藤井風@日産スタジアム感想、気取らない達人だからこそ成り立つ内省と一期一会の表現について
【この記事の主旨】
・藤井風の日産スタジアム初日(8/24)を「スタジアム席参加券」で観覧、同公演のYouTube生中継(8/26の16時までアーカイブ視聴可能→公開期間を無期限延長)もフル鑑賞したうえでの感想
・圧倒的な技術もさることながら、そのうえで偉ぶらず大観衆と対峙する、この規模で1対1のコミュニケーションを成り立たせる感じの佇まいがとにかくすごい
・「青春病」の歌詞〈いつかは消えゆく身であれば/こだわらせるな罰当たりが〉に象徴される諦観と執着の激しい混淆、そのうえでの爽やかな一期一会といった感覚が、スタジアムライブならではの内省的な楽しさに昇華されている
・日本ならではの意匠を端々に用いる一方、それをことさらに「和」のイメージと結びつけはしない姿勢が見事で、それはYouTubeを通して世界に生中継するということにもそのまま結びついている
・隅々まで素晴らしいライブだったので、ぜひ生中継アーカイブを観てほしい
今回の公演の公式ページ
https://fujiikaze.com/feelingood/
【参考:藤井風についてこれまで書いてきた文章】
1stアルバム『HELP EVER HURT EVER』についての感想スレッド
https://x.com/meshupecialshi1/status/1264481946333151232?s=46&t=QurJoc2Z0JcWR4UJYQeO0g
ピアノ弾き語りカバーアルバム『HELP EVER HURT COVER』についての感想スレッド
https://x.com/meshupecialshi1/status/1264480659646541824?s=46&t=QurJoc2Z0JcWR4UJYQeO0g
単独公演(大阪城ホール、2021/10/17)についての感想スレッド
https://x.com/meshupecialshi1/status/1449634613496791043?s=46&t=QurJoc2Z0JcWR4UJYQeO0g
藤井 風『LOVE ALL SERVE ALL』に聴く〈天衣無縫のキメラ音楽〉
https://mikiki.tokyo.jp/articles/-/31480
Mikiki掲載、2022年4月7日公開
(以下、記事タイトルはすべて編集部の方がつけたもの)
藤井風という比類なき存在 その振る舞いや楽曲が醸し出す“わからない”という魅力
https://tokion.jp/2022/06/01/fujii-kaze-love-all-serve-all/
TOKION掲載、2022年6月1日公開
自身のブログにおける2022年上半期ベスト記事
https://closedeyevisuals.hatenablog.com/entry/2022/07/16/175006
2ndアルバム『LOVE ALL SERVE ALL』についての短評を掲載
藤井風“Workin’ Hard”は単なる応援歌じゃない? ケンドリック・ラマーにも通ずる隠されたテーマを探る
https://mikiki.tokyo.jp/articles/-/35163
Mikiki掲載、2023年8月31日公開
2023年も藤井風の年だった—国内外でのアクションを通してわかった本当の凄さとは?
https://mikiki.tokyo.jp/articles/-/36345
Mikiki掲載、2023年12月30日公開
参考:藤井風以外のライブ後感想へのリンク集
https://closedeyevisuals.hatenablog.com/entry/2024/03/23/122537
【参考:今回のライブに行けるようになるまでの先行抽選落選歴】
昭和女子大学 人見記念講堂 2022/7/28(木)
イープラストレード受付:落選(1枚)
藤井風 “LOVE ALL SERVE ALL” STADIUM LIVE
Panasonic Stadium Suita 2022/10/15(土)
最速先行:落選(2枚)
オフィシャル先行:落選(2枚)
g-mens先行:落選(2枚)
オフィシャル先行2次:落選(2枚)
イープラストレード受付:落選(2枚)
藤井風 “LOVE ALL SERVE ALL” ARENA TOUR
大阪城ホール 2023/2/8(水)
オフィシャル先行:落選(2枚)
オフィシャル先行2次:落選(2枚)
藤井風 Stadium Live “Feelin’ Good”
日産スタジアム 2024/8/24(土)(第2希望で8/25にもエントリー)
オフィシャル最速先行:落選(2枚)
オフィシャル2次先行:落選(2枚)
