愚か者の金
私が小学2年生の頃の話である。
ある日の午後、一つ年上の兄が興奮状態で家に帰ってきて、私に向かい「わし、すごい金持ちになったかもしれん」と言った。
「どしたん?」と聞くと、山で金の塊を拾ったと言う。驚いて覗き込むと、兄の手のひらには金色に輝くゴツゴツとした4センチ程の塊があった。
私はびっくりした。何処で手に入れたのか問いただすと、家から20分程離れた山の中腹にある、崖崩れの跡から友人達と一緒に見つけたという。
私は速攻で駆け出した。兄の「もうないと思うで」という声を背中で聞きながら‥。
山に着いた。崖崩れの跡からは色んな石が散乱している。私はその一つ一つを丁寧に見て回った。
一つでも手に入ると大金持ちだ。一生働かなくてもいいかもしれない。
ない、砂と黒い石ばっかりじゃないか‥。あんな目立つ金色の石などひとかけらもない。
私は肩を落として帰った。
廃人のような私の様子を見て、兄は悟ったのか「まあ、これが売れたらお前にも分けてやらん事はないで」とニヤニヤしながら言った。私は本当は悔しかったが、黄金を前にすると人はひれ伏すしかないのだ。
まあいい。お金持ちになったら、薄いカルピスともおさらばだ。
夕方、父が仕事から帰ってきた。兄は意気揚々と自分が金の塊を拾った事を報告し、父に見せている。父は首を傾げた。
「金はこんな色じゃないけどね‥」
父は百科事典で調べ始めた。余談だが、この百科事典、この時とあと数回しか使わなかった‥。
こんな物買うから焼肉が豚肉になるんじゃ〜😞
百科事典で調べると、この金色の塊は「黄鉄鉱」だと分かった。ぶっちゃけ鉄鉱石である。
この黄鉄鉱は、古来から金と間違える人が多かったせいで、「愚か者の金」と呼ばれているそうである。
そう、正に兄も私もその愚か者である。
兄は頭を抱えている。私もがっかりしたが、先程までの兄の天狗っぷりを考えると少し痛快ではあった
次の日学校では、兄が金の塊を見つけたとクラス中の噂になっていたらしい。皆にあれは金じゃなかったと説明して回った兄の気持ちを考えると少々気の毒ではある。
大人になって聞いた話だが、兄はゴールドドリームを諦められなくて、近所の川に1人砂金取りにまで行ったそうである。もちろん何も見つからなかったのは言うまでもない。