人生をコントロールなんかできない※ふたたび
「わたしたちは生まれてくるを決めてきた自覚はないわよね。そして死ぬことを決めることもできないわよね。なのに自分の人生をコントロールできると思っているのよね。」
あれ…このセリフ10日前くらいにも全く同じこと言われたぞ。
この「すべての出来事はただ起こっているだけ。わたしたちがコントロールできるものではない。」という考え方はしばしわたしの混乱を招く。
混乱しているということはすなわち、自分でコントロールできると思っているからなんだろう。
10日前に冒頭のセリフと同じことを言った人はこう言った。
「あなたが考えていることすら自分でコントロールしているわけではない」と。
えっ、いや私が考えているんですけど…と思う。
けれど、この人が言うには、考えすら起こっていることなのだと。
なぜなら「私」という存在はいないからである、というのが理由らしい。
うーん。このあたりの話は何度も聞いて、知ってはいる。
けれど、自分に実感があるかとなると???ハテナ3つである。
「自分が考えているに決まっているでしょー!」としか思えない。
ただ「すべてのことは、ただ起こっているだけ」という考えは救われるのである。
わたしがこの年まで独身なのも、ただ起こっているだけ。
わたしが収入少ないのも、ただ起こっているだけ。
わたしが飲みすぎて二日酔いするのも、ただ起こっているだけ。
えっ?
わたしのせいじゃないのかーーーーーーー!!!
ただ起こっているだけなのかーーーーー!!!
本当に?オマエのせいだろ?って人は思うに違いないと思っている。(というかそれがこの世での定説である)
現に私が独身なのも収入少ないのも二日酔いになるのも自分が悪いと思っている。
それが一般的な考え方だし、自分のせいじゃないと思うのは無責任な生き方じゃないかと思う。
でも、「あなたがコントロールしたことじゃない」とその人は言う。
それを聞くと、やっぱりホッとする。
つまり、どこまでも自分を責めて生きてきたかということだ。
わたしが悪いんだ、だからこんな現実なんだ。と。
この考え方、
出来事はすべて起こっているだけ
を採用すると、相手や自分を責める理由がなくなる。
たとえ犯罪をおかしても、
人を騙したり、傷つけたり、殺めたりしても、
それはただ起こっているだけなのだから。
そんなはずねぇだろう、と通常の人間の思考は思うだろう。
極めて危険な考え方だ。
でも、それを採用してみてもいいかもしれない。
一切、人を責められなくなるのなら。
それは世界に優しい考え方なのかもしれない。
※「じゃぁ、この場合はどうなの?」と疑問もたくさん湧いてくる深堀したい題材ですが、今日はここまで。
※一度消えてしまった記事を書き直しました。なので※ふたたび、です。