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「ぼくの年金」 にゃんこ
母さん、僕のあの年金、どうしたんでしょうね
ほら、母さんが定年退職した時、
工夫をすれば
現役時代と同じ暮らしができるって
喜んでいたあの年金ですよ。
母さん、あれはいい年金でしたよ。
母さんはやっと病院に行くようになって
僕はあのとき、ずいぶんほっとした。
母さんは質素でも穏やかな毎日を暮らして、
あの頃の日本には
「老後」とか「晩年」という言葉がありましたね。
いま、竹中平蔵とこの国は、
僕に80歳まで働け
年金はそれからでいいでしょうと
仰りやがります。
母さん、
僕の年金、ほんとにどうなったんでしょう?
僕には「老後」はありません。
俺たちに老後はない。
日本人に老後はない。
#映画 「人間の証明」
「ぼくの帽子」 西条八十
母さん、僕のあの帽子、どうしたんでせうね?
ええ、夏、碓氷から霧積へゆくみちで、
谷底へ落としたあの麦わら帽子ですよ。
母さん、あれは好きな帽子でしたよ、
僕はあのときずいぶんくやしかった、
だけど、いきなり風が吹いてきたもんだから。
母さん、あのとき、向こうから若い薬売りが来ましたっけね、
紺の脚絆に手甲をした。
そして拾はうとして、ずいぶん骨折ってくれましたっけね。
けれど、とうとう駄目だった、
なにしろ深い谷で、それに草が
背たけぐらい伸びていたんですもの。
母さん、ほんとにあの帽子どうなったでせう?
そのとき傍らに咲いていた車百合の花は
もうとうに枯れちゃったでせうね、そして、
秋には、灰色の霧があの丘をこめ、
あの帽子の下で毎晩きりぎりすが啼いたかも知れませんよ。
母さん、そして、きっと今頃は、今夜あたりは、
あの谷間に、静かに雪がつもっているでせう、
昔、つやつや光った、あの伊太利麦の帽子と、
その裏に僕が書いた
Y.S という頭文字を
埋めるように、静かに、寂しく。