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(20)気まぐれ店主のBAR

九月二十三日③


 数か月に一度足を運ぶBARで、終電の時間を気にしながら飲んでいた。時間を気にしながら飲むお酒は幾分美味しさが減ってしまう気がするが、それでもやはり、このBARで出るお酒は悪魔的な美味しさがある。


 嫌な気持ちにならない心地よい失礼をぶつけてくるこの店の店主は今日も健在だ。店主一人で営む店。他のお客が入ってきたら、私は即座に本を取り出す。日陰で生きる私には初対面の第三者と仕事以外で接することは苦痛だからだ。このBARで本を読もうとすると、いつも「目が悪くなるよ」とだる絡みをしてくる。小四くらいから視力0.1の私にすれば今更目が悪くなることがあったとしても誤差だ。否、間接照明しかないこの空間で本を読もうとする私も私なのだが。しかしこの男、ついに「本を読むな」とまで言ってきた。嫌な気持ちにはならなかった。店主の、「本じゃなくて自分と話したらいいだろう」という心の声が、その表情から読み取れたからだ。

 意地悪で、変わり者で、人に興味がなく、自由に生きている店主の、気まぐれな一言に、いつも心が軽くなり、足取り軽く店を去る。悔しいが私はこの店が嫌いじゃない。


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