(28)金木犀
十月十日
午後四時前。
金木犀が秋風列車に乗って私の目の前を通過した。
なんだか懐かしくて、切なくて、胸がぎゅっとなる香り。毎年やってくるのに、毎年涙が出そうになる。これが、嬉しい感情なのか、悲しい感情なのかわからない。秋の後にくる冬がもうすぐそこに来ていることを知らせる香り。甘くて、おばあちゃんちみたいなあたたかさがあって、タータンチェックのスカートを履きたくなる香り。秋の香り。好きだ。
ランドセルを背負ったあの日の帰り道、鼻をくすぐった金木犀は、鼻を掠めるほどになってしまった。かつてそれは日常の一部だったけれど、大人になった私には、Amazonで頼まないと届かない。回転ずしのレールには回ってこない。回転ずしに備え付けのタブレットで別途注文しないと私の手元には届かないのだ。金木犀を探して、アンテナを張って、ようやく鼻を掠めるのだ。それほど日々は忙しく、目まぐるしく、余裕がなく、慌ただしい。
金木犀の花言葉は「気高い人」。そうだ、私は気高い人になるのか。秋の訪れ。金木犀から私への手紙。