トレード受付(機材開放席を含む):落選(2枚)
最終受付(指定席・スタンド席参加券):スタンド席参加券(2枚)当選
【今回のライブの感想】
はじめに
本当に素晴らしいライブだった(と生中継のアーカイブで観なおして思えた)。藤井風の圧倒的な演奏表現力については2021年に大阪城ホールで観た際の感想で述べたのでここではさておくとして、その当時のライブではあまり明確に演出されていなかったテーマのようなもの、楽曲の歌詞においては常に軸に据えられてきた死生観や一期一会の感覚などが、押しつけがましくなく仄めかすくらいの加減で絶妙に示されていた。スタジアム会場でのライブをこんな具合に成立させられる人は稀だし、そもそも日本国内ではあまり露出がない状況が続いている人が7万人規模のスタジアム公演2daysを完売させてしまう(そしてとにかくチケットが取れない)のもすごい。藤井風はこれからもさらに大きくなり、世界的なポップスターとしてのポジションを確立していくことになるだろうが、この人ならではの謙虚な佇まい、とんでもないことを飄々とこなす人柄の魅力は変わらないんだろうなと実感できた。スタンド席参加券とはいえその場に立ち会えてよかったと思うばかりだ。
「スタンド席参加券」での見え方・聴こえ方について
自分の席は西ゲートW26入り口 2階28列605番(参考:座席案内図)で、最後列の一番右という文字通りの端席だった。そこからだと正面スクリーンは完全に見えず、ステージの前の部分(横に伸びた花道状のところを含む)が視認できるのみ。開演直後は藤井風登場パート(スタンド席に座っている録画映像?→カメラがアリーナ横階段に切り替わり本人が登場→アリーナ中心のグランドピアノまで歩いてゆき「Summer Grace」を演奏→メインステージまで歩き登壇)を映す映像がまったく見えず、このまま何も把握できない状態で全編居合わせることになるのかな……と思っていたところで、2曲めの「Feelin’ Go(o)d」からステージ裏の補助スクリーンが稼働。ステージ左右の大スクリーンに映されたのと同様の接写映像(これは配信映像で確認:配信は遠景からの撮影が多めだった)を頼りに観ていくことになったのだった。
藤井風自身はステージ最前付近に頻繁に出てきてくれていたので、視覚的な不満はあまりなかったのだが(とはいえ配信映像の煌びやかさと比べると格差が凄かったことを実感させられもするが)、音響はさすがに厳しかった。ステージ横すぐ近くのスタンドに向けて置いてあるのは裏の小規模ラインアレイスピーカー1列のみで、それがカバーするのもスタンド1階の限られた範囲のみ。自分がいた2階の最後方エリアは屋根があったこともあって音はかなりこもり、音量の面でも観客の拍手のほうがスピーカーからの音よりも大きく聞こえてしまうような状態。バンドのサウンドも、ピアノ弾き語りのような小編成の際は明瞭に聴き取れるものの、大音量になるとベース音の輪郭もぼやけてしまう。藤井風のボーカルがピッチもリズム処理も完璧だったからストレスなく聴けていたけれども、これほどのプレイヤーでなければ音楽を鑑賞する場としては成り立たなかっただろう。逆に言えば、そういう環境でもライブを成り立たせてしまえるのが藤井風なわけで、その意味での凄さはしっかり実感することができたのだった。
「スタンド席参加券」で観た直後の感想について
という具合に、今回のライブで示された音楽的な妙味については自分の席からでは1%も把握できなかったのだが、それでも確かに伝わってくるものはあった。その最たるものが「青春病」における楽しげな演出(8人のダンサーが“夏の男子”っぽい盛り上がりをしているところに歌いながら立ち寄っていく)と、そのなかにあって寂しげな表情をみせる藤井風の佇まいだった。生中継のアーカイブ映像では遠景から捉えた映像が多いためにわちゃわちゃしている様子の楽しげな感じが前面に出ているが、自分の席から見えたのは補助スクリーンによる接写のみで藤井風の表情についての印象が強くなっていたというのも大きいかもしれない。そうした様子から個人的に感じられたのが、まわりが楽しそうにしているからこそ、そこに入り込めない、留まりきれないさびしさが映えるということだった。
