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自分を育て直す旅11日目

忙しくも美しい日々だ

友達と迎えに1時間車走らせて、行ったことない場所をドライブして、美味しいご飯食べて、島唄ライブを見て、アニソンDJイベントでノリノリになりながら飲み物作るバイトして


明日は更に離島出張が決まりました。

「あした○島行く?」
「行くー!」

二つ返事ですらない勢いで音響アシスタントが決まった。
この1週間で3回目である

居場所と仕事を与えてくれている、この人には感謝しなきゃいけない。


いや…あの…結婚式の司会やってくれた人なんですけどね。飲み屋のマスターと音響と何でも屋さんをやってる人で

島に来た時にお店に行って
「なんで今回そんな長期できてるの?まさか…」
「いや あの そのまさかなんですけど」

と、結婚式にも沢山関わってくれた(司会どころか音響まで全部やってもらった)手前、大変申し訳なくなりながらも
この人には話しておかないとなあ…と思って、別居と離婚切り出された件を全部話したら

「そうだね、今は近くにいるだけでお互い良くない状態だね。ここに来て良かったよ」

って受け入れてくれてありがたいのなんの


その次には

「ところで明後日空いてる?音響の仕事しない?」

って言ってくれたもんだから

「します」

って二つ返事したよね
単純に人手が欲しかっただけなんだと思うし
私が大学時代に音響関係のゼミいたことなんて知らなかったみたいだけど

翌々日には昔取った杵柄フル活用して働くことができたよね。


10年以上前、大学では音響とレコーディングを勉強していて
仕事にしたいと思ったけど

自分よりできる人たちがいて、やる気が失せたっていう、自分の根性のなさと

自分の耳が良くないことと

この人たちのためにやっていこうって思ってた、スタッフやってたバンドが突然解散したことで


向いてないしやめよー


と思って、残りの大学生活2年(しかも留年した)を過ごしていたことを思い出した。
(しかも正社員で就職できなかった)
(就職氷河期でって言い訳してる)


それでもなんとか、音楽には関わっていたし、絵描きと呼ばれたのもこの頃


そこからもずっと、誰かのため誰かのため
思えば自分のためにって、思って何かをしているのは人生初めてな気がする。

本当にこれが自分のためなのかも自信がない。
30年誰かのためをやってきてるから、わからない。


それでも毎日、なんだかんだで仕事があって
居心地のいい場所を掃除したり、アニソン聞いて踊り狂ったり、友達が増えたり

自分が選んでやってることだし
恩に報わなければという気持ちは自発的なものだし
仕事がたとえ与えられなくても、手伝いさせて〜って私は言ってただろうし。


居場所を作っていくこと
いまここに私を助けてくれて、突然いっても仕事があって、って

これができたのも、私が今まで、この場所やこの人との関係性を作ってこれたからだと思う。
これは私の功績だし、私の成果だし。

私が望んだこと、私が選んだこと
私が好きで作ってきた現実
私が作った縁だと


強く思いたい。



島に来るまえ、GRAPEVINEのツアーに行った。
Another Skyの再現ライブ。

好きな曲が多すぎて、実はこのツアーも2回目。


どの曲だか忘れたけど、照明がとても印象的で、絶対にこれは描こう…と思っていたものを描いた。描けた。

最近でやりたかったこと、昔からできるようになりたかったこと、昔からやりたかったことが

今できている。

お金まで貰えている。
今まで経験したことは、私の人生は無駄じゃなかった。


ここにいれば全部活かせる。
大学の時やってた音響やレコーディングももっとやれると思う。仕事があるから、教えてもらいながら学びながら挑める。

東京で本業にしてる国家資格も、島では取れないから年中どこでも募集してるから、それもできる。

絵も描ける。音楽が、美しい景色があるから。


でも今ひとつ、ここに住むことを決められないのはなぜだろうか?

夫とはもう離婚するつもりでいる。
でも東京で今所属しているところでもう少し働きたい。


一年や二年ここでやっていくことはありなのかもしれない。でもその先は?わからない。

恩人もずいぶん年上なので、この場所はずっとあるわけじゃない。 
恩人がいなくても、ここで音響やレコーディングをやれるのか。本業しながら。

島の愛おしくも狭いコミュニティの中でずっと居られるのか。


自分で決めなきゃいけない、ひとりで決めなきゃいけない。

人生どう生きるか
強くいられるように決めなきゃいけない。



…東京戻ってからでもいいか。
希望は置いておこうと思う、とりあえず。

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