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りすさんのチョコケーキ

りすさんは森のケーキ屋さん。
苺のショートケーキ、ミルフィーユ、モンブラン…

今日も朝から、せっせとケーキを焼きます。

 

お店で一番人気のケーキは何と言っても、ベリーのチョコケーキ。

10年前に、りすさんが毎日毎日考えて考えてレシピを完成させた自慢のケーキです。

以来、評判を聞いたお客さんが次々に訪れ、ベリーのチョコケーキはりすさんのお店の看板商品となりました。

今では、お店に来るお客さんの半分は、このベリーのチョコケーキを買って行くほどです。

 

りすさんのベリーのチョコケーキのレシピを特別に少しお教えしましょう。

スポンジケーキと生クリーム、ブルーベリーのジャムを段々に重ねたケーキの土台に

トロリとろけたツヤツヤのチョコレートをかけます。

そうして、ケーキの上にブルーベリーやラズベリーなど、朝、りすさんが森で集めてきたばかりの新鮮なベリーを飾ります。

最後に、チョコでできたかわいいリスを飾って完成です。

どうです?美味しそうでしょう!

 

ちなみに、このチョコのリスはりすさんの古くからの友人ふくろうさんがデザインし、チョコ型を作ってくれたもの。

レシピを一生懸命、考えているりすさんへふくろうさんが

「オリジナルケーキが完成したら、このリスのチョコを飾ってね。」と、りすさんをモデルにしたチョコ型を作ってプレゼントしてくれたのでした。

 

りすさんはチョコが大好き。

いろんなお店のチョコケーキを食べて歩くのが楽しみです。

朝からの仕事を終え、お散歩のついでに今日は、森の北側にあるキツネさんのお店でガトーショコラを食べました。

 

「うん、少しほろ苦くて大人の味。」

 

添えられた生クリームと一緒に食べると苦味はまろやかになり、コーヒーとよく合います。

 

「どうだい?」

 

自慢げに笑うキツネくんに、りすさんは大きくうなづきました。

 

「うん!おいしいよ。キツネくんのガトーショコラは絶品さ。」

 

ふと見ると、林の向こうに小さくケーキ屋さんの看板があるのに、りすさんは気づきました。

 

「あれ?あんなところにもお店があるんだね。今まで気付かなかったよ。」

「ああ、前からあるみたいだけど、行ったことがないな。」

「それなら、ぼくが行って、どんなお店か見て来るよ。

おいしいチョコケーキがあるといいなぁ。」

「りすくん、君まだ食べるのかい?」

「もちろんさ!ぼくはチョコが大好きなんだ。」

 

りすさんは、わくわくしながら森の奥へと歩いて行きました。

小高い丘を越えると、うさぎのケーキ屋さんがありました。

 

「チョコケーキをください。」

 

テーブルにつき、注文して待つ間、りすさんはどんなケーキがくるだろうと楽しみで一人、ニコニコしていました。

ところが、うさぎさんがお皿に乗せて運んできたチョコケーキを見てビックリしてしまいました。

だって、それはりすさんのお店のベリーのチョコケーキとそっくりだったのです。

 

りすさんは、まんまるのおめめを大きく見開いてお皿の上のチョコケーキを見詰めました。

 

「これ、今朝、ぼくが作ってお店へ置いてきたケーキだ。」

 

土台のケーキ部分はそのまま、ブルーベリーも今朝、りすさんが摘んできたものです。

ラズベリーは取り除かれ、その穴を埋めるようにクルミが4つほど乗せられていました。

そして、ケーキの上に飾られているチョコの人形は、リスの耳の上に長細くチョコが足され、ウサギになっていました。

リスの大きなしっぽは折られ、ちっちゃなウサギのしっぽのようになっています。

 

「ウサギのクルミチョコケーキです。どうぞ。」

 

紅茶をカップへ注いで、うさぎさんがにっこりと微笑んで言いました。

りすさんはかすれた小さな声で、たずねました。

 

「このチョコの人形は、どうしたんですか?」

「こういうチョコの飾りがあるんですよ。」

 

