「視野を広げる」ための4つのアプローチ
「具体的知識」のレベルを上げるためには、視野を広げることと解像度を上げることの両方が必要となります。
今回は、視野の広げ方について、お話ししたいと思います。
全体を見ているのか、部分を見ているのか
具体的知識の初歩段階(レベル0~1)では、自分が見ているものが、全体なのか、部分なのか正しく認識できないことがあります。正確に言うと、全体なのか、部分なのかを意識しておらず、見えているものから自動的に判断しているという感じです。
そのような状況で、常に正しい判断ができるわけがありません。
まず、重要なのは、自分が見ているものは、対象物の全体なのか、部分なのかということを意識することです。このステップを入れるだけで大きく変わります。
「部分である」という認識であれば、「他にどんな部分があるのか」、となるのが自然です。もっと対象物を観察しようとするでしょう。見ている場所を変えてみたり、ズームアウトしてみたりするはずです。
見えているものが、全体だと思い込んでしまうことは危険です。見えていない部分もあるかもしれないと再考することが大切なのです。
実際には目に見えない「問題」に対しても同様です。
問題の一部だけを見ているのに、それを全体だと思い込んでいたら、最適な解決策を取ることは困難です。全体最適のための解決策を考えなければいけないときに、部分最適な解決策しか出せていない理由の多くは、問題の全体像が見えていないことに起因します。
「今、見えている問題は本当に全体なのか?」と常に懐疑的な姿勢でいることが大切なのです。
この意識付けは、レベル1からレベル2、レベル2からレベル3のように「具体的知識」のレベルを上げていく際にも応用できます。レベル0、レベル1の人は、まずは対象物の全体を把握することを目標にしますが、レベル2以上の人は、対象物の全体だけではなく、その背景、文脈、そして、その対象物を含むシステム(系)自体へと視野を広げていくのです。この場合、「全体」や「部分」の意味合いが変わってきていることに注意して下さい。「具体的知識」レベル4の人にとっての「全体」は対象物を指すのではなく、その対象物が属するシステム(系)全体を指します。
後述する「背景、前提も含める」はこれに当たります。
視野拡大の4つのアプローチ
ズームイン/ズームアウトを使い分ける
「全体か、部分か」ということを意識するようになると、「全体」を見るための工夫をするようになります。これは物理的に見えるものであっても、見えないものであっても同じです。
全体を見るために最もシンプルな方法は、ズームアウトしてみることです。
今、観察している場所よりも離れた場所、高い場所から、対象を見てみる。物理的に見えないことに対しては、当事者、担当者の視点ではなく、より高い視点から見てみる、考えてみることです。視点をより高いところにすると、問題の全貌が見えてくることがあります。現場担当者の視点から、その上司、部長、経営者の視点にシフトしてみるのです。問題だと考えているものだけではなく、その問題を含むこと・ものを対象にしてみるのです。
ズームアウトして観察した結果を記録します。具体的には、新たに見えてきた要素は何で、消えてしまった要素は何かをメモしてみるのです。
一方で、部分の詳細を観察したいときは、ズームインしてみます。物理的に見えるものの時は、より近い距離で見てみる、時には拡大鏡のような道具を使って観察してみます。目に見えないものの場合は対象について詳細に調べていきます。その道の専門家の意見を聞いてみることも良いでしょう。
また、ズームイン、ズームアウトすることによって要素間のつながりの見え方も変化してきます。近くで見ると、対象の構成要素(部品)間の接続の仕方やはたらきが見えます。少し離れると、部品の集合体(ユニット)としてどういう機能があり、ユニット間で相互にどう作用しているのかが見えてきます。さらに離れると、対象物自体がトータルとしてどのような機能を持ち、どのように動くのかが見えてきます。
さらに、その結果、観察者にとっても、重要度や意味合いが変化することがあります。これも記録します。
普通に見ていると重要に思えていたものが、ズームアウトしてみると些細な問題だとわかることがあります。逆に、ズームインしている時には気に留めてなかった要素が、ズームアウトしてみると重要な意味を持つとわかることもあります。
ズームインしている状態で明らかだと思っていた因果関係が、ズームアウトしてみると、実は別の要因が介在していたとわかることもあります。
ズームアウトしてみた後に、再びズームインしてみることも重要です。全体を見た後に見る詳細な情報は、それまでとは異なった意味を持つことがあります。
ズームイン・ズームアウトを意図を持って使い分けることは大切ですし、見えてくるものの変化を記録することは多くの学びがあります。
立ち位置を変える
距離を変えるのと同様に、立ち位置を変えて見てみる、考えてみることからも大きな示唆を得られます。立ち位置を変えるとは、つまり、視点を変えるということです。
ある一面からの観察だけでは、対象の全体を把握することが難しいことは明白です。
