらうのは難しかったんです。

そういった経験を経て、日本円のステーブルコインを立ち上げたいと思いました。本当は他の人が作ってくれたらいいなと思っていたのですが、そうそう作れる人もいないだろうと考えて(笑)、自分でやることにしました。

【用語解説】マイニング
暗号資産ネットワークの取引承認プロセスに参加して、報酬として暗号資産を手に入れること。2021年現在、ビットコインやイーサリアムをマイニングするためにはコンピューターなどを利用して膨大な量の計算作業を行う必要がある

■JPYC の活用でNFTの売買や“投げ銭”も気軽に

――JPYCは既に発行額が4億円を超えています。ユーザーから見て便利な点はどこなのでしょうか。

岡部:現在、JPYCの大半がPolygon というブロックチェーンで発行されています。 Polygonで使えるコインが簡単に手に入るというのが、利点として大きいですね。

たとえば、大手NFTマーケットプレイスの「OpenSea」などでNFTを取引するとき、対応している購入・販売方法の中で手数料の安いPolygon を利用したいという人は多いのですが、コインチェックやビットフライヤーなどの日本の暗号資産交換業者は現在、Polygon上のコインを取り扱っていません。そのため、日本の人がNFTをPolygon 上で取引する際には、まず交換業者で仮想通貨のEtherを購入し、自分のウォレットに送金して「ブリッジ(送金)」という操作をし、さらにPolygon 上で交換……という非常にややこしい作業をする必要があります。手数料はかかるし難しいしで、「ただNFTを発行したいだけ」「買いたいだけ」の人にとってはものすごく面倒なことが起こっているんです。

JPYCを利用すれば、銀行振り込みをするだけで Polygon上のステーブルコインが手に入るので、作業の大きなショートカットになります。また、今はおまけとしてPolygonでの取引で必要になる手数料の通貨のMATICもプレゼントしているので、それも喜ばれていますね。

また最近は、JPYCを使って新しいサービスを作る方が増えてきています。たとえば「HiÐΞ(ハイド)」という分散型ブログサービスは、記事を書くと読者から“投げ銭”がもらえる機能があるのですが、これをJPYCで行うことができます。

JPYCは「ERC-20」というイーサリアムのトークン規格に則って発行されており、HiÐΞのようにアプリケーションの中にJPYCを組み込むためのソースコードは完全公開されています。新サービスを作るにあたって我々の許可も必要ありません。

EtherやMATICといった暗号資産で投げ銭をもらうと日本円に戻すのに手数料がかかりますが、JPYCであれば当社でVプリカに替えてVISA加盟店で使えるため、ずっと低い手数料で収益を買い物などに活用できます。

――実際MATIC BridgeなどでEthereumからPolygonにブリッジする際には、数千~1万円ほど手数料がかかりますよね。

岡部:NFTの販売などで得られる利益に見合わないですよね。NFTを1万円で売ったとしても送金やブリッジの手数料が1万円かかれば、売り上げは日本円に戻したらなくなってしまうわけですから。

JPYCを使ってVプリカを購入すれば、VISA加盟店でギフトコードを入力するだけで手数料はほぼ0円で1万円分の決済ができます。こうして実際に買い物ができてはじめて、クリエーターの方もやっと「NFTが売れた」という実感を持てるのだと思います。個人的にはJPYCがなかったら不便すぎて、日本でNFTはここまではやらなかった可能性もあると思っています(笑)。

■日本円ステーブルコインは暗号資産領域の競争力につながりうる

――JPYCの意外な使われ方や広がりはありますか?

