
問いのジャブが気づきのノックダウンを生む
1. 気づきを促すファシリテーションとは
ファシリテーションとは、単に話し合いを進めるだけではなく、相手が自ら答えを見つけられるように促す役割を持っています。
「If you find it, you will use it(自ら見つけたことは、率先して行動につながる)」という言葉があります。これは、人は自ら気づいたことに対して主体的に行動するということを示しています。したがって、相手に答えを与えるのではなく、気づきを促すことが重要なのです。
しかし、気づきを促そうと質問ばかりしても、必ずしも相手が気づきを得られるわけではありません。
そこで大切なのが、「全体像を正しく認識する」ことなのです。
2. 気づきを促す質問の落とし穴
よく「気づきを促すための質問をしましょう」と言われますが、ただ気づきを期待する質問を投げかけるだけでは、相手が本質的な変化を起こすことは難しいです。
一番重要なのは、相手が持っている情報や事実を正しく整理し、全体像を明確にすることです。そうすることで、相手自身が現状を正確に把握し、自らの考えを深めることができます。
3. 福祉系NPOでの実例:理事長の気づき
ある福祉系NPOでファンドレイジングの伴走支援をした際の実例を紹介します。
このNPOの理事長は、業界で長い経験を持ち、代表理事として長く組織を牽引してきました。しかし、年齢を重ねるにつれ、
「そろそろ代表の座を譲りたい」と考えていました。
一方で、多くの業務を自分で抱え込んでしまい、スタッフに任せることができないという悩みも抱えていました。
事業継承についても複数の機関に相談していましたが、なかなか解決の糸口が見つからない状況。
私の伴走支援では、クラウドファンディングのサポートが中心でしたが、そのプロセスで「なるべく他のスタッフに業務を任せる」ことを進めることになりました。
4. 事実ベースの質問が生んだ変化
しかし、理事長はなかなか業務を手放せず、スタッフに任せることに躊躇していました。そこで私は、以下のような「事実ベース」の質問をしました。
スタッフは何名いて、それぞれの役割は?
ブログ作成は誰が担当しているのか?
最後に広報動画を制作したのは誰で、どのような反応があったのか?
他のスタッフの強みと弱みを、「考え」ではなく「事実」として聞いた(例:「Aさんの強みは何?」ではなく「Aさんが最後にファンドレイジングに関わったのはいつ?その時の役割は?」)
このように過去の具体的な業務内容を丁寧に整理していった結果、見えてきたのは「他のスタッフだけでもファンドレイジングや広報の仕事を十分にこなしており、それなりの実績がある」という事実でした。
それにもかかわらず、理事長は「みんな忙しそうだから」と遠慮して仕事を頼めなかっただけだったのです。
そこで、私が最後に伝えた一言が、
「他のNPOでも理事長が全部やっちゃいがちなんですよね」
この言葉にピンときた理事長は、「それじゃやっぱりダメですよね」と納得し、その場でクラウドファンディングの業務をほとんど他のスタッフに任せることを決断しました。
数日後、他のスタッフさんから「理事長が本当に業務を任せるようになりました。松浦さんがあのように言ってくれたおかげです」と言われました。
しかし、実際には、私の一言が直接のきっかけになったのではありません。それまでに、理事長自身が
「事実ベースで組織の全体像を正しく振り返る」
プロセスを経たことで、
「他のスタッフに任せることができていた」
という成功体験を思い出したことが大きかったのです。
この成功体験を思い出すことで、
「実はすでにできていた」「スタッフに仕事を任せた経験があった」
という認識が生まれ、自信を持って業務を手放す決断ができたのです。
5. 気づきを促すために必要なこと
この事例が示すように、相手が本当の気づきを得るには、単なる「気づきを促す質問」だけでは不十分です。
大切なのは、事実を整理し、全体像を正しく認識させること です。
これにより、相手自身が「既にできていたこと」「過去の成功体験」
を思い出し、行動の変化につながるのです。
ファシリテーションにおける質問は、ボクシングで言うところの「ジャブ」のようなものです。小さく、細かく、しかし的確に事実を整理するジャブを打ち続けることで、最終的に気づきの「ノックダウン」を生み出すことができます。
問いのジャブを丁寧に打つことで、相手の意識を変え、行動につなげる――それこそが、ファシリテーションの本質なのです。