これまでの記事の補足、及びこれから書きたいこと,2023年4月29日
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注意
これらの重要な情報を明かします。
漫画
『こんなに危ない?消費増税』
『キミのお金はどこに消えるのか』
『キミのお金はどこに消えるのか 令和サバイバル編』
『がんばってるのになぜ僕らは豊かになれないのか』
『ナニワ金融道』
『PLUTO』
『らーめん再遊記』
テレビドラマ
『相棒』
『半沢直樹』
『下町ロケット ゴースト』
『DCU』
『おちょやん』
『獣医ドリトル』
特撮テレビドラマ
『ウルトラマンティガ』
特撮オリジナルビデオ
『ウルトラセブン』(平成版)
テレビアニメ
『サムライフラメンコ』
はじめに
書くことが最近はなかなか思い付かず、思い付いても上手くまとまらないため、今回は短い文の集まりにします。
「自己責任」論は「家族だけは助け合え」という美談に支えられている
近年の日本では、「自己責任」論がかなり広まっていて、それに反論が難しくなっているという指摘もあるようです。
また、佐藤優さんは、『メンタルの強化書』で、日本の「自己責任」に当たる概念が英語にはないと説明しています。ただし、飯田泰之さんが同じように「外国人に説明するのが難しい」と解説する『がんばってるのになぜ僕らは豊かになれないのか』には、中国出身の女性の月さんが「中国には該当する単語はある」と説明しています。
ここで私が考えたのは、現代日本の「自己責任」論は、飯田泰之さんの書籍『脱貧困の経済学』などから考えて、「家族だけは助け合え」という美談に支えられている可能性です。
『脱貧困の経済学』では、家族に財産が引き継がれることで、いわゆる「格差の再生産」が行われることについても、「本当に自己責任ならば、親にも頼るべきではなく、そもそも相続税を100パーセントにすべきではないか」と批判しています。
つまり、現代日本で格差がなくならず、さらに裕福な親の子もそうなるように遺産などを引き継ぐことについて、「自己責任」は例外的に、「家族だけは助け合え」、「子供の不幸は親の責任だ」という主張があるとみられます。
私は岩井克人さんの書籍から、社会の概念を法律、貨幣、遺伝子、文化に区切って考えていますが、「自己責任」は主に貨幣について、法律の共同体である国に頼るな、職場に頼るな、遺伝子の共同体である家族には頼れ、という意味だと推測しています。
「縁故主義」をなくしたいなら「相続税」だけは増やすべきではないのか
資本主義への批判に反論する書籍を書き、市場を重視するリバタリアンだと自認している木村貴さんは、資本主義の問題だと言われているのが国家や縁故によるものだと主張しています。『ナニワ金融道』について、「金融を扱うこの物語で、資本家、経営者が労働者、従業員から搾取する場面はなく、経営者が資金繰りに行き詰まったり、公務員が失敗したり、先物取引で失敗する人間が登場したりする。この作品で悪いのはこの作者の青木さんが別の書籍で批判するような資本主義ではなく、国家と一部の企業が癒着するなどの縁故主義だ」という主張があります。
資本家による労働者からの搾取より、国家による税金の収奪の方が酷いとも書いています。
その主張で、ここで問題にしたいのは、「縁故主義」に親子や家族の助け合いが含まれているか怪しいところです。
『ナニワ金融道』でも、借金を返せなくなった人間が親のまとまった金額の(金融業者にとってはそちらの方が利益の大きい)財産を当てにする場面があります。本当に「縁故主義」をなくしたいならば、そもそも大人が親の財産に頼ること自体がおかしいはずです。
そして、飯田泰之さんの主張するように、「自己責任」を文字通り貫徹する、あるいは木村さんの書く「縁故主義」をなくすなら、むしろ相続税100パーセント、つまり親子の相続そのものをなくすべきになるはずです。
そういった主張が現代日本で出ないのは、「縁故主義」を批判して市場原理や資本主義を肯定する人間も、現代日本で「自己責任」を主張する人間も、「子供の不幸については、他の人間のうち、親だけは他人ではないから助けるべきだ」という美談のような倫理観が残っているのでしょう。
「自己責任」論を批判するときに説得力が欠けてしまうのは、その主張する人間の「家族や親子だけは助け合え」という倫理の防波堤のような部分に気付かず、冷たいだけだと認識してしまうところにあるかもしれません。
「自己責任」を「家族の責任」に置き換えた例
こう考えますと、「自己責任」が「家族の一体感」という倫理に支えられている、冷たいだけではないからこそ根深く生き残るところがあると気付きます。
『相棒』では冷たい人間が登場しますが、「自己責任」が話題になったシーズン20正月スペシャルで、貧しい家庭の子供が「世の中、自己責任なんだよ。俺達みたいなのはどこまで行っても努力が足りないんだよ」と嘆き、その子供を追い詰めた政治家が、親の代からの議員であるにもかかわらず「貧困は自分の力で解決したらどうだ」と言っています。
