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悲しげなナポリタンとC.C.レモン

みなさんは、ナポリタンとC.C.レモンが悲しげに佇んでいるのを見たことがあるでしょうか。
私はあります。これは、そのときの記録です。


先日、サイゼリアでシーフードパエリアを口に運ぼうとした時のこと。左後方から「わたし死んじゃうよー。」と大きな声がした。
ぎょっとして後ろを振り向くと、20代前半くらいの女性が電話をしていた。

(なんだ、電話してたのか。それにしても声がでかいな。)
わたしはパエリアを口に運んだ。

「ワンチャン、もらしたからね。」
「あー気持ちわるい。飲みすぎた。もう死にそう。」そして、電話口の相手に何かを謝っていた。

(わかる。わかるよ。わたしも漏らしたことあるよ。酒の失敗談の一つや二つみんな持ってるよね。)と、おばさんは思った。

「あいつらさ、ばかだから!さる!さる!」彼女の声量はとどまることを知らない。恐らく近くに座っていたお客さんは気になっていたはずだ。
「あー気持ちわるい。もう吐いちゃうかも。」

(え、やめてよ。まじでトイレ行って。)

彼女が席を立った。
おもむろに歩きだして、ドリンクバーの方へ向かう。
ヒールの音がカンカン鳴り響いている。
ここまで彼女のワンマンショーの観覧者になってしまうと、気になってしかたがない。

彼女が席に戻ってくると、注文したらしいナポリタンが運ばれてきた。
しばらく声が聞こえなくなったので、チラチラ見てしまう。
彼女は無表情でナポリタンを口にしていた。

数分もしないうちに、また左後方から声が聞こえてくる。別のともだちと電話をしはじめた。

「昨日はほんとごめん!とにかくさ、もっと自分を大切にしなきゃだめだよ。」
「うん、今サイゼ。ほんと気持ちわるい。吐きそう。」

(うん、あなたも自分を大切にして家に帰って休んだ方がいいよ。)そう思った時だった。

「そうだね。わたしも帰るわ。じゃあね。」そう電話口の誰かに言うと、すぐさま会計を済ませて帰っていった。
滞在時間は30分にも満たず、あっさり帰ってしまった。

(周囲の人に聞かせたかったのか?ひとりで食事をするのが落ち着かなくて、ともだちに電話してたのだろうか?)

思い返してみると、わたしにもそんな風に最悪な気持ちすら楽しかったときがあったなぁ。。なんだか、昔のことを思いだしてすこしせつない気持ちになった。

だから、その気持ちが影響したのかもしれない。
彼女の座っていたテーブルを何の気なしに見ると、そこには半分以上残ったC.C.レモンのペットボトルとほとんど口のつけていないナポリタンが置いてあった。その姿が、なんだかもの悲しげに見えたのだ。

全部飲んでもらえなかった、C.C.レモンとほぼ運ばれてきた状態のナポリタンが、誰かの胃袋に入るのを今か、今かと待ちわびているようだった。

彼女は気持ちわるいのにサイゼリアに来た。食事を前にしたらよけいに気持ち悪くなったのかもしれない。
まだ家には帰りたくなかったのかも。
誰かと話がしたかったのか。
誰かに聞いてほしかったのかもしれない。

若いうちは、たくさん失敗してたくさん恥ずかしいことも経験した方がいい。
よく言われることだ。

ほんとうにその通りだと思う。過ぎ去った日々は戻ってはこない。
飲みすぎて気持ちわるくて、トイレにこもっていたあの頃はもう戻ってはこない。

そんな日々がいまはものすごく懐かしく、愛おしいくらいだ。
彼女の残していったC.C.レモンとナポリタンは、誰の口に入ることもなく処分される。
それがまるでもう戻ることのできないわたしの過去のようで、なんだか切なくなってしまった。

その気持ちに気づかせてくれた彼女に感謝している。彼女は今ごろ、また二日酔いになってともだちにぶうたれているかもしれない。

わたしのシーフードパエリアはからっぽだった。

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