岡部:すでに触れましたが、JPYCを使って新しいビジネスを立ち上げようとする方が出てきています。というのもJPYCは暗号資産ではないため、暗号資産の保管や管理事業への規制であるカストディ業務規制にも引っかかりにくく、さまざまな事業や実験がやりやすいと気づいた方がいるんですね。

たとえば、資本金の半分をJPYCに替えて、DeFi(ディファイ、※)で運用する会社があります。またマイニングをしている事業者であれば、手に入れた仮想通貨をJPYCに替えることで、暗号資産交換業者にわざわざ送金しなくてもクレジットカード代わりに利用できて便利です。そういう経済圏の広がりが、予想よりもずっと速いペースで進んでいるように感じますね。

【用語解説】DeFi
分散型金融(Decentralized Finance)の略で、銀行などの特定の企業や団体が管理せずとも成立する、主にブロックチェーンを利用した金融サービスのこと。代表的なDeFiサービスとしては、Uniswap(ユニスワップ)のような分散型取引所や、Aave(アーベ)やCompound (コンパウンド)といった分散型レンディングサービスなどがある。ユーザーは、これらのサービスを通じて資金を預け入れたり貸し出したりして利子を得たり、通貨の交換や資金の借り入れを行うことができる。DeFiの運用というのは、主に前者の資金の預け入れや貸し出しによって利子を得ることを指す

――事業でJPYCを保有したり、JPYCで決済したりするメリットは何でしょうか?

岡部:税務と会計が簡単だというのが、おそらく一番のメリットですね。暗号資産やドル建てのステーブルコインであるUSDCやUSDTを使うと、取引のたびに結局何円だったのかすべて記録をつけなければならず、非常に面倒です。しかしJPYCは1JPYC=1円で計算できるため、レートを計算しなくてすみます。

また、暗号資産を法人が保有している場合、日本の税法では基本的に利益を確定していなくても期末時点での含み益に課税されるため、値動きの激しい暗号資産を保有すること自体が税務上の大きなリスクになります。JPYCは法律上暗号資産扱いではないのと、値動きの幅がとても小さいため、そのリスクが抑えられます。

こうした税務・会計の負担は事業者にとって大きなハンディキャップになるので、ステーブルコインがないとクリプト関連の事業がやりにくくなってしまうこともありえます。ステーブルコインがある国とない国では、クリプトでの競争力が全然違ってくるのではと考えています。

■メタバース拡大で規制強化の可能性も



――21年12月に、金融庁がステーブルコインの発行体に制限をかける方針だと
報じられました。暗号資産型のステーブルコインに適用されるとのことなので、JPYCのような前払式支払手段は該当しないのでしょうが、今後規制が強化される可能性はあるのでしょうか。

岡部:可能性としては十分あります。考えられる規制のシナリオも何パターンかあると思っています。

まず、資産の流出事故などが起こって規制されるパターン。また、JPYCや類似ステーブルコインの発行額が現状の数億円から数千億~数兆円といった規模にまで拡大すれば、社会的な影響力も大きくなって規制が強化されることもありうるでしょう。

JPYCが本来の使われ方から逸脱してしまうケースもありそうです。JPYCは前払式支払手段なので、ユーザーが当社で購入する際の決済に利用でき、それ以外では使えないものです。しかし当社以外のところで当たり前に通貨の代わりに使えるとなると、実態として前払式を大きく超えてしまいます。そうなると、前払式支払手段のステーブルコインではなく、為替取引型の「電子的支払手段(日本円に換金できるコイン)」と金融庁にみなされてしまう可能性があります。

――JPYCを本来の使われ方を逸脱するシーンというのは?

岡部:たとえば、メタバースのようなものの規模が非常に大きくなった場合などですね。メタバースが大きくなって相対的に現実世界が小さくなり、人々の生活において主要な経済圏となったメタバースでJPYCが多く用いられるという未来もありえます。このような場合、加盟店以外で大規模にJPYCが使われているとみなされ、規制強化される可能性が出てきます。

もちろんメタバースの運営会社があって、そこがJPYCの加盟店になってくれれば大丈夫だと思います。しかしメタバースの発展の方向性はもっとオープンで、運営会社がそもそも存在しない場合もありますし、海外発のサービスも多く、日本の法規制を遵守しているとも限りません。加盟店ではないメタバースでJPYCが頻繁に利用されると、金融庁などから規制の必要があるとみなされかねません。