しかし、この子供を苦しめた大人の1人である、別の子供の母親が自分の子供を怪我から守るために、貧しい子供を「この貧乏人が」ととっさに突き飛ばしたように、実はこの回は、被害者も加害者も、「親子の一体感」が共通しています。
貧しい子供が「俺達」と言っており、「君の責任じゃない」と刑事に言われて「じゃあ誰の責任だよ!」と反論したのも、おそらく「じゃあ俺の親が悪いのか?」と、親を悪く言われたと解釈した可能性があります。
議員が親の代から地位を継ぎ、自分の子供を守りたい裕福な母親が貧しい子供に冷たくなり、貧しい子供が親のせいにしたくないような感情がみられるのも、全て「親子だけは助け合え」という美談が共通していると言えます。
消費増税に反対し、『がんばってるのになぜ僕らは豊かになれないのか』に通じる主張をする漫画『こんなに危ない?消費増税』では、裕福な家庭からが多い高校の生徒が、現代日本の貧しい家庭について「親が悪いんじゃないのか」と言っており、一見冷たい彼らも、「貧困について家族だけは助け合うべきで、国は助けなくて良い」という二面性があるとみられます。
その意味で、「家族を悪く言いたくない」のが、家族を「自分の一部」とみなすか「助けたいもっとも大事な他者」とみなすかの視点がこじれることで、「家族だけは助け合え、自分の一部だと思え」が「自己責任」と呼ばれる、現代日本の問題なのでしょう。
実際に、『相棒』で家族に暴力をふるい、その家族を警察に保護された男が連れ戻そうとして、「家族は私の所有物だ」と言ったこともあります。
なお、子供に財産を残す気のなく、「自分で稼げ」と主張した父親も『相棒』にいますが、彼こそ本当の「自己責任」論者であり、『相棒』の他の悪役の「自己責任」論者は、「家族の一体感」を求めることもあるため、そこまで冷たくないとも言えます。
日曜劇場の「家族の責任」
日曜劇場でも、「親の責任」が重視されることがあります。
『半沢直樹』ドラマ版で、銀行の立場を利用して刑事告訴されてもおかしくない不正をした支店長の浅野が、告発しようとした半沢に「私には家族がいる」と言い訳しましたが、半沢は「家族がいるのは自分だけだと思っているのか」と反論したものの、浅野の妻の頼みで告発はやめました。
浅野の妻自身は、半沢の妻とも関係が悪くなく、夫が悪いことをしたという自覚があり、左遷はされた夫に、「家族になら迷惑をかけて良いのではないか」と主張しています。
しかし、これが高じると、「家庭と職場のある人間は不正や間違いをすれば、家庭には迷惑をかけて良いが職場は巻き込むな」、「家族だけは助け合え」という「自己責任」論になります。おそらく、日曜劇場は「自己責任」論を、主人公の上司などの「強そうな人間」に言い返しているだけで否定はしていない作品が多いとみられます。
実際に、『下町ロケット ゴースト』では、製造業で、農家のためなどで熱心に作業する社員の中で、1人だけ定時で帰る社員が、「家族が病気だから」という理由でもなければ批判されるところがありました。そうでもなければ残業が当たり前、家庭より職場を優先しろ、という概念が『下町ロケット』に限らず日曜劇場に多く、それが現代日本の「自己責任」論、というより「家族の責任」論を支えていると私は考えています。それをさらに強化するのは、『DCU』などにもある、「職場を家族のようだと捉える」美談でしょう。
もっとも、ウルトラシリーズでも、『ウルトラセブン』平成版や『ウルトラマンティガ』にそれはありましたが。
それらを否定して、「職場を家族と混同すると上司が部下の反論も許さないブラック企業になる」と主張するのが『らーめん再遊記』です。
他には、『獣医ドリトル』で、高額な治療費を要求する主人公の獣医の主張が、「飼い主の怠慢で動物が苦しんでいる」というものが多く、これは「飼い主の自己責任」だとしているとみられます。動物が身を守る術がないからと、飼い主個人の責任を重視しています。これも、ペットと飼い主を家族だとすれば、「家族の責任」論として、「自己責任」論を支えていると考えます。
「関係ない」は「責任がない」に置き換えるべきときがあるのではないか
また、借金に苦しむ人間が「家族は関係ない」と主張して巻き込まないようにする作品は『おちょやん』など、よくみられますが、私はそれについて、「関係ない」ではなく「責任がない」と言うべきだと考えています。
何故なら、「関係ない」と言う時点で、たいていは「語り手が巻き込みたくない、自分のマイナスを分散したくないのに巻き込まれている」という「関係」はあり、語り手だけに責任があっても、家族に責任がないこともあるためです。