真上から見るのか、それとも横から見るのか、下から見るのか、ということもあれば、見る側の立場を変えるという意味もあります。エンジニアの視点で見るのか、営業の視点で見るのか、顧客の視点で見るのか、競合会社の経営者の視点で見るのか、規制当局の視点で見るのかによって、捉え方も大きく変わってきます。立場の違いによって視野の広さが大きく変わってくるのです。
毎年、私の講義の冒頭で学生に伝えることがあります。それは「意見の違いから学ぶ姿勢」についてです。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の学生のプロフィールは様々です。大学を卒業して大学院に入学してきた20代前半の若者から社会人歴50年の超ベテランまでいらっしゃいます。職種も様々です。そんな多様性に満ちた環境だからこそ、立ち位置の違いによる見解の相違が生まれやすいのです。自分の意見と明らかに違った意見に出会った時、否定的に反応したり、不愉快に感じたり、時には拒否反応を示す人もいます。しかし、それはとてももったいないことです。
明らかに違う意見が出ている時の多くは、自分とは全く違う視点を持った人がいる時です。
それは言わば、普通に暮らしていてはなかなか得られない視点を得るチャンスだということです。
なぜ、そういった意見が出てきたのか、自分の立場、価値観と何が違うのかを考えることによって、それまでなかった視点で考えることができるのです。自分に欠けていた視点を得るチャンスなのですから、異なる意見、特に違和感を感じるような意見と出会った時には、積極的に「なぜ、こんなに自分と異なる意見が出たのだろうか?」を考えてみてください。きっと新たな視点が得られると思います。
時間軸を変えてみる
現在の状況は過去からの連続的な変化の結果です。そして、現在の行動は将来に影響を及ぼします。また、同じ事象であっても、それが起こるタイミングによって意味合いが大きく変わってきます。
時間軸を意識して、観察してみることも大切です。
観察自体はいま、行っているものです。そこで得られた示唆を「3年前だったらどのように感じられるだろうか?」「3年前だったらどのような影響を及ぼしただろうか?」とか「3年後だったらこれはどのように受け取られるだろうか?」などと考えてみるのです。
私はSFが大好きで、特にSFショートショートの偉人である星新一先生の作品に深い愛着を持っています。中学生の頃は、その読みやすさとストーリー展開の面白さに惹かれ、むさぼるように読んでいました。最近、数十年ぶりに作品に触れる機会があったのですが、当時の数倍もの衝撃を感じました。未来を予見しているような作品が山程あるのです。
星先生は大正の終わりの生まれで、多くの作品が1950年代から70年代に書かれています。1950年代というのは、コンピュータの黎明期。人工知能という言葉こそあったかもしれませんが、現在のような使われ方をするなんて想像すらされなかった時代のはずです。ところが、星先生はそれを示唆するような作品を数多く残しています。
また、インターネットの普及やユビキタス社会の到来を示唆するような話もあります。
それらの技術が実現されている今だからこそ、数十年前に既に小説にしている星先生の凄さをより強烈に感じたのです。これも時間的な視野拡大の一つの例と言えます。
背景、前提も含める
同じ対象物であっても、その背景によって全く異なるメッセージになることがあります。
今から6600万年前の白亜紀まで栄えていた恐竜。その中でも最も有名な巨大肉食恐竜であるT-REX(ティラノサウルス)のリアルな画像が白亜紀の風景を背景に描かれていたら、恐竜図鑑の1ページだと思うでしょう。
しかし、現代の東京の風景を背景に描かれていたらどうでしょう?恐らく、多くの人がパニック映画と思ったり、人を驚かせるためのフェイクニュースだと思うでしょう。全く同じT-REXの画像であっても、全く異なるメッセージになるわけです。
対象物だけではなく、その時代背景、社会背景、技術的な前提なども含めて見てみる、考えてみることは重要です。仮に全く同じ対象であっても、時代背景、社会背景、技術的な前提などが異なることで、異なる意味合いを持つことがあるのです。
具体的知識の初歩的なレベルを卒業するのがレベル2です。レベル2は対象物の全体をしっかり把握できるレベルです。解像度の点でも視野の点でも問題ないレベルです。
レベル2からレベル3に上がるためには、この「背景、前提も含める」ことが条件になります。
対象に対して、直接影響を与えうる背景、前提まで視野が広がることが求められるのです。
参考
#1 なぜ、あの人との会話は噛み合わないのか?
#2 会話の「噛み合わなさ」の正体
#3 「同じミス」を繰り返す人は、「同じミス」だと思っていない
#4 質問にきちんと答えられない人
#5 思考にも「利き手」がある
#6 「茶色い毛玉」か、「うちのミースケ」か?~「具体的知識」のレベル
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