これは、この曲の〈いつかは消えていく身であれば/こだわらせるな罰当たりが〉といった歌詞にもそのまま通ずるものだろう。自分はそうした様子を見て、はじめは「演出は嘘臭いが藤井風は嘘臭くないのがすごい」「そういえば、こういうふうに“繕わない”感じが全編通しての大事なポイントになっているのかも」と思ったのだが、この演出自体もそうした対比効果、“賑やかさに乗り切れない”感じを示すためのあえての出力具合でもあるのかもしれないと思えてきた。そういうふうに考えると、今回のライブ全体を貫くニュアンスや、そこに向き合うための勘所のようなものが見つかった感じが得られ、一気に納得感が増していく。その流れで「まつり」で締める構成もこれしかないだろう。楽しげな雰囲気のなかでどこか寂しそうにしていると孤独が際立つが、今回のライブにおいてはその孤独感がスタジアム全体で、名残惜しさの増す終盤においては特に共有される。これほど大きな会場なのに内省的な印象こそが映え、それだからこその一体感が生まれているのは本当にすごい。音響の面では満足できなかったが、それ以上に重要な表現性の面ではそうした感銘を受けて帰途につくことができたのだった。
生中継アーカイブを観たうえでの感想
個人的な主義のようなものとして、ライブ配信というものは現場のそれに比べ音響機器の面でも視覚の面でも格段に不十分にならざるを得ないため、自分が行かないライブに関しては積極的に観ないのだが(今年のコーチェラでのDeftonesなどよほどマストな場合を除き、フジロックの生配信なども観ない)、今回は現地での環境もあって生中継アーカイブを確認したほうが絶対にいいことはわかっていた。ということで翌日8/25の午後に一気に観たのだが、これが本当に素晴らしかった。演奏のクオリティはバンドも含め極上、カメラワークを含む視覚面での魅力も申し分なし。最後の「まつり」では曲終盤で1分ほど花火が上がり続けるすぐ近くにいた関係でステージからの音がほとんど聴き取れなかった(配信では花火の爆裂音抜きで鑑賞できた)こともあわせ、今回のライブがいかに素晴らしい内容だったかを今さらのように確認できたのだった。
サウンド面での把握しやすさにおいて顕著だったのが、「ロンリーラプソディー」イントロのシンセ音。スタジオ録音の原曲ではメロトロン音色(藤井風本人もプログレッシヴロックの文脈から説明していたように思う)が印象的で、個人的にこの楽器の音が大好きということもあって生だと(実機ではなくてもシミュレート音色として)どうなるか予め注目していたのだが、現場では「これメロトロン使ってた?」というくらい細部のニュアンスは全くわからない状態。しかしアーカイブで聴くと、冒頭からしっかりその音色を使っているし、曲全般にわたって豊かなサウンドを使い分けている(鍵盤担当のYaffleが最もフィーチャーされた曲だったと思う)。こうしたことは他パートも同様で、BPMを上げられた「旅路」のメロディックパンク〜ドリームポップ的なアレンジ(2020年代版のTHE BLUE HEARTSという感じも)におけるTAIKINGのギターも、分厚い音色のなかで細かい歪みが揺蕩う感じの音作りの妙は現地ではぼやけた感じにしか聞こえなかった。スタジアム環境の音響面での厳しさと、それを後から補完してくれる配信アーカイブというものの有り難さを深く実感させられた次第だ。
以上のようなことを踏まえて面白かったのが、端席であっても現地で体験しておくことができたのはやはり良かったということ。例えば、ステージに登壇して最初に歌った「Feelin’ Go(o)d」や続く「花」あたりは、この人にしては歌というか声の出方が微妙だと感じたのだが、同一メロディラインを反復する「花」でミドルヴォイス〜ミックスヴォイス〜ファルセットの換声点的ほぐしを入念にやっていくことで、以降の曲ではどんどんよく出るようになり、ピアノ弾き語り+バンドの「風よ」「ロンリーラプソディー」あたりからは万全の状態になっていた。という印象が、生中継アーカイブで観なおすとまさにそういう感じだったと確認できる。そして、そういう序盤の声の出具合であってもピッチやリズム処理の精確さは申し分なく、そこから生じるフレージングの流麗さ(節回し:メロディひとまとまりを漢字一語みたいなものだと考えると、その筆跡の美しさみたいなものだと考えてくれるのがいいだろう)は最初から抜群で、直しなしのライブ映像がそのままハイクオリティな商品レベルとして成立している。バンドのタイトなまとまりもグルーヴ表現も隅々まで見事。それがぼやけて聞こえる席位置での印象もあわせ、スタジアムライブの難しさとそれを成り立たせる実力のすごさを改めて実感させられたのだった。
こうしたパフォーマンス部分に加えて後から気付かされたのが、藤井風の気取らない佇まいとコミュニケーションにおける配慮だった。例えば、藤井風は同じ内容を日本語と英語で続けて喋る。「花」の後のMCでは、「どこにおっても見てますから」「みんなもライブに来とるつもりじゃろうけど、自分もみんなのライブに来てます」と言ったあと、通訳などを挟むのではなく自分の口で「This is now my show, this is your show」と続けてみせる。「燃えよ」の後では「ちょっと座って休んで」「Sit down and relax」と言うなど、その場にいる人々に対しても、YouTubeでの生中継を通して観る世界中の人に対しても、誰ひとり置いていかずに交流しようとする姿勢ができているのだった。
