vs変態科学者1

「なんか運動場にやばい人いてるみたいだよ」
「え?なにー?不審者?」
「やばいじゃん。避難とかしなくていいの?」

昼休みの教室は、いつもと違う不穏な空気に満ちていた。
窓から見える運動場の中心に、異様な格好をした男が1人立っている。

夏の太陽の下、いかにも暑そうな白衣姿。しかし、その手には黒いグローブが付いている。
何をするでもなく、ただ突っ立っている。

彼の姿を見て、はっとした表情を浮かべた生徒が、1人だけいた。

長瀬百合だ。

彼女は可愛らしい顔に似合わず、嫌悪に溢れた表情を浮かべた。
そして、ざわついている教室を後にする。気がつけば、走り出していた。

(あの人、敵の組織の人だ!見たことがある!)

百合は栗色の長い髪を揺らし、階段を駆け下りた。
ポケットの中から、ピンク色のコンパクトミラーを取り出す。周りに誰もいないことを確認し、慣れた手つきで胸に当てた。変身の合図だ。

(なんで学校に来ているの!?みんなには絶対手出しさせない!)

純白の光に身を包み、聖なる力を纏っていく。
白とピンクを基調としたミニスカートワンピースに、可愛らしさを演出するフリルとリボン。
可憐で、清楚。その二文字が良く似合うコスチュームだ。

「魔法少女、リリー!聖なる光に包まれし乙女!悪は絶対許しません!」

決め台詞に、決めポーズ。
白衣の男に向け、真っ直ぐな視線を送った。

「おお〜!いいねえ、そのポーズ!かわいい!」
「馬鹿にしないで!ここに何の用なの?」
「はは、そんなに怒らないでよ。君を組織に勧誘しに来ただけだからさ。俺はハク。よろしくね〜」

軽そうな笑い方に、適当な口調。
20代後半だろうか。飄々とした高身長。肉付きの少ない頼りないスタイル。それが余計に胡散臭さを増長している。
前に対峙した、幹部のレイに比べると圧倒的に弱そうな印象を受ける。

(前はレイに負けてしまった!今回は絶対に負けられない!)

リリーの並ならぬ敵対心を感じ取ったのか、ハクはまたせせら笑いをした。

「仲間にならないのなら、君の学校ごと破壊するけど〜。いいの?」
「そんなこと…私がさせない!」

言い終わらないうちに、リリーはハクに向かい走り出していた。
光を纏った拳を突き出す。すると、彼は「おっと」と漏らしながら、体を後ろに反らせた。
見た目からは想像できなかったその驚異的な身体能力に、一瞬戸惑う。

「びっくりした顔もかわいいね〜」
「逃がさない!」

リリーは足に力を込め、強烈なキックを繰り出そうとした。
しかし、それもひらりとかわされてしまう。まるで猫のような飄々とした身軽さだ。

「今度は僕のターン、いいかな?」

ぱあっと。リリーの足元が光り輝く。
反射的に下を見やり、はっとした。

「これは…魔法陣!?」
「そう。運動場に君をおびき寄せたのは、僕の書いた魔法陣を発動させるため。実は夜の内に大量に書いておいたんだよ」

細かい模様に象られた円状に描かれた、罠。直径およそ1メートルほどだが、自分は完全に中に入ってしまっている。

咄嗟に宙返りをし、後退した。先程まで自分が立っていた地面からは緑色の蔦が生え上がっている。捕獲するつもりだったのか。

「あはは、気を抜くのはまだ早いよ!」
「くっ!また!?」

着地した先の地面が、また光を放つ。この辺り一面に、魔法陣を描いたのだろう。

「きゃあっ!」

魔法陣から、風が吹き出す。その華奢な体は容易く浮き上がり、上空に投げ出された。
竜巻が発生し、その中央で巻き込まれている。そう認識した頃には手遅れだった。

「ううっ!」

身動きが取れない。自分の体はくるくると宙で回転を繰り返している。

「まずは、電気魔法をブレンドしてみようかな〜っと」

ハクは楽しそうに言うと、白衣のポケットから透明の玉を取り出した。
その中では黄色い稲妻が嵐のように発生しては消え、また発生を繰り返している。
リリーは細く目を開けながら、身の危険を察知した。
敵との戦闘で見覚えがある。あれは中に電気魔法が封じ込められているのだ。

「あああああっ!きゃああああ!」

ハクが玉を竜巻の中に投げ入れた瞬間、身体中を張り裂けるような痛みが襲った。
バチバチ、と凄まじい音が鳴り響く。

「うわああああ!はあああああっ!」
「すごい苦しそうに鳴くんだね〜!これは愉快だ!」
「きゃあああああああ!」
「次は水魔法なんてどうかな?」

言い終わるか言い終わらないかの内に。
投げ込まれた青い玉が弾け、水の竜巻へと変化する。
身動きが取れない状況は変わらず、今度は呼吸もストップさせられた。

(息が…できない…っ!)

すごい水圧だ。
体はくるくると回転を続け、目も回っている。

「ごぼっ…!」
「いいねえ、成す術なしってところかな?」
「が…はぁっ」

こんな序盤で手も足も出ないなんて。
テレポートをしようにも、ステッキを取り出す余裕がない。

(こんなところで、まだ終わりたくない!)

そう思った時だった。
突然、自分を閉じ込めていた竜巻が消えた。
くらくらとした意識の中でも、何とか地面に着地した。

「げほっ!」
「空気は美味しいかい?」
「一体…何のつもりなの」

その場で激しく咳き込みながら、リリーは聞く。
今、竜巻が消えたのは、自分の力ではない。ハクの行動なのだ。

「何って…こんなところで終わるなんて早すぎるだろう?まだ全然楽しめてないのにさ〜」

そう言って、にやにや笑いを浮かべた。
その異常な心理に、リリーの顔は青ざめる。レイとは違うタイプの恐ろしさだった。

「まずは、濡れた体で遊ぼうか!」
「しまった…!」

足元の魔方陣が光り輝く。
水を吸ったコスチュームは重く、さらにまだ呼吸も整えきっていないため、行動が遅れた。
身体中を、ビリビリと電流が駆け巡った。

「うわあああああ!ああああっ…ああ!」
「濡れた体に電流!さっきの何倍も効くでしょ〜?」
「きゃあああああ!」

この人は自分を倒すのではなく、まるで遊びのように痛めつけて楽しんでいるだけだ。
その恐ろしさに、リリーはぞっとした。

「はぁっ…」

電流が終わり、がくんと膝を着く。

(だめよ、完全に相手のペース!何とか…何とかしなくちゃ!)

キッと彼を睨みつける。
すると、ハクは惚れ惚れとした表情を浮かべた。

「いいね〜!いいねぇ、その顔!もっと見せてよ!」
「いつまでもあなたのペースと思わないことね!」

ステッキを取り出し、敵に向けた。

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