どこにあったんですか?そう聞こうとして、ウサギさんの目をジッと見詰めて、りすさんはハッと気づきました。

 

「ぼくは森のケーキ屋です。あなたは4回ほどお店に来て、ぼくのケーキを買ってくれたうさぎさんですよね。」

「違いますよ。初めてお会いしますけど。」

 

うさぎさんが大きく頭を振ると、白くて長いお耳がピョコピョコと揺れました。

 

「このケーキ、ぼくのお店のケーキと…少し似てると思うのですが…」

 

おずおずと小さな声でりすさんが言うと、うさぎさんは眉を寄せて

 

「何のことか、さっぱりわかりませんわ。何をおっしゃってるのかしら。
もうすぐケーキが焼き上がりますの。忙しいので失礼しますね。」

 

早口で言って、クルリと背を向けてしまいましたので、

お店にいた他のお客さんたちが、「おや、何事だろう?」とザワザワし始めました。

すると、うさぎさんはパッとみんなの方へ向き直り、大きな声ではっきりと言いました。

 

「私のケーキがお口に合わなかったなら謝ります。
だけど、お店に並べているケーキは、どれも私自身が心を込めて一つ一つ焼いたものです。」

 

そして、お店の奥の扉をパタンと閉めて、うさぎさんは行ってしまいました。

驚いてしまって何も言えずにいるりすさんを、他のお客さんたちが不審そうに見ます。

そのうち、くまさんが立ち上がって、りすさんへ向かって歩いて来ました。

 

「全く何て失礼なりすだ!こんな嫌なりすは見たことがない。
うさぎさんが焼いたケーキを自分のもののように言うなんて、厚かましいにも程がある。
おれたちは、うさぎさんがどんなに優しくて立派なひとか、ようく知っているんだ。
おれたちはみんな、うさぎさんの味方だぜ。おれたちを怒らせると、怖いよ。」

 

ガルルと低く吠えて見せ、くまさんはフフンと笑いました。

他のみんなも、「そうだ!そうだ!」と口々に声を上げます。

 

「うさぎさんが人のものを横取りしたりするわけがないんだ。
うさぎさんが、いつも僕たちにどれだけ優しいか。うさぎさんは心がとっても温かい人だよ。
ヘンな言いがかりをつけてくる君とは大違いさ。」

「本当に何て下品なりすかしら。」

 

りすさんは、お皿の上のチョコケーキをもう一度よく見直しました。

それでも、目の前のケーキは今朝、自分が作ったものに間違いありません。

だって、りすさんは作った本人なのですもの。見れば、わかります。

そうして、もう一人、真実を知っている人がいます。

扉の向こうで、うさぎさんはどんな気持ちで、みんなの声を聴いているでしょう。

みんながうさぎさんを信じ、かばえばかばうほど、うさぎさんは大切なお客さんを裏切った罪悪感に震えているのではないでしょうか。

みんなが口々に放つりすさんへの非難は、そのままうさぎさんを鞭打つ言葉となっているはずです。

このままでは、うさぎさんは扉を開けてお店へ戻って来られないかもしれない…りすさんは、そのことを心配していました。

 

「とにかく一度、ぼくのベリーのチョコケーキを食べてみてください。
そうしたら、ぼくの言っていることが、すぐにわかりますから。」

 

りすさんが言い終わらないうちに、くまさんが大声で吠えました。

 

「お前のケーキなど俺は絶対、食べないぞ!」

「私も、とても食べる気になんてなれないわ。」

「ぼくは、そのりすさんのお店のチョコケーキを食べたことがあるよ。なんだか似てるな、と思ったよ。」

 

窓際のテーブルに座っていたたぬきくんがボソッとつぶやきました。

 

「うさぎさんのケーキもおいしいけど、りすさんのチョコケーキも同じくらいおいしかったよ。」

 

元は同じケーキなのだから、それはそうだろうと思いながらも、りすさんはたぬきくんの言葉に少しホッとしました。

しかし、その瞬間、店にいたみんなにジロリと睨まれていることに気付いたたぬきくんは慌てて手を振りました。

 