先ほどの『ナニワ金融道』でも、大人である借り主が、「親に会って、改めて親の財産に頼りたくない、自分で借金を返したいという意思が芽生えました」と言っているようにです。それを「家族の責任」、つまり「借り手などのマイナスを家族のマイナスにしようとする」のが、「自己責任」論に繋がっていると言えます。
たとえば、ロボットに感情や人権のある『PLUTO』では、ロボット差別主義者で、自分以上に過激な兄を殺したロボット警官のゲジヒトを憎む男が、反ロボット団体と共に復讐しようとして、かえって団体に不利な行動をしたために、家族もろとも命を狙われ、逆にロボット警官であるゲジヒトに助けを求めることになっています。
そのときの台詞が、「俺はお前が憎いし、お前も兄貴が憎かったんだろう。だけどこれは俺達兄弟の問題だから、家族は関係ない。頼む、家族は助けてくれ」でした。
しかし家族が狙われているのは事実であり、既にこの男が家族に事情を、団体の秘密を説明してしまったので、口封じの対象にはなっています。つまり、文字通り「関係はない」のではありません。
アニメ『サムライフラメンコ』でも、遊びのようにヒーローの立場になった女性が、仲間の女性が敵に拷問されるときに「やめろ、その子は関係ない」と言ったものの、「関係を作ったのは君だろう」と反論されるくだりがありました。
つまり、「話し手のマイナスに家族や友人が巻き込まれる、話し手を狙う人間の新しい標的になる」時点で、「関係」はあります。しかし、「責任」があるならば、話し手は「関係ない。巻き込むな」とは言わないはずです。
つまり、債務者が債権者に「家族に債務を求めないでくれ」と言いたいように、マイナスや義務のある「責任」はないけれども、むしろ被害を受けて償いなどを求める権利があるという意味で、『PLUTO』の家族や『サムライフラメンコ』の仲間は、「話し手の問題に、巻き込まれた関係はあるが責任はない」はずです。
それを「関係ない」と不正確な表現をするからこそ、『おちょやん』の債権者が債務者に「お前の娘だろう」と言ったようにこじれるとみられます。
これらの問題が、「自己責任」論への反論に繋がるかもしれません。
まとめ
特に意識したわけではありませんが、「自己責任」論が「家族の責任」で、「国や職場は助けないが家族だけは助け合え」という美談に支えられている可能性を私は考え、「家族は関係ない」というのが、「家族に責任がない」と言うべきではないかという主張にも繋がると考えています。
参考にした物語
漫画
井上純一/著,飯田泰之/監修,2018,『キミのお金はどこに消えるのか』,KADOKAWA
井上純一/著,アル・シャード/企画協力,2019,『キミのお金はどこに消えるのか 令和サバイバル編』,KADOKAWA
井上純一(著),アル・シャード(監修),2021,『がんばってるのになぜ僕らは豊かになれないのか』,KADOKAWA
青木雄二,1990-1996,『ナニワ金融道』,講談社
久部緑郎(原作),河合単(作画),2020-(未完),『らーめん再遊記』,小学館
浦沢直樹×手塚治虫(作),2004-2009(発行期間),『PLUTO』,小学館(出版社)
消費増税反対botちゃん(著),藤井聡(監修),2019,『マンガでわかる こんなに危ない!?消費増税』,ビジネス社
テレビドラマ
橋本一ほか(監督),真野勝成ほか(脚本),2000年6月3日-(放映期間,未完),『相棒』,テレビ朝日系列(放送)
伊與田英徳ほか(プロデューサー),八津弘幸(脚本),2013,『半沢直樹』,TBS系列(放映局)
伊與田英徳ほか(プロデューサー),丑尾健太郎(脚本),池井戸潤(原作),2018,『下町ロケット』,TBS系列(放映局)
伊與田英徳ほか(プロデューサー),田中健太ほか(演出),青柳祐美子(脚本),2022,『DCU』,TBS系列
特撮テレビドラマ
村石宏實ほか(監督),長谷川圭一(脚本),1996 -1997,『ウルトラマンティガ』,TBS系列(放映局)
特撮オリジナルビデオ
神澤信一ほか(監督),武上純希ほか(脚本),1998 -2002(発売日),『ウルトラセブン』,VAP(発売元)
テレビドラマ
夏緑/ちくまきよし(原作),瀬戸口克陽ほか(プロデュース),石井康晴ほか(脚本),2010,『獣医ドリトル』,TBS系列
八津弘幸ほか(作),棚川善郎ほか(演出),2020-2021,『おちょやん』,NHK系列
テレビアニメ
manglobe(原作),大森貴弘(監督),倉田英之ほか(脚本),2013,『サムライフラメンコ』,フジテレビ
参考文献
木村貴,2022,『反資本主義が日本を滅ぼす』,コスミック出版
佐藤優,2020,『メンタルの強化書』,クロスメディア・パブリッシング
飯田泰之/著,雨宮処凛/著,2012,『脱貧困の経済学』,筑摩書房
岩井克人,1998,『貨幣論』,ちくま学芸文庫
岩井克人,2014,『資本主義から市民主義へ』,筑摩書房