読解・曲解講座〜『LOVE AFFAIR〜秘密のデート〜』
サザンオールスターズ1998年のヒット曲、
『LOVE AFFAIR〜秘密のデート〜』(作詞・作曲 桑田佳祐
アルバム「さくら」、「バラッド3〜the album of LOVE〜 」収録)
※サザン公式サイトに全歌詞&試聴あり↓
不倫愛をテーマにしたドラマの主題歌だったこの曲、
恋をしてしまった既婚者の心情が細やかに描かれている。
その表現が非常にリアルなため、
「桑田サンって不倫していたの!?」などという人がたまにいるが、
桑田佳祐さんが、そのままの実体験がなければ書けない程度の才能の持ち主であるかどうか…。
それに奥様である原さんがキーボードを担当し演奏されているわけだから、ね。
イントロが、まず美しい。
大人の甘さでときめく。華やかな香りが広がる。
ライブ会場での「ワーーーッ」という歓声が入る。
この曲のプロモーション・ビデオは、ライブでの映像(桑田さんが持つカメラの映像も含む)と
横浜の街で愛し合う男女の映像が交互に映る。
サザンのライブは、ステージの桑田さんと観客との性愛の儀のような恍惚感を伴う。
その感覚を、よく伝えているPVだと思う。
♪夜明けの街で すれ違うのは
♪月の残骸(かけら)と 昨日(きのう)の僕さ
♪二度と戻れない 境界(さかい)を越えた後で
♪嗚呼 この胸は疼(うず)いてる
薄い月がまだ残る早朝の街。
昨日と何が違うのかというと…
そう、ついに彼女と一線を越えてしまった。
なかったことにはできない責任を感じてる様子。
妻帯者である自分が、彼女にそんなことしてしまってよかったのか、と
彼女を想うゆえの後悔。
「あいみての後の心にくらぶれば」の歌の通り、
抱き合って、より深くなっていく想い。
♪振り向くたびに せつないけれど
♪君の視線を 背中で受けた
♪連れて帰れない 黄昏(たそがれ)に染まる家路
♪嗚呼 涙隠して憂う Sunday
通常の恋人同士でも、別れ際は切ない。
やっぱり、いつまでも一緒にいたいし、片時も離れたくはない。
だけど、彼は既婚者で、家には彼の帰りを待っている奥さんや子どもがいるわけで。
そんな彼の帰っていく背中を彼女がどんな思いで見つめているか、
彼は痛いほどわかっているようだ。
ずっと一緒にいたい気持ちは同じだけど、それはできない。(自分の立場を崩す気はない)
家族と過ごす日曜、平凡な夫、父親の顔をしつつ、彼女のことで胸はいっぱいなのだ。
♪君無しでは 夜毎(よごと)眠らずに
♪闇を見つめていたい
ここで彼は彼女に操を立てている。
妻を抱いたりしないで、君のことだけを考えているよ、と。
♪マリン ルージュで愛されて
♪大黒埠頭で虹を見て
♪シーガーディアンで酔わされて
♪まだ離れたくない
マリン ルージュは横浜港を巡る白い船体がおしゃれな観光船。
シーガーディアンは横浜のホテルニューグランドにある大人の香り漂うバー。
(↑ホテルニューグランド)
とってもおしゃれな大人のデート。
めまいがしそうなほど楽しくて、ドキドキする時間。
♪早く去(い)かなくちゃ 夜明けと共に
♪この首筋に夢の跡
だけど、やっぱり彼は家族が待つ家へ帰らないといけない人。
夜は二人で過ごせても、朝には他人の顔。
誰にも知られてはいけない秘密の関係。
それが悔しくて彼女がつけた首筋のキスマーク。
困るけれど、彼女の想いの強さが嬉しくて、帰り道、彼はそっと自分の首筋を撫で、
彼女の唇を思い出す…
♪愛の雫(しずく)が 果てた後(あと)でも
♪何故(なぜ)にこれほど 優しくなれる
とても美しい表現で歌われているが、内容は生々しい。
きっと、奥さんとは終わった後、会話もなく、お互いサッサと寝ちゃうんだろうね。
「疲れてるんだ。」
この言葉を切り札に背を向けて。
奥さんも、もうそれで慣れてしまっている。
ところが、彼女には、いつまでも髪を撫でやりたい、かわいい顔を見つめていたい。
そうしていると、ますます心の奥から、愛おしさが溢れて湧いてくる。
快楽だけを求める“遊び”で彼女と付き合っているわけではない。
どうしようもなく純粋な恋心が彼を動かすのだ。
♪二度と戻れない ドラマの中の二人
♪嗚呼 お互いに気づいてる
不倫なんて、自分には一生、縁のない他人事だと思っていた。
それが、今、まるでドラマの主人公のようになっていることに驚く。
「お互いに気づいてる」とは、何に気付いているのだろう?