「でもさ!だけど、人格がね、優しいうさぎさんと、この失礼なりすさんとでは雲泥の差さ。
こんなりすさんの店のケーキなんて、もう二度と食べたいと思わないよ。」

 

がっくりとうなだれ、りすさんはテーブルの上の、ウサギの形に変えられたチョコが飾られたケーキを眺めました。

夜遅くまでかかって何度も作り直し、苦労して完成させたりすさんの自慢のケーキです。

友人のふくろうさんがリスのチョコ型をプレゼントしてくれた時の嬉しかった気持ちは、昨日のことのようにはっきりと思い出すことができます。

りすさんは勇気を出して、もう一度みんなに話しかけました。

 

「このチョコの型は友だちのふくろうさんがぼくのために作ってくれたものなんだ。
だから、世界に一つしかないんだよ。
ぼくのお店に来てくれたら、それも見てもらうことができます。
どうぞ!ぼくの店に来てください。」

 

りすさんは一生懸命に訴えましたが、みんなの冷たい視線が変わることはありませんでした。

 

「君の友人の話なんて、どうでもいいんだよ!チョコなんて、どこにでもありふれているじゃないか。」

「君がうさぎさんのケーキを真似て作ったんじゃないか?そうだろう?」

「なるほど…ははぁ~ん!」 

 

くまさんが、りすさんの目の前にやってきてグッと睨んでから、ニヤニヤと笑いました。

 

「おまえは宣伝をしに来たんだな!いくら宣伝しても誰もおまえの店になんか行かないさ。
帰ってくれよ。」

 

何がなんだかわからないまま、りすさんは店を追い出されてしまいました。

それでも腹立ちの収まらないみんなは、りすさんの悪口を書いた張り紙を、うさぎさんの店の窓に何枚も貼りました。

そうしていると、店の奥の扉が開き、うさぎさんがケーキを持ってやって来ました。

みんなはうさぎさんの周りに集まり、わっと囲みました。

 

「安心してくれ!あの失礼なりすは俺たちが追い返してやったよ。」

 

くまさんが胸を張って誇らしげに言います。

うさぎさんは赤い瞳を潤ませて

 

「本当にビックリして怖くて震えていたの。
でも、みんなが私のことを信じてくれたから心強かったわ。とっても嬉しかった。
みんな、ありがとう。ケーキが焼けたわ。
嫌なことは早く忘れて、みんなでお茶にいたしましょう。」

 

そう言うと、テーブルにケーキを置き、みんなに切り分けてふるまいました。

そのケーキは、キツネさんのお店のガトーショコラにそっくりでした。上にクルミがいくつか飾られている以外は。

でも、誰もそんなことに気が付きません。

 

「やっぱり、うさぎさんのケーキが一番おいしいよ!」

 

いつも通りの、うさぎさんの楽しいお茶会が始まりました。

 

トボトボと歩いて帰ってきたりすさんはお店の壁に張り紙があるのに気づきました。

「ひきょうもの」「ひきょうもの」

 

悪口の書かれた張り紙を見て、「う~ん」とうなっていると、キツネさんがやって来ました。

 

「おやおや、これはどうしたことだい。よかったら話してくれ。」

 

キツネさんに促され、りすさんはさっきの出来事を話しました。

 

「なるほど。ケーキを盗まれ、勝手に改造された挙句に悪口を言われまくったってわけだね。」

「ケーキを盗られたのはぼくなのに、ぼくが悪いことになっているんだ。ヘンな話だろう?」

 

二人は小さく苦笑しました。

 

「チョコ型が証拠としてあるって言っても、まるでお構いなしさ。
本当はどうなのかなんて、あの人たちは全く興味ないんだ。」

「それはそうだろうさ。その人たちは、今まで信じてきた“素晴らしいうさぎさん”を失いたくない一心で必死だっただろうからね。
うさぎさんだって、正体がばれたら大変だ。一度ついてしまった嘘はつき通すしかないのさ。」

「それって、なんだか悲しいね。」

 

りすさんは頬杖をついて考え込みました。

 

