8:結局、怒髪天
写真は夫が差し入れに持ってきてくれたラザニア
そんなこんなしているうちに、私にリハビリテーション科に移る話が持ち上がった。今いる集中治療室はリハビリの時間も少なく基本ベッドの上の生活。
対して回復が見込める患者にはリハビリテーション科に移って徹底したリハビリが行われるのだが、ベッドの空きがあまりなく入院期間ちゅうにリハビリテーション科に移れるかはわからない。リハビリ科に行かれないまま一般病棟で最後まで過ごして退院する人も少なくない。
「移れるかはわからないけど移動希望を出してみようと思う」とAさんが提案してくれたのだ。それを受けていちど家族と夫と私とで今後の方針について話し合うということになり、医師から看護師さんが私に伝えに来たというわけだった。
文章で書くとこれだけの単純な話。
けれどここで一悶着あった。
【この時のベースとなる状況】
・入院をきっかけに夫との感情のすれ違いが生まれ、この日もあまり良好な状態ではなかった。(夫には基本的にとても感謝している)
・何月何日に話し合いがあるので…等でなくとにかく「ご主人はいつ来られますか」という聞かれ方のみだったので詳細を自分が把握するのに苦労していたこと。
・両親が(もしくは母が)来てから立ち会ってもらい公平に会話をしたかったが先に始まってしまったこと。
・先日ベルトに関して解決済みだったはずがその問題が再燃したこと(つけるつけない)
まず、話し合いの日にちについて私と看護サイドで行き違いが起こった。本当の話し合いは数日後だったが、何度も「話し合いの日程はいつですか」と聞いても「わからない」と返答され、私には伝えられず夫の来る日のみを繰り返し聞かれたため私はその日が話し合いの日だと認識した。
話し合いの日が決まったら教えて欲しいと両親に言われていたため、両親にも連絡した。夫がまず到着する。両親はまだ来ない。
このとき初めて私は、これが本番の話し合いでなく、医師との話し合いの前に行う、いわゆるプレ的な物だったと知る。何も聞いていなかった私に、そのプレの為、さらに別室に移動しようとした夫に「ちょっと待って」と言った。
何も伝えられていなかったことに驚きつつも、この話し合い自体は私が聞くのが筋だろうと思っていたので、夫に「そこに来ているのだからそのまま病室ですればいい。私は病院との決まりで立ち歩けない状態にあるんだから」そう言うと、「僕からも病院に聞きたいことがあるから」そして「○○(私の名前)は関係ない話だから」と言って私を遮って出て行ってしまった。
私はこうなるよりずっと以前から、「もし癌などになったら絶対に告知してね。私のことは私が決めるから。」と言っていた。自分のことは自分で把握しておきたかった。
この数日前、立てない私を置いて夫が帰るマネをした姿がフラッシュバックした。車椅子を見下ろす状態で自由に動きながら挑発的に話す様子を見たときは「そういうのやだ。二度と冗談でもやらないで」と言った。
…やらないっていったのに、またやった。
この時音で表現するとしたら「ブチ!!!!」だろう。もしくは超怒髪天。以下、どうにか冗談ぽく書かないとあまりにも色々と酷いのでできる限りソフトに。
「関係ないってなんじゃ!私のことを話すのに私に関係ないことあるか!そもそもご主人なんは記号であって!配偶者じゃ!配偶者でであんたは世帯主。それは法的なこと!優劣とかあるとおもってんんっか!(←激昂しすぎて噛みまくってうまく話せずさらにげ激昂。)「出てこいや!そもそも名前だって好きで変わったわけじゃない」
これは夫にとって地雷である。
「俺だってそんなこと言うなら(そもそも)そもそも結婚なんてしたくなかった!」
はい、きたよきました何時ものやつ。
このまま最悪な展開になりそうなところに、看護師さんが再びやってきた。聞きたいことが山ほどあった。私はトーンダウンさせながら質問した。
「夫が聞きたいことがいくつかあるって言ってたんですがなんの話だったですか?」それを遮るように夫「もういいから、理解して解決したから、○○には関係ないから」
…この人は根本がわかってない!私が何で怒ってるとおもってるんだ!?自分に関することを当事者である私が蚊帳の外のまま進行されたことへの不信感なのに。
夫に対する徒労感と怒りでくらくらしながら病院がわの説明を聞いた。曰く、病室などに関するもろもろのことで、今まで全く進まなかったことがその日なぜか一気に進んだとのこと。
夫の疑問である、「あのセンサーやベルは付ける必要はあるのか」との疑問、私の「…なぜ一度外すといったハイレグ帯を再度つけるという話になっているのか」(そんな話が突如浮上していた)という疑問
…それ以外にも諸々な疑問と矛盾点があったが、それが一気にこの前日解決したそうだ。他にも備品に関することで聞きたいことがあったが、「前の担当者がやってなかったんです。」とのこと。ちなみにその担当者の方はこの日は非番らしい。
