奨学金を辞退した話をしたらドン引きされて人間不信になるの巻
「私が異常者みたいに見えるのは全部あいつらのせいだろーが!
私は本当に困っているのに、苦情を言ったら私が悪口ばっか言う嫌な奴みたいになって、おかしいだろ!!全部あいつらのせいだ!!」
と泣き叫びながら高校の恩師に向かって文庫本を何冊も投げつける夢を見たのでこのテキストを書くことにしました。
2年以上昔の話だけど、未だに意識に上ってきて、他者とのコミュニケーションを辛くさせている要因の一つなので、書いて整理して供養します。
成仏しろよ、トラウマ。
まだ私が大学院生だった頃の話。
大学院博士課程に入ると、ストレートに行っても入学時24歳、卒業時27歳となる。この年齢で無収入の学生なのはかわいそすぎるので、博士向けの返還不要の奨学金が結構ある。
ただし、誰でも奨学金をもらえる訳ではなく、申請書を書いて審査に合格する必要がある。申請書には「自分はこんな研究をしている。自分はこんなにすごい。だからお金ください」みたいな内容を書く。
奨学金をもらえた=自分(の研究)が価値あるものと認められた
ということでもあり、箔がつく。
履歴書にも書け、就活や大学のポスト探しにもプラスになる。
だから、博士課程の学生はほぼ全員奨学金の申請をする。
その中でも学○と呼ばれるものが、最も有名で権威があり、博士課程の学生はほぼ全員これの申請をする。通ると月20万円の生活費と年間百万円前後の研究費がもらえる。このお金は国の機関に「雇用」され「給与」として与えられるので、学生でありながら国の研究員をしたという「職歴」も同時に付いてくる。
お金と名誉が同時に手に入る訳だ。
だから皆凄いエネルギーを投入して申請書を書く。
当時博士課程の学生だった私はこの奨学金、
一回目(3年間貰える)→進学が未定だったので不提出
二回目(2年間貰える)→出したけど落ちた
三回目(1年間貰える)→ラストチャンス
という状況だった。
不採用だった前回の申請書を読み直して、落ちた理由を考えたが、一番の理由は単純に研究内容がショボいということと思われた。どうしようもない。
でも、申請書は通したかった。就活のために、履歴書に書ける「業績」がどうしても欲しかった。
ならば・・・・・・言葉巧みにショボい研究を素晴らしいものに見せかけるしかない。
大学院の授業で、「学術論文は、事実を正しく伝える為にある。巧みな文章で読者を感動させる為にあるのではない」と習った。
しかし真面目にやって泣きを見るのもバカらしい。審査員も人間だ。自分が敏腕弁護士になったつもりで、審査員が感動して高評価したくなるような文章を書いてやる。
そうとくれば、「感動」はエンタメの領分だ。
私は推理小説が好きなのだが、文芸サークルの先輩がこんなことを言っていた。
「面白いロジックとは何か?それは、手がかりと結論が大きく離れているロジックだ」
この意見には私も同感だ。
例えば、『九マイルは遠すぎる』という名作がある。
この作品では、「9マイルもの道を歩くのは容易じゃない。まして雨の中となるとなおさらだ(A nine mile walk is no joke, especially in the rain)」と言う一言から、とある事件の真相を推理する。
「九マイルは遠すぎる」という手がかりと「ある事件」という結論は大きく離れており、まさにこの「面白いロジック」の形をしている。
さて、申請書だが、この頃私はヒトが持っている『ある疾患に関係する酵素(A)』の研究を指導教員から仰せつかっていた。しかしこれが全然上手くいかず、しゃあなしで「ヒトが持っている『ある疾患に関係する酵素』に似ている、細菌が持っている酵素(B)」の研究をやっていた。
うん??「ヒトが持っている『ある疾患に関係する酵素』に似ている、細菌が持っている酵素」は、結局『ある疾患』に関係するの??
って思うじゃないですか。
関係しません。
じゃあ何の意味があるの?