…このドラマティックな恋にお互い常軌を逸していること。
…このドラマに決してハッピーエンドはないこと。
…この恋そのものが虚実であること。
既婚の男と恋に落ちて、
いくら俺に惚れられたとしても、
その先に実るものは何もない。
若い彼女に、そんな恋をさせ、大切な美しい時間を無駄に使わせるのは重い罪だ。
頭の中では、そうわかっていても、心が、体が離れられない。
♪棄(す)ても失(な)くしも 僕は出来ない
♪ただそれだけは 臆病なのさ
とてもズルイ言い方かも知れない。
だけど、本当に正直に言うと、
自分は妻子を棄てることもできないし、
かと言って、君を失うことも耐え難いのだ。
都合のいいことを言っていると自分でも思う。
しかし、いくら選択を自分に迫ってみても、…答えは出ない。
…なんて正直な男だろう。
きっと彼は楽しい人だけど、根は真面目なのね。
女は、そんな男に惚れちゃうのよね。
♪連れて歩けない 役柄はいつも他人(たにん)
♪嗚呼 君の仕草を真似る Sunday
二人はお互いがとても大切な存在で、必要とし合っている。
「恋人」だけれど、
彼は既婚。
「恋人」にはなれない。
いつも一緒にいて、どこにでも一緒に出かけたいけれど、
実際には、かなり行動が制限される。
人目を忍ぶ緊張感も時には心地よいが、
いくら愛し合っていても、
社内(日曜以外は会えるということは社内不倫では?)で、彼女を特別扱いすることはできないし、
彼女も自分のことを「○○サン」としか呼べない。
他人のフリをする他はないし、彼女は自分のものだとは誰にも言えない。
時々、とても悔しく、歯がゆい気持ちになる。
会えない日曜、
自分の、ふとした仕草が彼女と同じことに気付いた。
例えば、朝のコーヒーにミルクを入れ、クルクルと浅くティースプーンで混ぜ、
うず模様を作ること。
これは彼女のいつもの仕草。
自分は、これまでしなかったことだ。
彼女と向かい合って座ったカフェでの会話を思い出す。
彼女の声、笑顔がまぶたに甦る。・・・会いたくなる。
キッチンに立つ妻は、ダイニングテーブルでコーヒーを飲む彼の心のうちまでは気付かないようだ。
新聞を読むふりをして、思わず笑顔になる顔を隠す。
♪好き合うほど 何も構えずに
♪普通(ただ)の男でいたい
お互いに好きになるほど、もっとしてあげたいことが増えていく。
なのに、できないことが多い。
自分は彼女より年上だし、立場のある人間。
だけど、彼女の前では、何もかもを忘れて、
彼女を愛するただの男でいたい。
勝手な言い分かもしれない。
だけど、彼女といる時、自分の社会的な肩書きや立場を離れ、
“本来の自分”に戻れる自由な気持ちを感じるのだ。
♪ボウリング場でカッコつけて
♪ブルー ライト バーで泣き濡れて
ボーリングは、きっと得意な彼。
昔取った杵柄、彼女の前でがんばっちゃったかな?
「ブルー ライト バー」は、スターホテル横浜内のピアノバー。
前出の「シーガーディアン」のあるホテル・ニューグランドと隣り合っている。
♪ハーバー ビューの部屋で抱きしめ
♪また口づけた
一息で歌われるこの箇所は、とても素敵。
口づけられながら、押し倒されていくのを感じる。
感情の起伏が大変、激しい部分。
ボーリング場で楽しく盛り上がって、
ピアノバーでお酒が入ると、やはり切なさを感じる二人。
ホテルの部屋で抱き合い、ほとばしる愛情。
♪逢いに行かなくちゃ
♪儚(はかな)い夢と 愛の谷間で溺れたい
彼女とのデートは誰にも秘密。
上手い口実を用意して、後ろめたい気持ちを少々感じても、
彼女に逢える期待で高鳴る胸の鼓動が、罪の意識さえ消し去ってしまう。
出会ってしまった運命に踊らされるかのように、彼女との恋に夢中な彼。
「谷間」とは、山が二つあるということ。
二つの山とは、すなわちーーー、妻と彼女。
二人の女性への愛の谷間で、彼は今、苦しくもがき、溺れているのだ。
そして、ここでも、彼女との関係は「儚い夢」とし、
将来のないことを示している。
つまり、彼に離婚の意思は、全くない。
しかし、「溺れたい」と、
この恋によって、社会的に死んでも構わないという気持ちも持っているようだ。
かなり危険な事をしているという認識はあるらしい。
♪マリン ルージュで愛されて
♪大黒埠頭で虹を見て
♪シーガーディアンで酔わされて
この部分では二人がいる場所を特定することができる。
横浜港を一望できるデートスポット山下公園だ。
観光船マリン ルージュが発着する桟橋があり、
「シーガーディアン」(ホテル・ニューグランド)、「ブルー ライト バー」(スターホテル横浜)も、すぐそばだ。
大黒埠頭は、山下公園から港を眺めて、正面に見える。
大黒埠頭についての解説は
横浜・鎌倉・逗子・葉山に詳しい“極楽寺坂”さまより・・・(ありがとうございます!)