――ステーブルコイン規制の動きが本格的に出てきた場合、どのように対応しますか。

岡部:いくつか方向性がありますが、もっとも理想的なのは、ユーザーの方々の支持により「皆が便利に使っていて大きな問題も起こっていないので、規制の必要がない」という見方が説得力を持つことですね。また、当社が電子マネーなどの資金移動業者や銀行と組んで、場合によっては資本提携などで一体になっていく展開もありえます。当社が上場して楽天グループやGMOインターネットグループくらいの規模になれば、自前で資金移動業のライセンスを所有もでき、厳しい規制下でも問題ないかもしれません。。

また、規制強化を事前に防ぐという意味ではセキュリティーも非常に大切です。セキュリティーが甘い事業者でハッキングや盗難事件があると、暗号資産交換業のケースのように、規制が厳しくなってしまう懸念はあります(※)。

JPYCの発行額が増えれば増えるほどハッカーに狙われやすくなるので、発行額が増えたと喜んでいるだけではだめなんですね。先行してセキュリティーに投資していく必要があります。この点は、暗号資産交換業の経緯から学ぶべきことが多いと思います。

当社では私がもともと最高技術責任者(CTO)などをしておりウェブサービスのセキュリティー実務の経験がありますし、セキュリティーの責任者を採用し教育を行うなどの対策をしています。最終的には資金管理や内部監査体制などの点も含めて、セキュリティーレベルを高める必要があるでしょうね。

【解説】暗号資産ハッキングによる規制強化
18年1月にコインチェックで約580億円分の仮想通貨のNEM(ネム)が盗まれた事件などを受けて、19年に金融庁が資金決済法改正を行い、暗号資産の取引所事業を「暗号資産交換業」として業規制の整備を行った経緯がある。

――他サービスで使われてしまってJPYCに不利益が生じるケースもあるのでしょうか。

岡部:最も避けたいのは、違法な売買やマネーロンダリングなどに悪用されることですね。違法な取引に使われてしまうとJPYCのイメージが悪くなり、規制が強化されるきっかけになりえます。ユーザーには、とにかく法律に違反しないで使っていただきたいです。

――違法な使われ方をされた場合、JPYC側は検知できるのでしょうか。

岡部:当社も独自の基準でユーザーの動きを見ています。怪しいケースを検知したときには、送金や交換を止めています。今後加盟店でJPYCが使えるようになるための第三者型前払式支払手段のライセンスを取った際には、犯罪を防止するための内部監査などの体制も大事になってくると感じています。そのため、弊社も昨年監査等委員会設置会社へと移行し、内部監査室も立ち上げました。

■健全に競争し、決済手数料の低い社会を目指す

――「JPYT」「JPYA」のような日本円ステーブルコインの競合も出てきています。

岡部:チェーンは無数に登場しており、その中でJPYCが対応できるものにはかなり限りがあります。他社事例を見ると、JPYAはIOST(アイオーエスティー)、JPYTはBinance Smart Chain(BSC、バイナンススマートチェーン)といったように他チェーンで発行されているケースもあります。そういう形でさまざまな日本円ステーブルコインの会社が健全に競争するのは、棲み分けや利便性の向上という意味で基本的には良いことだと思います。

――JPYCの今後の抱負をお願いします。

岡部:現在のクレジットカードや電子マネーの決済手数料が3%というのは高いと考えています。資金移動業者と我々前払式の業者が健全に競争すれば、もっと0に近いところまで下げられると思うので、まずはそこを目指していきたいですね。JPYCは当分手数料0円にしようと考えています。

――手数料0円というのはすごいですね。

岡部:今はマーケティング費用で手数料を0円にしてもいいのと、JPYCの規模が大きくなれば預り金の一部を運用することなどでマネタイズが可能になると考えています。また上場すれば信用がついて金融機関から低い金利で保証していただけるようになるので、運用でより利益を上げられるようになると考えています。

21年11月にベンチャーキャピタルのHeadline Asiaや、USDCを発行するCircleのベンチャーキャピタル部門であるCircle Venturesなどから5億円の資金調達を行いましたが、投資家がついてきてくれているうちは、手数料は0円でいいと思っています。

社会のジレンマを突破するというのが当社のミッションなので、なるべく早くその実現を目指したいですね。