意味ありません何の役にも立ちません。役に立つ酵素の研究は研究室のお金と技術の蓄積が足りなくて上手くいかなかったんです。
要は、A(役に立つけど難しい)を諦めてB(簡単だが役に立たない)をやっているという状況だった。
ショボい研究内容・・・。こんなんで奨学金通る訳ないじゃん。
これをなんとか立派に見せる為に、私は
「AとBは似ている。だから、Bの研究をするとAを知る手がかりになる可能性がある。だから、Bの研究には価値がある」
というように書いた。
「可能性」だけなら確かに存在するし、Bの研究に価値があるというのは主観なので、嘘は言っていない。しかもこれは、細菌の研究B(手がかり)によってヒトの疾患(遠い結論)が分かるという、エンタメ的「面白いロジック」の形をしていた。
さらに、「申請書は自分を売るもの。この研究は自分にしかできない事をアピールするんや」という友人からのアドバイスを参考に、「これは優秀な私にしかできない研究なんです」というエッセンスを振りかけた。
文字は何ポイントでフォントは何が良い、所々太字にして見やすく、図を入れてキャッチーに・・・・・・これはみんなやっている。申請書はこうした小手先の技術大会だ。
こうして完成させた申請書を提出して、結果を待っている間・・・・・・。
海外のグループからAの機能を解明したという論文が出た。
先を越された・・・っていうか、こちらは上手くいかなくて停滞していたのだから越されたもなにもない。
しかも、この論文によってAとBはそんなに似ていないこと、つまり、私のおもしろロジックが机上の空論であったことが証明されてしまった。
もし申請書が通ってしまったら報告書をどうしたらいいんだ…。
まあ、学〇は狭き門だし、どうせ通らないだろ…。
そう思いつつ、数か月後、結果の通知を確認すると、通っていた…。
天使の声)こんなの詐欺だよ。良くないよ。
悪魔の声)ぅおっしゃーやったぞ!審査員を私の文章で丸め込んでゴミみたいな研究の申請書通したったーw難易度鬼のステージクリアしたみたいな達成感。履歴書に書ける業績ゲット!いえ~い
少し悩んで、奨学金を辞退することに決めた。
元々奨学金など無い前提で進学した訳だし、今更奨学金が無いから食べて行けないという訳でもなかった。あと、天使と悪魔は一瞬で和解した。
天使の声)文章で研究を盛るなんて科学じゃない。国の研究費は真に価値のある研究に使われるべき。仮説が成立しないと分かったら潔く辞退するのが誠実でしょ。
悪魔の声)結局指導教員のOKが出た実験しかさせてもらえないの。私が研究費もらったところで私の自由な研究ができる訳じゃないのよ。私の手柄でクソ指導教員の懐を潤わせてやるのは本当にムカツク。
てゆーか、肩書きが国の研究員になる前に就活始まるから履歴書は「学○特別研究員内定」って書けりゃいいので、私ノーダメだわ。辞退したろ。
😈 和🤝解 👼
と言うわけで、指導教員に話を付けに行った。
こんな暗い顔で合格の報告をする奴も珍しい。
私「あのう、学○通ったんですけど・・・」
教「ほんと!おめでとう!(笑顔)」
私「それで、あのう、辞退したいんですけど・・・」
教「え・・・・・・何で?(鬼の形相)」
私「かくかくしかじか」
教「研究が予定通り行かないなんてよくある事だよ。報告書は計画と全く同じじゃ無くてもいいんだよ」
私「でも・・・」
教「奨学金は研究に対してだけじゃ無くて申請者の素質が見込まれたから通ったんだよ。自分に自信が無いから辞退するの?そんな事無いよ自信持ちなよ」
私「そういう訳じゃ・・・」
教「申請書は僕以外の先生にも添削してもらったでしょ?その先生方の時間も頂いたんだから、僕の一存じゃ辞めていいよとは言えないよ」
私「わかりました」
申請書を添削してくださった別の二人の先生に事情を話したところ、「もったいない」と引き留めつつも、辞退する事を認めてくれた。
指導教員が辞退を認めてくれないのは、ラボに研究費が入ってくるのに加え、学生が学○の奨学金に通れば、それを指導した教員にも箔が付くからで、私が辞退すると指導教員にも損失が生じるからだった。実際は最初からゼロだったものがゼロになるだけなのだけれど・・・。
Round 2
私「他の先生に謝ったらいいよと言って頂けました」
教「引き留められなかった?」
私「もったいないとは言われましたけど・・・」
教「でしょ?もったいないよ」
・・・そして押し問答・・・・・・。
教「辞退するメリットないじゃん。普通そんな理由で辞退しないよ。僕は納得できないな」
・・・小一時間後・・・・・・。
私「(この人を説得するの無理だ・・・)分かりました。辞めるの止めます」
教「はーい(笑顔)」
とは言いつつ・・・・・・。
辞めるの止めるって言ったけどやっぱ嫌ぁーー。辞めてぇぇーー。
声のでかい奴の意見ばかり通る社会ぃぃー嫌ぁぁー。
と家に帰ってのたうち回った。
でも辞めるの止めるって言っちゃったしなぁ・・・。
とりあえず、辞める具体的な手順だけでも総務係に教えて貰おうと、辞退届を印刷&書けるところだけ記入して窓口に持って行った。
私「あのう、ワケあって奨学金を辞退したいんですけど、これどうしたらいいんでしょう?」
事務員「分かりました。受理しますね」
私「!?」
あの指導教員との長~い押し問答は何だったんだと思うくらいあっさり受け付けられ、しばらくしてエラい人の判子が押された辞退届が帰ってきた。
これを指導教員の元に持って行くと、めちゃくちゃ嫌な顔をしつつも辞退届けに判子を押してくれた。
権威に弱いんだなぁ、この人。
ともあれ、こんな感じでなんとか辞退することができた。
わはは勝った!さよなら200万!
