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五郎さんの夢


「五郎さん、このごろげんきがないがどうした?さては、恋人にでもふられたかい?」
「ちえっ、そんなんじやないよ」
 五郎さんと、トメさんは、長距離トラックのあいぼうです。
 運転手のトメさんは、助手の五郎さんのおやじといっていいくらいに 年がちがいます。でも、会社でも、このふたりのように なかのよいコンビは、めったにいません。北海道から九州まで、ふたりきりの旅をすることもあります。どちらかが元気がないと、たちまちしごとにひびきます。菜の花のいっぱいさいた野原で、車をとめてもらった五郎さんは、
 「トメさんに、ひとつ きいてもらうか」と、話をはじめました。
 

 五郎さんのすんでいるアパートのてんじょううらに、バクがすみはじめたというのです。バクは、夢をたべるといわれている動物です。
「そいつはまあー」
 トメさんは、おはなしのなかにでてくる ゾウと、イノシシのあいのこのような へんてこりんなすがたをおもいうかべて くびをふりました。

「もう一カ月になるかな。あいつがおれんちにきてから。ある晩、おいらの夢のなかに ひょいとあらわれて、しばらくやっかいになりますっていったんだ。ふざけるんじゃねえとおもったけど、夢のなかだろ、くちをパクパクするだけで 声がでないんだ。そのうち、おいらがみる夢、みる夢、パクパクパクパクたべはじめたんだ。
 まいばんだぜ。おいら、夢のなかで もうすぐ バクがでてくるって、まってるんだ。でてきたからって 何もできやしないのにさ。くったくただよ。おいら、夢のなかまで おきてるんだぜ。おい、トメさん、しんじられるかい」
 五郎さんは、かなしそうなかおで、トメさんをみあげました。
 トメさんは、なにもいえずにくびをふりました。
 

 それからも、家にかえるたびに 五郎さんの顔はあおじろくなっていきました。
 五郎さんが、ついに家をでる決心をしたと、トメさんにつげてから、五日がたちました。おかみさんの実家にようじがあって、しごとを休んでいたトメさんは、ひさしぶりにあった五郎さんのかおをみて びっくりしました。
 まえの元気な五郎さんに、もどっていたのです。
「ひっこし したんだね」
「いやぁ、そうじゃないんだ。トメさん、まあ、きいてくれ」
 
 ある夜、五郎さんの夢をあとからあとから たべつづけたバクは、あんまり おなかがすいていたのか、五郎さんの夢のまえにでてしまったのです。色つきでハラハラしたり、ドキドキしたりの五郎さんの夢とちがい、まっくらやみは、かびくさくて すこしもおいしくありません。
 あわてて ひっかえそうとしたバクは、サクサクサクサク音のするものにぶつかってしまいました。
「これがまた、おわらいなんだよ。おいら、バクのことばかりかんがえてたもんだからよ。バクの夢をみちまったんだ。それからがおもしろいんだ。おいらの夢のほうのバクが、てんじょううらに すみついたバクをパックリくっちまったのさ」
 しんじられないだろ? おれだってさ、……と、五郎さんは、うまそうにタバコのけむりをはきだしました。

「で、それから、五郎さんがみた夢のほうのバクは、どうなったんだい?」
「どうもしやしないさ。おいらが目をさましたとたん、きれいさっぱり きえちまったよ。まったくへんなやつにかかわっちまったよ。それからこっち、夢もみないし、朝までぐっすりさ。トメさんも、きをつけなよ。さっ、しごと、しごと!いくぜ、トメさん」

                       おわり

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