これは佇まいの総合的な印象についても言えることだろう。藤井風は宗教的な文脈が問題にされがちな面もあるために、今回のようなスタジアムライブはある種の信者の集会みたいな様相を帯びうるのではないかと邪推する人もいるだろうが、実際のところ、そういった雰囲気はまったくない。「いいことだけ吸って、いらんもん吐きだして」みたいなコールを除けば自己啓発っぽい気配もなく、偉ぶらずこけおどしもしない佇まいからは教祖感も漂わない。生中継アーカイブで観なおして後から気づいたのがニューエイジ的な印象も全然出ていないことで、これはR&Bや歌謡曲を出自としつつ土着的な印象も残しながら洗練、自身もダンスを積極的にやっていくというような、身体的なアピールも多分に伴う音楽性によるところも大きいのかもしれない。また、「まつり」や「Workin’ Hard」のような曲において、和音階や踊りといった日本ならではの意匠を用いながらも、それをことさらに「和」のものとしてプレゼンしない(曲中だけでなく演出の流れやMCにおいても)のも好ましかった。あくまで“世界のなかに在る一個人”的な佇まいで、安易なナショナリズムみたいなところに結びつかない。このように気取らず大観衆と対峙する、1対1のコミュニケーションができている(と感じさせる)存在感は、様々な意味での人間力と技術を自然体で兼ね備えた人でなければ持つのが難しい。今回のスタジアムライブは、こうしたバランスを奇跡的に成り立たせている(しかもそれを当たり前のように感じさせ、親しみやすさを持ち続ける)藤井風という人の得難さがとてもよく活きる場だったと思う。
おわりに
今回のライブの骨子はだいたいこんな感じだったと思うが、それ以外にも印象的で興味深い場面は多かった。ピアノ弾き語り+バンドのセクション最後に披露された、湘南乃風「恋時雨」のカバー(完全に藤井風自身の曲として聴けてしまう物哀しく暖かい仕上がり)一節からの「死ぬのがいいわ」(世界的にバズるきっかけになった代表曲)という流れは、神奈川から世界へという(YouTube生中継のことも含めた)文脈表現になっていたし、「damn」がSuchmos「STAY TUNE」に通ずる曲調にアレンジされていたのも、バンドメンバーとして参加していたTAIKING(全曲で素晴らしいギタープレイを連発していた)とその出身地である横浜へのオマージュでもあるだろう。その「damn」の最後で藤井風が突然かました変顔(アイーンをより強調した感じ?)と、「満ちていく」(8/29訂正:この次の「青春病」に誤記していた)の最後で藤井風が「FUJII KAZE」の墓碑銘に横たわる姿などをあわせて観れば、生と死に向き合うシリアスな表現のそばに、それが堅苦しくならないよう解きほぐすバランス感覚が確かにあることがよくわかる。「Workin’ Hard」(マーヴィン・ゲイ「I Want You」のフィーリングがよりはっきり出ていたこともあって個人的にはこの曲でのパフォーマンスがベストだと感じた)や「damn」のカメラワークにおける、コーチェラでのロザリアあたりを想起させる演出も格好良い。などなど、本当に見どころいっぱいで素晴らしいライブだった。
正直言って、ここまで来ると日本国内での展開に関しては頂点に達していて、ライブ活動の面ではこれ以上を求められないレベルになってしまっているのだが、表現力やパフォーマンスの技量(音楽面だけでなくダンスなども)はさらにこの先があるのだろうし、アルバムの構成などの面でもまだまだやれることが多いように思う。今回のライブはそうした期待を高めてくれる点でも素晴らしい機会だった。これからの藤井風が本当に楽しみだ。
【セットリスト、バンドメンバー】
8/24(初日)セットリスト
1. Summer Grace(アリーナセンター設置ピアノ)
2. Feelin’ Go(o)d
3. 花
4. ガーデン
5. 特にない
6. さよならべいべ
7. きらり
8. キリがないから
9. 燃えよ
10. 風よ
11. ロンリーラプソディー
12. 恋時雨(湘南乃風カバー、次曲のイントロ的に一節のみ)
13. 死ぬのがいいわ
14. Workin’ Hard
15. damn
16. 旅路
17. 満ちてゆく
18. 青春病
19. 何なんw
20. まつり
バンドメンバー
Gt:TAIKING (Suchmos)
Ba:小林修己
Dr:佐治宣英
Key / Band Master:Yaffle
Per:福岡たかし
Vocals:ARIWA (ASOUND)
Vocals:Emoh Les