で、ここからが本題。
この辞退するしない問答は、実際は数ヶ月単位でモメており、この間に
とにかく恋愛から逃げたい①逃げたい理由|通学路徒歩子
↑に登場するポスドク(大学で働く、教授のタマゴ)さんとなぜか二人で喫茶店に行くことになり、そこで奨学金を辞退したいが指導教員とモメている事を相談した。
私「学○辞退したいと思ってるんです・・・」
ポ「え!なんで!?」
私「かくかくしかじか」
私「でも、指導教員が辞退するのを許してくれなくて・・・」
ポ「そうか・・・。もったいない気はするけど、徒歩子さんが決めた事だったら仕方がないね😌」
私「ポスドクさん・・・🥹」
ポスドクさんはこう言ってくれ、大学寄りの人にはじめて肯定してもらえてほっとした。
周囲の学生や親に相談しても、「え?その奨学金ってそんなにスゴいの?」みたいな、内部事情を分かっていない人の回答しか得られなかったので・・・。
ポスドクさん、付き合うとかは無理だけど、こういう数少ない理解者には末永く仲良くして頂きたいものです🥹
と思った。
数ヶ月後。
学務のファインプレーにより辞退が完了したので、
「ポスドクさん、奨学金辞退できました!」
とラインでご報告をした。
ポスドクさんからの返信、
「え?早くないですか?笑」
は????
私「どういうことですか??」
ポ「それ提出するの来年でしょ?」
は???????
マジで意味分からないんだけど、分かる部分だけ説明する。
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私は2年間コースの奨学金に、博士課程2年の時に採用された。
だから3年で卒業して企業に就職する場合は、卒業時に辞退届けを出さなければならない。
ポスドク氏の言っている「それ出すの来年でしょ?」とはそういう意味だ。
いや、ポスドク継続するか就職するかで悩んでたわけじゃないよ??
辞退したい理由をイチから全部話して相談したんですけど、あの日数十分はその話したと思うんですけど、あの時間何だったの??
記憶喪失なのこの人???
あまつさえ
ポ「ええーー!本当に辞退したんですか!?ホント、徒歩子さんって変わった人ですよね🤣」
と送られてきた。
🤣じゃねーよ。
私の行動は理解し難い異常行動であると、そう言いたいんですか?
普通に泣いた。
私がエキセントリックだって事は自分でも分かっている。
変な奴扱いされるのには慣れているので今更傷つかない。
下手な気遣いされるくらいならネタにしてくれた方がやりやすい。
でも、本心では理解者を求めているので、一旦理解を示してくれたと思ってからの「え、キミ変だよね(真顔)」
はきつすぎる!