「友達が間違ったことをしていたら、だめだよって注意してあげるのが本当の友達なんじゃないの?」

 

りすくんが真面目な顔でキツネさんを見上げて言うので、思わずキツネさんは笑ってしまいました。

 

「あはは。りすくんは本当に純粋だなぁ。
ごめん、ごめん、ばかになんてしていないよ。ぼくは君のそういうところが好きなんだ。」

 

笑い終えて、少し考えてキツネさんが言いました。

 

「まあ、確かにこれは笑いごとで済ませられない話だよな。
どうする?おまわりさんのサルくんのところへ行くかい?行くならぼくも付き合うよ。」

「いや、それはいいよ。」

 

りすさんは静かに首を振りました。

 

「君が圧倒的に有利なのに?もったいないな。
それなら、ぼくがうさぎさんの所へ行って話をつけて来ようか?」

「いいってば。ありがとう。」

 

細い目をもっと細くし、右手でとがったあごをさすりながらニヤリと笑って自信ありげに言うキツネさんに、りすさんは慌ててブンブン首を振りました。

交渉事に関してとても冷徹なキツネさんです。本気を出されては、うさぎさんのお店がどうなってしまうか、わかったものではありません。

 

「全く、君はあまいなあ。
ケーキを盗られて、悪口まで言われて、かばうことはないじゃないか。」

 

「でもね。」

 

りすさんは言いました。

 

「あのうさぎさんは、前にぼくのお店に来てくれたひとだと思うんだ。」

「違うって言われたんだろう?」

「うん。でも、ぼくはあのうさぎさんだと思っているよ。
チョコケーキを4回も買ってくれた。初めて来た時、むすこさんのお祝いだって言っていたのを覚えているもの。
チョコ好きに悪い人はいないよ。」

 

りすさんがにっこり笑って見せると、キツネさんは両手を高く上げて「あ~あ」と伸びをしました。

 

「あまい!りすくんはチョコよりあまいね!」

「いいさ。
だって誰に何を言われても、ぼくは真実を知っているからね。」

 

りすくんは、座っていた切り株からピョンと跳ねて立ち上がると、大きなしっぽをクルクルと回しました。

 

「ぼくだって知ってるさ。ベリーのチョコケーキはりすくんの努力の結晶だ。
ふくろうさんだって知ってる。」

 

キツネさんも立ち上がり、太いふさふさのしっぽを揺すりました。

すると、二人の頭の上から声が聞こえました。

 

「私も知ってるよ。」

 

見上げると、おひさまが柔らかな日差しを降り注ぎながら、にっこり笑っていました。

 

「森のケーキ屋さんのベリーのチョコケーキは、もう10年も前からいろんな人が食べているからね。
みんな、舌で、目で覚えているさ。
りすくんは堂々とケーキを焼き続ければいい。じっくり食べ比べて、見比べてみれば簡単にわかることさ。
りすくん、君はお店に来てくれるお客さんを信じているだろう?
その信頼に応えるケーキを真正直に焼き続ければいい。」

 

陽を浴びてキラキラ光る黒い瞳を輝かせて、りすくんは大きくうなずきました。

 

「はい!」

 

キツネさんが、りすくんのお店を指さして言いました。

 

「ごらん。あんなにお客さんが来ている。
みんな、君のベリーのチョコケーキを待っているよ。」

「本当だ!」 

 

お客さんの行列を見て、りすくんはおめめをまんまるにしました。



「こうはしていられない。急いでケーキを焼かなくちゃ!」

 

卵を割り、シャカシャカとリズミカルに泡立て、ふわふわのメレンゲを作り、

それに粉を混ぜてオーブンで焼くと、あまい香りがキッチンに漂い始めます。

チョコをとかすと、もっともっとあまい香りでいっぱいになります。

 

「あまいあまいりすのケーキ屋さん。
ぼくはチョコ好きのケーキ屋さん。」

 

鼻歌を歌いながら、りすくんはチョコケーキの上にかわいいリスのチョコ人形をのせ

「うん!」とうなづき、にっこり微笑みました。

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