自己承認欲求とか認知機能とか
ずーと考えていたことですが、夜中に思いついたのでまずはメモ程度で
私自身、自己肯定感は低い人間です。常に自分が問題があるのではと考えてしまします。成功は他人、失敗は自分と考えるのが常です。
昨晩、もちろん寝ている時なんですが、夢の中で何かが閃いて脳が目覚めました。目は開きません。鳩時計はちょうど2時の音が聞こえました。なんとか形にしたいと思っても、もちろん眠いので起きられません。と、考えながら朝にとりあえずメモを取ることまで成功しました。
自己承認欲求とは、相手から自分を認知されていると感じることではないかと思います。相手が自分を認知しているかどうかは、相手の反応でフィードバックされます。それを自分が感じて、初めて認知されていると実感できると思います。
ただ、承認欲求をしっかりと感じられるのは乳児期や幼少期の体験が大きいのでは?と思った次第です。
小さな頃は、自分はいるだけで認知されていると感じるのは家族なことがほとんどです。他者(兄弟や親族)がいる場合は、自分だけでなく、いろいろな人がいるので、自分はいつでも認知されているわけではないです。ですから自分が発信したことに対し、反応があると認知されていると感じるのではないかと思います。
発信することが少なくても認知されている(親が過干渉とか?)と思えば、発信しなくても認知されていると勘違いし、何もしなくても相手は自分の事をわかってくれているというような勘違いが起こりやすいのではないかと思います。(自分はいるのに、なんでわかってくれないの?・・とか)
常に発信しなければならないと感じると、自己承認欲求は強くなる。
お店などに行っても無言で買い物をする人たちは、「自分が客としているんだから、当たり前」の感じになる。「発信しなくてもわかっているだろ?と無言の承認欲求を行う)もちろん、相手は明かりにくいので店員と客の齟齬が起こりやすい。
逆に、自分から発信できる人たちは相手の反応も得られやすく小さい承認欲求をしっかりと満たしており、買い物等もスムーズになる。
立場が逆でも同じ。これが掛け算になるとクレームになりやすい。
これが世間の中で無意識に行われており、円滑な人は仕事ができる人とか、社会の中でも必要とされやすい人。ただ、社会のルールもあり、守れている人は無意識のうちに承認欲求を解消していることもある。
むしろ逆の人の方が多いかも。
また、芸能人やインフルエンサーと呼ばれる人たちが、自己承認欲求の低い人とは言えず、「匂わせ」等の炎上につながる。
ってことを夢の中で感じました。
私は、自己承認欲求はとても低いです。
なぜなら、幼少期の体験が「自分の意見や言動は、他人に気づかれにくい」と感じているからです。
でも、思っているより他人は自分を見ているんですよね。
内容の無い文章でしたが、感じたまま思ったままを表現してみました。
もちろん、校正はされることもないですし、事実や世間とずれていることもあると思うので、これを読んで何かを感じても攻撃等は勘弁願います。
今回も読んでくださった方がいらっしゃいましたら、感謝いたします。