傷つかないように武装して生きてるのに、懐に入られ内部の柔らかい所を刃物で切りつけられた。殺傷能力高すぎ。
そしてつくづく大学という所が嫌になった。(以下偏見を多分に含む)
大学で評価されるのは「業績」だ。
研究費を得るためにも「業績」。ポストを得るためにも「業績」。出世するためにも「業績」が要る。
大学の先生になるのは、このシステムに何の疑問も抱かないか、このシステムを許容できる人だ。だから容易に業績至上主義に陥る。常に「業績」を出すために苦心しているので、学○という「業績」を簡単に手放そうとしている人間が異常者に見えるのだろう。「申請書に書いた論理に破綻が見つかったから」という極めてまっとうと思われる辞退理由が、彼らにしたら「そんな些細なこと」になってしまう。
あー、ひょっとして本当に私がおかしいのかも。
大学に縁のない方にも、私の行動を「プライドのために200万を捨てた」と言い換えたら分かりやすいと思う。ねえ、私、頭おかしい?(メンヘラ)
あのポスドクさんにはこれ以外にも何刺しかされている。
ある日「それはひどいですね!(指導教員の)愚痴を聞きますよ!膿出ししてください!」と言ってきたくせに、別の日に「さすが徒歩子さん、先生のご指導がいいからですね!(真顔)」と言われて、お前、どっちの味方なんだ・・・ってなったり。
(ちなみに「愚痴をきいてあ げ る」みたいなこと言ってくる人は大抵こちらの問題を「話したらスッキリするだろ」程度に過小評価しているので、不用意に悩みを打ち明けると、トラウマの追体験をさせられた上に「吐き出したんだからもうスッキリしたよね?機嫌直ったよね?」という圧力をかけられて余計苦しくなる。それが本当に誰かに話したい悩みなのか、まだ自分の中に留めておきたい悩みなのかよく考えた方がいい・・・。)
この人に言われて一番傷ついた言葉は「退学届け出すの来年でしょ?」だけど、二番目に傷ついたのは「自信持ってください」だった。
私は自分の方が指導教員より面白い研究ができると驕り高ぶるトガったバカだったので、大学での正式な研究ではない、個人的自由研究(?)をQiita(プログラマーのためのnoteみたいなやつ)で公開したり、それを学会でPC片手に、聞いてくれそうな人に語ったりしていた。
当然ポスドクさんにも「自由研究」熱弁をかましていて、彼は結構興味を持ってくれてるようだと感じていた。
しかし、ある学会にて、ポスドクさんは私の正式な研究発表(私がつまんねぇと言ってる方)をやたら褒めてきた。
「いや、下らないですよ、こんな研究」という私に、
「いやいや、立派な研究です。自信持ってくださいよ!」
と言われ、かなりショックを受けた。
私は自分の研究(自由研究)にめちゃくちゃ自信を持っているが故に、指導教員に言われて仕方なくやっている研究を下らないと言っていたのだ。むしろ私は自信過剰で、アドバイスするなら「もっと謙虚になって、先生(の研究)を立てなさい」というべきだ。完全に真逆。
この時、ポスドク氏との決定的な認識のずれを感じた。
初対面の人に言われるなら分かる。しかしポスドクさんとは知り合って3年くらい、結構な時間、議論と会話をした上でのこのずれ。
言葉を尽くして語り合ったと思っていたのに、私の事を理解して受け入れてくれた訳じゃなくて、ただ調子のいい相づちを打っていただけだったというショック。
それを見抜けなかったのは、私に人を見る目がないからだ。
だから、きっと今後も相手が良い人だと勘違いして、弱みを晒して嫌な思いをするだろう。
人間不信・・・。
「私の研究なんて大したことないですよ」は、普通は謙遜で、「自信持ってください」は、それに対するよくある返答だ。普通は傷つかない。
普通、普通、普通!!
私が普通じゃないからいけないのか?!
この世界では普通じゃない奴を攻撃するのは合法だが(多様性を論理的に全肯定する【数理生物学】通学路徒歩子)、普通じゃない奴は傷つかないって訳じゃないんだよ!
攻撃されたくなければ「普通」にしていろ、批判されると分かりきっている事をするな、と言う人がいる。
でも、普通=典型的というだけであり、そこに本質的な価値はない。批判を恐れる臆病者がなぜか偉そうにしているだけだ。
奨学金辞退は信念を持ってした選択だし、誰に何と言われようとも間違っていなかったと思っている。
ただ、その結論に至るまでの経緯が特殊で個人的過ぎて、他人には結果しか見えない。だから私は異常者にしか見えない。
こうしてメンヘラ陰キャはどんどん陰気になっていったのでした。
おわり。
P. S.
ポスドクさんを記憶喪失のヤバイ人みたいに書いてしまったが、彼は日本のトップの大学院を出れるくらい頭良いし、普段は記憶力めっちゃ良い。
研究の事しか考えてないから、それ以外のための脳神経が死滅したのかなぁ??ポスドクさんはハードにブラックに働いているので、冗談じゃなく真実味がある。この間、同期、私、ポスドクさんの三人で飲んだ時、彼は22時頃に「これから実験するんで帰りますね」って大学に帰って行った。大学人はこういう人結構多くて、こういう働き方ができないと研究者になれないのか・・・と思ってありし日の私は絶望した(実際はそんなことない!)。
このテキスト、知り合いに読まれたら一瞬で特定されるので、本当怖い。
身バレしませんように。しませんように・・・。