お客さんを好きになってしまった話⑤
「お待たせ」
「…誰か分からんかった」
この日は珍しく彼の方が早く待ち合わせ場所に着いていた。
私はいつもと違ってかなりカジュアルな服装で来た。
これから始まる話し合いが楽しいだけで終わる訳がないと思っていたから、せめて身体だけでもゆったりと自分に優しい服に包まれていたかったのだ。
「行こうか」
いつものホテルに入る前に神社に立ち寄った。
彼は神社が好きで彼と会うようになってから私もよく神社に行くようになった。
この日お参りしながら私は、ただただこの人
のそばにいられますように…と願った。
ちなみに余談だが、彼に出会う前の私は神社に行くと毎回必ず50円玉をお賽銭に入れて
(太客が欲しいです…!!お願いします!!!他には何も要らないです!!!!)
と、お願いしていた(笑)
このお願いある意味叶ってるので50円玉入れ続けた効果あると思います(笑)
ホテルの部屋に入って早速
「嫌な話題から片付けようか…」
と、彼が切り出した。
「じゃあ聞くけど、本当にそんな大金出して後悔しない?」
と、私は問いかけた。
「それはぶっちゃけいつかするのかもしれない、俺は年収1億円の社長とかではないからさ…」
「……大丈夫?」
「でも出すよ、これしか一緒に居られる方法がもう無いし。好きな気持ちはどうしようも無い。かといってもう我慢は無理。でも口だけで辞めろっていうのは違うと思うし、これが俺の精一杯」
「……分かった。本当に本気でその金額を出してくれるなら今すぐ辞めてもいい。ただ、今頂いてる姫予約の分だけは待って欲しいのが私のお願い」
「…………じゃあその時間俺が他の子に入るのは?」
(は?いきなりこいつ何言うてんの??)
と、私の中で脳内ツッコミが始まった。
「なんで?入りたいって事?」
「ううん、入りたくはない」
「じゃあなんで?それなんか意味あるん?」
「意味はある、そうすれば俺の嫌な気持ち解ってくれると思って」
痛い所を突かれた。
「優はお客さんを大切にしてるから、辞めるってちゃんと挨拶したいんやろ?でもそれも俺は想像したら耐えられない。そういう精神的な繋がりがある人と、そういう行為をすると思うと。だから俺がその時間他の子に入ったら、優も同じ気持ちになるんじゃないかなって」
「仕事は作業だから…」
「ただの作業でこんなに長い間ずっとランキングに入るほどのリピーターなんて着くわけないやろ。心も使ってるやろうし、精神的な繋がりもあるはず、だから嫌やねん」
これはもう何を言ってもダメだ。観念した。
「…………分かった、すぐに辞めるね」
「…ごめん…」
消え入りそうな声で言いながら私の膝に抱きついてきた。
「こちらこそ、嫌な思いさせてごめんね」
これは本心からそう思って口に出た謝罪だった。
お店でお客さんとして出会ったんだから、解ってくれるよね、という驕りがあったし、甘えていたからなんでも聞かれるがままに答えてしまっていた自分の責任だ。
「映画観よう、優と観たい映画あって」
「何?」
「これ」
【存在のない子供たち】
「あ、これ知ってる!私も観たかった!」
「良かった、一緒に観よう。少し仕事しながらでもいい?」
「いいよ」
この映画は中東のスラムで暮らす戸籍の無い12歳の少年が両親を自分を産んだ罪で訴える、というストーリーで、私も親に対して産まないで欲しかったという気持ちをずっと抱えているので、気になっていたのだ。
でも付き合いたての恋人同士で観る類の映画では無いだろう。
案の定彼は途中で眠いと言い出し、ベッドへ。
私もその横へ行くと、当然セックスが始まった。
その日のセックスは色んな気持ちが入り交じって、余計に感じてしまい、涙が溢れた。
彼はいつも全てを注ぎ込む様な勢いで私を抱く。
こんなに全力で全身全霊をかけるような勢いで私を抱く男は今までいなかった。
どうしてこんなに好きになってしまったんだろう、不思議だね。
この腕に抱かれると全てどうでもよくなってしまう。
長年お世話になったお店もお客様も、私は明日になったら一方的に捨てるんだ、と思ったら少し胸が痛んだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
実際にはもっとたくさんのやり取りがあるんですが、かなり省略しました。
翌朝彼からの入金を確認して、お店には電話で辞める旨を伝えました。
案外引き止められる事もなく、あっさりと辞められて少し拍子抜けもしたり。
(身内にバレてと言い訳した)
長年応援し続けて下さったお客様には本当に申し訳ない事をしたと思います。
HPのパネルが消されてから続々と届くLINEを見て、やっぱり胸は痛みました。
面白かったのが、よく来てくれていた方ほど
(辞めたんだ、幸せになってね)
みたいにあっさりとしているのに対して
あんまり来てなかった様な客ほど
(なんで辞めたの!?来週行こうと思ってたのに~!)やら
(辞めても逢いたい!LINEしたい!)
みたいなのが沢山来たこと。
いやいや、アンタもう一年以上来てへんし、LINEも普段してきた事ないやんけ!とツッコミたい気持ちを抑えてブロ削作業。
これ、一体何なんですかね?
普段は別にそこまで気に留めていない女でも
辞めて二度とヤレないかも、と思うと惜しくなるみたいな心理なんでしょうか?
彼と初めて会ったのが3月。
最初はなんとも思ってないただのお客さんだったのに、いつの間にか好きになってしまって、半年余りでここまで人生が激変する事になるとは。
お互いストレスで胃潰瘍になるほど思い悩み、それでも一緒に居る選択を取って、この先お互いに後悔する様な出来事もあるかもしれません。
それはそれできっと人生の肥やしになるだろうと、変なところでポジティブなのが私。
絶対に死なない死にたがりに書いたように、
私の人生は全部喜劇で茶番劇にしてやるって、決めたから。
ここまでお読み頂きありがとうございました。