10分雑文#61:環境によって”普通”は違う
前回
その”普通”は”普通”ではない
一つのコミュニティのみに属していると、どんどんコミュニティ外とは隔離される。そこでしか通用しない「常識」があたかも「世の中の常識」になってしまう。
私は色々なコミュニティに属することを好んでいたのだが、最近は同じようなコミュニティに所属していることが多くなり、閉塞感を感じていた。
多分ティーンたちはSNSを介して存在しているコミュニティが中心になることで「SNSの当たり前が、私の生きる世界の当たり前」になってしまっているのではないかと思う。これってとても怖いことなのではないか。
一方で、よく言えば「別に他の世界に行けば、貴方にあった普通はありますよ」ということなわけで。所属しているコミュニティが辛ければ、他のコミュニティに属せばいいだけなのだ。
もちろん世の中はトレードオフなので、普通の水準が下がるということは、何か別の要素にも影響を与えることになるだろう。例えばサラリーが下がるとか。
そうやって人は自分の居心地の良いコミュニティを探してフラフラと場所を変えていくと考えることができるのではないかと思った。
走ることが趣味になってくると「月xxキロ走ることが当たり前」のようになってくるが、世間一般の人からしたら「変な人扱い」されることに最近気づいた。
よく「それって普通じゃん」という人がいるけど、そう言われたときは「どの世界の普通なんだよ」と言い返してやろう。
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