センサーはその日から付けなくてよくなり、ハイレグ帯を、またつけるつけないはハイレグ帯のことではなくリハビリ用の靴をつける、つけないの言い間違い(聞き間違い?)とのことだった。夫の疑問とそれに対する病院側の回答を聞いたが急ごしらえ感がはんぱなく、まあ夫なら毎日ここにいるわけじゃないから(言い方悪いけど)言いくるめやすいよな…と思った。センサーフリーになったのがいつか聞くと、それも今日、(突然すぎ)との返答で伝える暇がなかったとのこと。
「でも、諸々説明不足で後手後手にまわって、認識に互いに齟齬が生まれたのは否めないですよね。物事の全体が見えないので、どういった用で何をするために夫の来訪日が知りたいのか。まず当事者であるわたしに話すのが筋じゃなかったんですかね」
そう聞くと、人手不足でみんなあちこち行っていて…すみません、とそれを認めてもらえたので、「こちらも時間を割かせてしまい本当に申し訳ありませんでした」と謝った。病院や看護師さんには本当にお世話になっているし、人手不足で色々ままならないのも知っている。その話を後日リハビリの担当官Tさんにしたら、それは病院側の問題でお金を払って人を入れたら人手は増やせるんだから、人手不足は理由にはならない…と言っていたけどその話は雇用とかそのあたりの社会問題になってくるので趣旨からずれるため、一旦置く。
さて…夫である。
看護師さんが去ったあとまた勃発しそうな喧嘩の場で、なかば…あれはどう表現したらいいんだろう、『殺意』…物騒だけどそうとしか表現できない。
濃厚で純粋な殺意のみの凝縮された感情といったらいいのか。無理に言葉にするなら、体も儘ならず、目の届かないところで勝手に物事を決められるくらいなら、見えるうちに殺ってやる…という感じか…
…いや…やはりもっと根本的な原初の怒りに近い感情の、殺意。
そんな気持ちで夫と対峙していたとき、物騒な気配を感じたのか「もうそこらへんでいい加減にしろ」と父が割って入った。父も到着していた(本当はこの日ではなかったので伝達の齟齬により父も母も無駄足になったが)
父は、「腹立つのはいったん置いて。この人が何してくれたか考えてみろ。行動が物語ってるじゃないか。こんな毎日のように(この辺りは仕事の傍ら毎日来てくれていた)きてくれた男がいたか?行動で見てみろ」
そう言われて我に返った。本当にびっくりするくらいシューーと冷静になった。
王蟲赤モードの目が青くなるくらい、沈静化していった。
…そうか、この人は敵じゃない。壊しちゃだめなんだ。
そう思ったと同時に本当に刺し違えてでもぶっ潰してやろうと夫に対して思った自分にひいた。
その後も、互いに何度もむかつくことがあったがこの時の冷静な王蟲の目現象を思い出して以降殺意は二度と生まれていない。
しかし歩けないのに置いて行かれたことの屈辱と、いつ何があるかわからないので戦えるようにこの日から病室でスクワットをはじめた。片手を壁について数回だが看護師さんの目を盗んでの筋トレだった。
父とは仲の良い親子というわけではなかったし大人になり同じ類の仕事に就くまでは距離があった。しかし考え方は似ているのかもしれないとこの日思った。母は「とにかく○○さん(夫の名前)が置いていっちゃったのがイヤなんでしょ?そばにいて欲しかったんでしょ?」となだめようとした。
「違う、寂しいとか全然そういう問題じゃない、当事者不在の決定は」…と反論しようとして、やめた。
意思疎通の伝達手段が不自由な中で、自分のことは自分で認識しておきたい。痴呆症とよく似た状態が出ているなかで、噛み締めるように一つ一つ確認しながら過ごさないと何もかも己の預かり知らぬことになるのではないかという恐怖…そんなことはなかなか理解しにくいだろうし、「寂しい」という感情論に落としどころを持ってきたほうが安心なのだろう。
そしてそろそろいい加減に黙れ、やめてくれという気配をひしひし感じたのでそのあたりで意思疎通の齟齬による徒労感とともに口を閉じた。
祖父はアルツハイマー、祖母は認知症になったが、物をため込んだり意固地、頑固になる傾向があった。もしかしたらそういった患者がよくとるとされる行動は、自分の認識や生活行動に関するままならなさと自己管理ができなくなる恐怖、そういった感情からくるものなのかもしれない、と自分に照らし合わせて思った。
そして、よく訪問家族とのやりとりなどを聞いていて「それはここに置いたっていったでしょ。今もってきたでしょ」等と強く言われると居づらそうに黙るか、暴れて反論するか…しているのを見るが、とにかく心地よくない思いをするのだろう。
私もそこにおいてあるじゃないですか。と言われ何度そこを見ても無く、自分がついに狂ったかと思ったが、(これは右半球無視による視野の問題だが)本人のコントロール不可能なところで自分がとる行動、自分がおかしくなっているのではないかと怯える感情がわかる気がした。
この日は疲れた。
そして、この喧嘩のポイントは入院と病室、他者の介在が原因で起こったことであり本来なら今頃新婚旅行で飛行機に乗っているはずだった…。
そう思うとそのあとしばらくは千里眼ごっこを再開して、「…その眼付ヤメテ…」と夫に言われる感じのじとっといやーーーな目つきをしていた。
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