【大黒埠頭】
バブル絶頂期の1989年、横浜に開通して、美しい姿が話題を集めたベイブリッジ。
そのベイブリッジは、横浜港の入口をまたぐ形で、本牧埠頭と大黒埠頭を結んでいます。
大黒埠頭側にはサービスエリアが設置され、夜にはライトアップされたベイブリッジを一望できる絶好の景観が話題になり、単なるサービスエリアが、
一気にトレンディなスポットのトップに踊り出ました。
いまでも週末の夜には、肩を寄せ合う若いカップルでいっぱいです。
なんて素敵なのでしょう・・・・!
ムードで酔っちゃうデートになりそう。
二人はマリン ルージュのランチクルーズに乗ったのだろうか。
「愛されて」とあるが、マリン ルージュに個室の客室はない。
「虹を見て」いるということは、にわか雨が降った。
二人は“濡れた”のだろう。
(※実は、ベイブリッジをレインボーブリッジと桑田さんが取り違えて
「虹」と歌詞にした、と桑田さんご本人が告白しています。 2013.3.4加筆)
クルーズではベイブリッジを通り、大黒埠頭を一周する。
そこで、二人はとても美しい幸せな幻を見たのだ。
下船した後、一流ホテルのバーでカクテルを傾ける。
この日のデートは、きっと彼にできる最高のプラン。
愛しい彼女のために練った、
彼が思い描く理想のデート。
そして、それは、家族とは決して行かないだろうコース。
旅先ならともかく、近場の横浜で観光船に乗ることは、まず、しないし、
妻とホテルのバーで高いカクテルを飲むなんて不経済なことは、できない。
第一、妻や家族と来ても、こんなドキドキした高揚感を感じられるわけはないのだ。
♪まだ離れたくない
♪早く去(い)かなくちゃ 夜明けと共に
♪この首筋に夢の跡
♪だから愛の谷間で溺れたい
楽しければ、楽しいほど、別れの時刻がつらくなる。
気だるい余韻が、まだ体に残っているのに、迫ってくる時間にせかされる。
安穏とした平凡でつまらない帰るべき場所が彼を待つ。
夢の時を過ごしたシンデレラが城から家へと帰る気分だろう。
最後に、もう一度、この恋が「夢」であるとし、
「愛の谷間」で「溺れ」苦しんでいることを繰り返している。
彼は必ず家に帰るし、離婚の意思も全くない。
対して、彼女はどうなのだろう?
「嗚呼 お互いに気づいてる」と、彼は勝手に彼女もわかってくれていると解釈している。
果たして、そうだろうか?
彼が既婚だという事は最初からわかっていることだし、
離婚がそう簡単なことではないことも知っている。
秘密の関係と承知の上。
…だけど、付き合いが深くなるに連れ、独占したい気持ちが高まるのが普通ではないか。
「ただの遊びではない。本当に愛している。」
本気で囁いてくれる言葉を信じることはできても、
足を踏み入れられない高い壁の存在が常にあるのは、事実。
愛されるほど、哀しさも増すつらい恋。
この曲のプロモーションビデオの中でも、「彼女」は、ほとんど笑顔を見せない。
刹那な幸せ感はあるが、求めても求めても満たされない様子で辛そうだ。
『LOVE AFFAIR〜秘密のデート〜』は
美しいメロディーで不倫の恋のトキメキをリアルに歌い上げ、
同時に、男の身勝手ささえも正直に心情を明かし、より幅広い聴衆に共感を誘う。
そして、その実、不倫に対して辛辣な視点を持つ姿勢で書かれた作品なのだ。
・2004年に書いた記事を再掲。
・私のブログ「夢で逢えたら…」に同じ記事があります。たくさんの方からご自身の体験談を含むコメントを頂き、コメント欄も読み応えあり!です。