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もしフロイトがエロ漫談家だったら――「糞=金」という黄金の方程式

※この記事は、フロイト『精神分析入門』から一部抜粋し、エロ漫談風にアレンジしたものです。

「糞=金」という黄金の方程式はあまりに有名ですが、これを展開すると「糞=金=ギフト=子供=一物」となるのはご存じでしょうか。
まず「糞=金」のように、無価値なものが最上の価値を帯びるという図式は理解しやすいですよね。
ある日突然いじめられっ子がクラスの人気者になったり、社会のクズみたいな底辺層が東大合格して人生逆転!といった下克上は今も昔も人気があります。逆にマリーアントワネットみたいな没落貴族に魅せられる人もたくさんいますよね。

さて、誰かに感謝の気持ちを伝えるとき、お菓子や化粧品をプレゼントするのも良いけど、結局大事なのは「そのプレゼントにいくら使ったか」だと思います。やっぱりもらって一番うれしいものはお金ですよね。「金=ギフト」という図式は、誰もが納得できると思います。そうすると「糞=金」なので、「糞=金=ギフト」となりますよね。

たくさんの贈り物をする人は、みんなの喜ぶ顔を見るのが好きです。きっと赤ちゃんの頃にきっかけがあったのですね。赤ちゃんの時に差し出せる贈り物。身体から切り離して与えることができる物といえば、糞です。糞をするとお母さんが「よくがんばったね」って笑顔でオムツを回収するので、「ああ、お母さんは私が差し上げたギフトで喜んでくれているなあ」という記憶が成功体験となっているのですね。それで成長してからも、自分のことを後回しにして、他人に尽くす大人になりやすいのですよね。

一方、自分の時間を優先する人は、赤ちゃんのとき、大腸から肛門にかけて異物がぬるりと動いていくときの、「出そうで出ない。出ないけど出そう」という感覚に夢中になっていました。とくに視力や聴力の発達が遅かったり、周りに構ってくれる家族がいなかったりすると、赤ちゃんは体内感覚を発達させるので、こういう子は大人になると、ゲイでいうウケになりやすいそうです。

さて、子供は天からの授かりもの。大事なギフトであることは言うまでもありません。そうすると「糞=金=ギフト=子供」となりますよね。
子供のころ、誰もが抱いたことのある疑問ですが、「子供って、どこから出て来るの?」って質問されると、多くの親は「コウノトリが運んできた」などとはぐらかします。「じゃあなぜ、お母さんのお腹が大きくなってるの?」
子供だって馬鹿じゃないし、5~6歳くらいになると、大人たちの会話を盗み聞きしたりして、当たらずとも遠からずの事実を自分なりに組み立てるのですね。そうです。「子供は肛門から生まれる説」を組み立てるのです。
このとき子供の脳内では、「糞=子供」となり、「お母さんのお尻の穴から僕は生まれてきたのだ」って推理するのですね。とくに男子の場合、女子の股間には他に穴があることをはっきり知らないので、なおのこと「子供は肛門から生まれる説」に固執するようです。

女子の場合はどうでしょうか。女子はまず、なぜ自分の股間に一物がついていないのだろうと疑問を抱きます。なぜ私の股間には、パパのように立派な一物がついていないのだろう、と。
で、子供なりに推理した結果、「きっと私の一物は取り外されたに違いない
」という結論に達するのですね。つまり女子の脳内では「糞=一物」であり、どちらも身体から着脱可能な部位です。一物を持たない女子が、知識を総動員して一物について想像を巡らせた結果、「一物は糞のように身体から取り外せる」という答えをひり出す。子供の豊かな想像力には驚かされますよね。

その後、彼女は成長するにつれて、女子の股間に一物がついていない生物学的な理由を学習し、やがて自分の子供を持ちたいと願うようになります。なぜなら成長後も、女子の無意識のなかでは幼児期に獲得した方程式が根強く生き続けており、ホントは立派な一物が欲しいけどそれが叶わないので、一物の代わりに自分の子供を欲しがるのですね。男子が自らの一物を「我が息子」と呼ぶのと同様に、女子の無意識のなかでは「一物=子供」なのです。やがて彼女は子供をつくる手段として、男を欲しがります。要するに彼女目線では、男に一物がくっついているのではなく、一物に男がくっついている。この倒錯が「糞=金」と相似形であることは言うまでもありませんね。

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