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18:生活実験:2D覚醒編

写真は結婚指輪。祖父母のもを溶かして作った。退院でやっと2個揃った。

1つゲームをやった。とりあえず色々確認したいのもあってざっとクリアまでやったがゲームの3D操作が意外なほどすんなりでき、内容理解的にも問題なかった。手だが、スマホゲーとかだとまた違うかもしれないけどPS4で操作するうえでは麻痺はほとんど気にならなかった。

これでだいぶ感覚は取り戻せてきた気がする。オンラインではなく1人でやるゲームなら他人の迷惑にもならないし、これでだいたいOKだろうと思って次に始めたのが徹底したリアリズム追及の「キングダムカム・デリバランス」だった。

久しぶりにめちゃくちゃハマった。RPGでの魔法っぽい部分が別にそこまで好きではなかったから真逆なこれは自分との相性抜群だと思った。ゲームはリハビリ的には頭も指先も使うから絶対やったほうがいいと言語療法士のTさんも言っていたし、遊んでるわけじゃないぞ!と自分に言い訳しつつ。もうちょっと回復してきたら腰をすえてゲームしよう。

1月7日七草粥の日だ。毎年七草粥を食べていた。今年も食べたかったため夫に頼んで作ってもらった。その流れで、いつも通りの生活を開始すべくスーパーに買い物に行く。通路を通るとき右側があまり見えていないようで、病室内の予測できる動きとは違い買い物の時間帯の夕方のスーパーは難易度高いなと思った。

もちろん夫と一緒だったけど。…以前、編み出したカニ歩きのテクニックを駆使しつつ、とりあえず夫の邪魔にならないよう後からついて歩いた。会計をするなどの作業はできないためついて歩くだけの人である。

この日はカレーを作ってみようと思った。多分物の段差や高低差が苦手なのだとしたら大鍋に野菜を入れて煮込む系の料理ならいけるんじゃないかと思った。…だいたいにおいてこの「いけるんじゃないか」という勘を頼りに生活していくわけだが割とこれに従うとうまくいくことがわかった。これは無理だな感覚的にまだちょっとできないな、と思う事は大体成功しなかった。
カレー1つ作るにしても包丁を以前のようにつかうのは無理なので、ハサミでチャキチャキ切ったりしながら(味付けのほうはできるので)とりあえず今までやっていたように作った。

…結構な時間がかかって完成させたけど、とりあえず「カレー作って待ってるね」と言って私が夫を送り出したのが最後で、実行されなかったぽいのでこれで晴れてオトシマエもついたし満足だ。「おいしい、おいしい、○○が作ったカレーや」と半泣きで食べてくれる様子に、もっとたくさん作ってあげたかったな、と思った。今後時間を作ってたくさん料理する予定だったのだけど。上手くいかないものだ…。

余談だがもともとどうやら私は人をイラつかせる天才らしいので、そこら辺だけでも改善していきたいと思いながら生活していた。夫とは接し方のコツを掴んできたので、最近は喧嘩してもすぐに互いでどうにかおさまるようになった。

本当はもっと早い段階でそういうことができていたらよかったんだけど、入院してしまってからのこの状況なので何もかもが順序ぐちゃぐちゃだった。

とにかく脳梗塞は入院して半年が勝負、入院して半年で最終的にどれくらい回復できるかが決め手と言われていると聞いた。だとしたらこの時点でほぼ3ヶ月が経過しているので残りは3ヶ月。…少しでも回復の伸びしろを増やしたかった。そのために重点的に時間を使おうと思ったし、自分なりの分析をしつつ(自分にしか当てはまらないかもしれないけれど)私の体験なり発見が何か誰かの役立つ情報にでもなればいいなと思ったりした。

1月9日。今日は1人で買い物にチャレンジしようと思った。漢字ドリルは続けていたしちょっとお菓子が食べたかったので近所のスーパーにお菓子と漢字ドリルを買いに行くことにした。それまでもコンビニなら行けたけど会計の時にお釣りの計算が瞬時にできないのとレジに人が立っていると緊張するため(→割と前から、レジ等で後ろに立たれるのが苦手)
全部スマホ払いにしてあった。生活はもともとそうやって現金決済をしないで済む感じにしていて、そういった面では不便はなかった。

しかし今回は実際に現金しか使えない場所でやりとりができるかどうかを試すことに意味がある。なんか「〇〇やってみた!」みたいなノリになってるけど多分こんなチャンネル作っても普通に買い物とかしてるだけだから全然再生数行かないと思う。むしろ、はじめてのおつかい。

まず、おかしを買いに狭い通路を横歩き。1つ適当に好きなものをカゴに放り込んだ。これは成功。そしてドリル。漢字練習ドリルを買いに街の本屋さんへ行った。これもお釣りのことは考えず千円出すことでクリア。この2つの買い物は成功した。とにかく私が何か成功したり何かできたりすると夫が喜ぶためもっと喜ばせたいと言う気持ちもあった。その一方たとえば家の中では相変わらず、ドアを開けて急須を手に持つと、何をしにそもそもこの部屋に来たのか忘れる、どこを押せばお茶が注げるのかなどわからなくなるなどの落差ができていた。落差は他にもあった。

