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ローズの思い出
ローズとストロベリー・スウィッチブレイドとサンドウィッチの思い出
やあ 元気?
急なんだけど
次の休み、予定ある?
京都で
ストロベリー・スウィッチブレイドのローズのライブがあるんだけど
ちょっと彼女の相手してくれない?
ほら、今回はローズひとりだからさ、
たいくつするんだよ
楽屋で一緒に居てくれるだけでいいから
「私が英語喋れないの、知ってるよねっ」
私は噛みつく。
だいじょうぶ、だいじょうぶ、
隣にいて、にこにこ笑ってるだけでいいから
「私がそういうキャラじゃないってこと、知ってるよねっ」
私は噛みつきたいのを抑えて
了承した。
ストロベリー・スウィッチブレイドは大好きだ。
レコードは全部持ってる、国内で買えるものは。
その日、京都は雨だった。
今出川駅近くの
同志社大学の学生が企画したローズのライブ
会場は同志社キャンパス内のコンサートホール
ローズは気さくでやさしそう、チャーミングな女性だった。
私は後悔している。
いまだって、私は英語が喋れない。
けれどなぜあの時、もっと努力しなかったのだろう
メモを取るとか、お互いに文字を書き合うとか、、
もちろんその日、英和辞典は持参したが
まるで役に立たなかった。
仕事はしんどくて、へとへと
土日はひたすら眠るだけ
疲労続きで、やっとのお休み。
その日の思い出はほとんどない。吹っ飛んでる
楽屋で彼女がとにかく話しかけてくれた
私は懸命に、にこにこうなずく、
意味はわからない。
ああ、まったくわからない、、
彼女がメークする間はその姿をずっとながめていた。
だから私は
彼女の髪型がどう出来上がるのかを知っている。
私も長い髪だったので
そのノウハウはその後、大変役に立った。
華やかなボリューム感
音合わせで、楽屋から会場に移動。
ぼんやりとスタッフの群れの近くで
舞台を眺めていた。
どうですかね、この音、、
うん?
なんだ、なんだ?
若いスタッフがこっちを見ている。
これは
私に対して、
スタッフが、
この音はどうですか?
もっとどうしたらいいと思いますか?
と訊ねているのか?
1秒が1分に思えた
1分が1時間に思えた
私は怯えた猫のように、ふうふう毛を逆立てて
あとずさりした。
神様、私を助けてください
私をいますぐ
消してください
私は何も知らないよ
ストロベリー・スウィッチブレイドの
レコードを全部聴いていたって
音響のことはわからないよ
その金属の機械の
どこをどう押して
いま、この音が出ているのか
そのたくさんのボタンやファスナーみたいなのを
ひねったりねじったりしたら
どう音が変わるのか、
今日のローズにふさわしい音が
どっちかだなんてわからないよ
そのとき、私に長嶋茂雄が降りてきた
「うーん、どうでしょうねえ、
こっちの音の方がうーん、
どうなんでしょうねえ、少し違いますねえ、、」
青年たちはうなずいて、「こっちでいこうか、、」
私の寿命がこの時、縮んだのは間違いない。
私は心の中で涙を流し続けた
もう嫌だ、来なければよかった
私はダメだ
私はダメな子だ、
私なんかが、ここに来ては行けなかったんだ。
ライブの内容は覚えていない。
どうやってローズとお別れしたのか、
あいさつをしたかも、その後の記憶は真っ白だ。
ただあの日、
楽屋に用意されていたサンドイッチ。
カットフルーツとデザートと共に
何皿も配膳されていたサンドイッチだけが
記憶に残っている。
誰もいない時、こそっと頬張った。
朝から何も食べていなかった。
あまりのおいしさに
二切れ三切れ、我を忘れて夢中で食べた。
そのサンドイッチは私が食べたこともない
4枚の薄い薄い食パンに3層の具材が挟まれている、
初めての贅沢なものだった。
茹で卵サラダ(粗みじんでミモザの花のようなのと、
しっとりペースト状のとの2種類)に、ハムと胡瓜、
レタスに、トマトに、スライスチーズに、、、
あの日から30年以上経つが、
あれよりおいしいサンドイッチに
まだ出会ったことがない。
あの青春の終わりの、とある1日の
ほろ苦い思い出。
ちんけでちびのさえない私に
にっこり微笑んでくれた、
私のばかを諦めたか、独り言のように
いろんなことを喋りながら、
うふふと私に笑いかけた、
ローズの心の温かさ。
いまも、どこかで
ストロベリー・スウィッチブレイドの音を
耳にするたび、
彼女の笑顔と
あのサンドイッチの味を思い出す。