vs女幹部1
「今日は満月。儀式には最適ね」
ところどころ壊れた天井の隙間から、月明かりが差し込む。薄暗く、埃っぽい空間。
港近くの廃倉庫。元々、貿易関係の荷物置き場として使われていたらしい。木箱や鉄筋が、無造作に置いてけぼりのままだ。
そんな廃墟に似合わない、美女が1人。
ブロンズのウェーブががった髪に、青い瞳。薔薇のような真っ赤な唇。そして、体にぴったりと吸い付くような、黒光りのスーツ。大きな胸が収まり切らず、髪を搔き上げるたびに、むちっと揺れる。
現実離れしたその見た目は、映画で見るような、まさに異国の女スパイのようだ。
名前は、レイ。
木箱の上に脚を組んで退屈そうにしていたレイだが、微かな物音に振り向く。
「ふふ、時間ぴったりね」
そう言って、色っぽい微笑を浮かべた。
レイの視線の先で、無言で立っているのは、これまた倉庫とは似つかない格好の少女だ。ついでに言えば、レイとも似つかない。
ふわふわとファンシーな白とピンクを基調としたドレスワンピには、レースやリボンが装飾されている。そして腰まで伸びたストレートヘアは清楚にハーフアップされ、そこにもまたリボン。
日曜日の変身モノ少女アニメをまさに連想させる。
「魔法少女、リリー!聖なる光に包まれし乙女!悪は絶対許しません!」
バーン!という効果音が流れそうな、決めポーズと共に。
彼女は真剣な瞳で、レイを真っ直ぐに見据えた。
レイの妖艶な美形とはまた違う、かすみ草のような清楚な可憐さの顔立ちをしていた。
「あなたが私を呼び出した、悪の組織の幹部ね」
「ふふ、はじめまして。リリー。こんな夜遅くにご苦労さま」
揺るぎない表情のリリーに対し、レイはくすっも口元を緩めた。
二人の距離、およそ10メートル。静けさと、緊張感。
今まで下っ端とは何度か交戦してきたが、幹部と対峙するのは初めてだ。スタートから全力で立ち向かわなければ、恐らく勝てない。レイを纏う只ならない空気感に、リリーは決心をした。
「なあに?こっちから攻撃していいの?」
レイが、右手を下に下ろす。
(武器は……鞭?)
彼女の手には、黒光りの鞭が握られていた。慣れた手つきで、鞭が振るわれる。真っ直ぐに、こちらへ。
「リリー・ステッキ!」
それに対抗し、リリーも手馴れた武器を出した。一歩後退して鞭を避けると、ピンクのハートが付いたステッキを、敵に向ける。
すると、先端から光の玉が3発放たれた。これぞ下っ端を倒してきた、彼女の基本攻撃だ。
「やーん!」
レイの乗っていた木箱もろとも、大破する。彼女の悲鳴と共に、煙が立ち込めた。
「ミッションクリア、かな」
リリーは、無残に散らばった木箱の破片を見やり、呟く。
今の攻撃に、かなりの力を込めた。恐らくレイは戦闘不能状態だろう。
(でも一応、煙が晴れてから…)
「なーんて。これで終わると思った?」
「な…!?」
背後から声がして、反射的に振り返る。そして、絶句した。
そこには、仕留めたはずのレイの姿があった。傷一つない、彼女の姿だ。しかも、息すら上がっていない。
「あんなの簡単に避けられるわよ。組織も舐められたものね」
距離が近すぎる。
レイの振るった鞭の先が、リリーに迫った。