その買い物に自信をつけてしまったのか、私は近くのお弁当屋さんにお弁当を買いに行こうと思った。結果は散々だった。以前から何度か利用していておまけもしてもらったりしたことがある店だったが、注文の形態としては、まずスープセットサラダセットみたいな感じでセットを選んでそしてメインも自分で組み合わせてランチを作る感じだ。

割と顔なじみだった店、そして選ぶ選択すると言う事に問題がないことの確認も先日できていたし(おせちの具材で問題がないのであればこちらも中身はデリのようなものだし問題は無いはずだ)と思い店に入った。

問題オオアリだった。まず看板が読めなかったのだ。この店はわりとおしゃれなカフェなので看板は黒板に手書きメニュー、そして様々なイラストが添えられていた。…多分それがよくなかった。今まで病室で均等でなるべく行間が開いている文章ならば解読できていたし、映画の字幕程度なら問題はなかったが(映画特有の手書き風字幕も問題ないと確認済み)このランダムに作られた黒板ボードはどこを読んでいいのか目が飛び、まごついているうちに後に人が並び、もともと行列ができると1000円か10,000円か5000円を出してお釣りは全部カバンに放り込むタイプなので焦りから完全にパニくった。

焦ると文字は読めないし、お店のご主人のほうは私が以前来たことがあるのを覚えていて「あれ?」と言う顔をしたが、私はとりあえず1番上にあったセット名を読み上げ、おにぎりを1個手に取り買って逃げてきた。

デリで買い物できない事はわかった。それを踏まえて何が問題となっているか1つ1つ具体的に考える必要があると思った。まず問題点の1番は、変則的な文字や図形を理解できないこと。そしてそれが「看板」という立体物に描かれていたことだろう。ここでも段差を不得意とするのと同じ、空間認識のズレの問題がネックになっていると言って良い。

そもそもどうしてモニタ画面やゲームだと認識できて、実際の物体だとできないのか。そう考えたときにある共通性が浮かび上がった。それは平面化できるものとできないものの差にある。

大丈夫だったものとそうでないものを比べてみたとき、例えばパソコン画面に映るいろいろなもの、それはOK。ゲーム画面もOK。均等な平面に書かれた文章OK。…対して、活字ではない文字を読むこと、高さがバラバラなコップや器を使って作業すること、自宅での食事、それらはNG。

自宅と店舗の違うところは、まず店舗は買ってもらうのが目的なので、それが取りやすいようにあらかじめ考えて配置されている対して家では、まずその環境を自分で作り上げなければいけない。胡椒、醤油、ドレッシングなどそれぞれが、冷蔵庫に入っていたり店に置いてあったり別々の場所に配置してあり、それを取り出して使う部屋まで持っていく、そして食器を並べる…そういった工程をこなした上で食事をはじめると言うことになる。

工程が1つ増えるごとに物事は単純化から離れ複雑化することになるのだからそれはなるべく避けるべきだ。今の状態(1月14日)での、きることとできないことの落差を埋めるにあたって、まず日常生活でできない部分を徹底的に潰していく必要があると思った。

たとえばネットショッピングは大丈夫でも店舗で買い物だとちょっと構えてしまうのもこの3D概念のせいだろう。3Dがダメなら2D。二次元化すればいのだ。2次元に置き換えられるものなら、なるべく置き換えてみる。テレビ、パソコン画面は、物事が複雑に展開しているように見えて、それはすべて平面に映し出された映像を見ているのであり、脳の処理的にそこは2次元認識になるのではないかと気付いた。モニタ、ブラウザという箱の中に一度入れ込まれることで世界が平面化できる。この図式を日常生活に応用するのだ。私は目覚めた。完全覚醒だ!

お盆が必要だ。お盆の中に世界を入れ込むのだ。…ついに狂ったかと思われるかもしれないが大真面目である。
私はお盆を購入した。あまり大きなお盆だと、乗せて運べないので、水洗いできる電子レンジOKな、ちょうどウェイトレスさんが運ぶ位の大きさのやつ…

そしてまずその盆に食べるもの全部載せる。病室でトレイに乗って食事が出てきたがあれはいいアイディアなんじゃないかと思った。そこからヒントをもらったと言うのもある。そうやってまず、少しでもあちこちに分散たものを集めて運ぶと言う過程を省き、単純化した。…結果は…このお盆に乗せる前の段階で、そもそも持っていくのを忘れたものなどがポロポロ出たりもしたがそこは帰りはお盆を片付けるだけで済むので結果的に成功!

後は自分の動きの導線に沿ってものを配置し直す。

以前入院前の私が配置していた配置は(それでも合理的に作っていたつもりだが)各部屋に跨いで置かれた物もあったので、今回、壁伝いに手を伸ばせば日常的に使う導線に沿う形で配置できるよう直した。こうすることによっものごとの最中、何をしているかが途中でわからなくなっても導線上に視線を戻せば次に使うものが目に入ってくる。結果、ミス減る。

この間、夫は料理が上手くなった。もともと知っている限りでは全く自炊している気配がなく、全く料理ができなかったと言っていたが、作るのが好きになったと言い作るようになった。私が手順悪く、だいぶ時間をかけて作るよりは夫が作ったほうがいいと言うのもあったろう。

本当に夫には迷惑かけっぱなしである。

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