2024-06-20_ターニングポイント

自分の人生において「ターニングポイントになったな」と思える日がある。
その日付は1日とて忘れたことはなくて、情景も、場所も、時間も、起こったこともすべて鮮明に今でも思い出すことができる。

あの日、あのときを境に、自分の生き方は180度ガラリと変わったし、修羅の苦しみを長年生きてきた自分の人生が0から始まった日にもなった。
そういうターニングポイントってのが、1度と言わず人生には何度かあるらしい。

たぶんそれはジワジワとやってくる

1度目のターニングポイントになったときはその出来事の少し前から「自分を本気で変えよう」って思って、新しい挑戦を始めてすぐのことだった。新しい挑戦を始めてみたものの、思い描いていたような結果にはなっていなくて悶々としてた。そしてそのもっと前には自分のメンヘラ思考を矯正しようと思って自己分析を始めたり、心の勉強を始めたりというのがあった。

これらの"新しい挑戦を始める"という前段階の事象がなければ、同じ出来事をターニングポイントとして捉えることができず、なんてことない嫌な出来事が起きた1日として、記憶に根付くこともなく終わってしまったことだろう。家に帰って今までと変わらず泣くほど病んで、鬱状態になって、、、と変わりない日々の繰り返しをしていたと思う。

しかしそうはならなかった。
長年片思いして追いかけていた人からボロクソにダメ出しされて、「おまえなんか1つも尊敬できるところない」とまで言われて、最初に湧いきた強烈な感情が「なんでだ??おかしい!!」だったんすよね。今でも鮮明に覚えてる。「何年も気持ちを伝え続けてきて、振り向いてほしく努力もしてきて、疎遠になった後も勇気を出してまた会いに行って仲良くなったのに、なんで結末がこんなボロクソに言われて終わるんだ?なんでポッと出の誰かもわからない男の方に行かれちゃってるんだ?おかしい!!」

あの瞬間から自分のすべての思考回路が、意思決定が、行動選択がすべて変わった。紛うことなくターニングポイント。

次のターニングポイント

今の自分はどうかというと、たぶんまだ本気のターニングポイントというのを作れていない気がしている。でもターニングポイントに近づいている直感はある。なぜなら「こんなはずじゃなかった」って感情が頭の中でいっぱいだから。

仕事においても、恋愛においても、自分の内面的成長においても。

加えて、最近よく目に入ってくる自分と同年代の人たちで成功者になっている人たちの姿。かつて接点を持ったことがある人も何人もいる。彼らと自分の違いはなんのか?どうして自分はそうなっていないのか?何がいけないのか?

そして同窓会への参加。
30代を迎えて各々が"普通の幸せ"と呼ばれているのだろう姿をしていて、「自分が目指していた"普通"」の姿がこれなのか。ということを直接見ることができた。あれは小さなターニングポイントと呼んでも過言じゃないかもしれない。素直に思ったんだよね、、、「こうはなりたくない」って。貧困メンヘラのときからずっと目指してきた"普通"の姿なのに、こんな大人にはなりたくないって強く強く思って、同窓会の帰り道に決めた。

「もう普通の幸せを求めるのはやめよう。」って。

その後からは小さな選択が変わり始めた。
同窓会があった翌週には1年くらい執着してしまっていた付き合いたいと思っていた人との縁を完全に切った。同時に執着も完全に手放せた。今でも辛くなるときはもちろんあるけど、それも一瞬のことであって基本はもう果てしなくどうでもよくなってる。

昼夜逆転生活をやめるために、小さな習慣の改善を行い始めた。
やるやる詐欺をしていた仕事の営業活動にも取り組み始めた。
こう捉えると、あの同窓会は小さいターニングポイントだったなー

もっともっと目の前のことに本気になりたい

さて30分経ってしまったのでここで終わり。
あとは明日考えよーっと。んでなんか人差し指が痛くてキーボード打つのしんどい


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