「抽象化能力」のレベル
私は本質思考を探求する中で、「抽象化能力」と「具体的知識」の2軸と自己認識(メタ認知)の度合いから、様々なコミュニケーション、対人関係の問題を説明できることに気づきました。
今回は「抽象化能力」についてお話ししたいと思います。
抽象化能力=パターン認識力✕適用判断力✕抽象化調整力
抽象化能力は、パターン認識力、適用判断力、抽象化調整力の3つによって成り立っていると私は考えています。
パターン認識力とは、複数の経験から共通項を見出す能力です。
適用判断力とは、識別されたパターンを適用する条件について判断する能力です。
抽象化調整力とは、状況に応じて臨機応変に抽象度を調整したり、抽象から具体、具体から抽象の移行ができる能力です。
この3つの力がどのくらい身についているかによって、抽象化能力のレベルに差が生じます。
抽象化能力のレベル
レベル0:低次元
「抽象化能力」がほぼ無い状態。全ての経験は常に唯一無二のものであり、そこで得られた知見を他に適用できる形にすることが難しい。
確かに全ての経験は厳密に言えば唯一無二です。全く同じ行動であっても、それを行うタイミングが異なったり、関わっている人が異なったりすれば、その経験は唯一無二だと言うことができます。
とは言え、その経験から得られた知見を他に全く適用ができないかというと別の話です。このレベルの人は、抽象化の軸というものを全く意識しないため、様々な差異の方が気になり、パターン認識できません。
このレベルの人は、「似たような失敗を繰り返す」特徴があります。本人にとっては「似たような失敗」だと思っていないからです。また、会話の目的を意識せずに、耳に入ってきた自分が興味を持つ単語に反応するのも、このレベルの人の特徴です。
料理を例にしてみます。料理においては、パターン認識力とは、料理の基本原則を理解する力です。
また、適用判断力とは、状況に応じた調理法の選択をする力です。抽象化調整力とは、目的に応じた料理の設計と言えると思います。
レベル0の人はきちんとした料理をすることは困難のように思います。
この人にとっては料理の基本原理・原則という発想がありません。目の前の食材を本能に任せて口に入れるというイメージでしょうか。料理ではなく、食事です。
この人にとっては、毎回の食事は全て異なる状況であり、全て異なる食材で、そこで得られた経験が他に活かせるものではないですし、そういったことを意識することもありません。
大人で抽象化能力レベル0の人は稀です。
一方で、小さな子供はこのレベルのことが多いように思います。
レベル1:パターン認識
このレベルの人は、複数の具体例から代表的な共通点、相違点を見出すことができます。その結果、代表的なパターンについては認識できるようになっています。
また、そのパターンを類似のことに適用できるという認識はあります。
ただし、その適用条件についての意識は低く、識別されたパターンを常に適用しようとする傾向があります。
また、極端な抽象化をするのもこのレベルの特徴です。全ての人を善人と悪人に二分したり、様々な意見を極端な二つの意見に分類したりすることがあります。
抽象化の軸という観点でも、抽象度の判断という観点でも、抽象化調整力はかなり低いと言えます。
料理を例にとると、このレベルの人は料理の基本原理・原則の理解はしていませんが、「レシピ本に従えば良い」というパターンは理解しています。常にレシピ通りの作り方をしようとします。ただ、「弱火」と「中火」の違いがわからなかったり、「塩少々」の少々の解釈を誤って、塩を入れすぎたり、少なすぎたりということが度々起こり、結果としてレシピ通りの出来上がりになることは滅多にありません。
一度、うまくできた料理の方法を頑なに繰り返す傾向もあります。
食材の状況を見て、調理法を調整することはできません。硬い肉だから少し長めに煮込もうとか、ちょっと古いからしっかり火を通そうとか、そういう調整はなく、レシピ本通りの時間で調理しようとします。
料理の目的の意識も薄く、「レシピ通りに作る」ということが目的化していることが多いです。本来ならば「レシピ通りに作る」というのは何かの目的を満たすための手段の一つに過ぎないはずなのですが……。
最終的に作った料理に対しても「美味しい」か「不味い」という二極化された評価になりがちです。
レベル2:概念形成
複数の具体例から、様々なパターンを見出すことができます。それらのパターンに基づいて自分なりの基本的な概念を形成できるようになっています。
また、抽象化調整力も進化しており、概ね、適切な軸、適切な抽象度を判断できるようになっています。
抽象化能力としては、中レベルと言えるでしょう。本人も抽象化能力に自信を持ち始めていることが多く、周りからも抽象的な話が得意な人だと思われています。抽象的な話をしている自分が好きな人が多いようです。
ただし、自身が見出した概念の適用条件については誤ることがあります。周りからも認められており、自信も持っているために、過去の成功事例を強引に適用し、大失敗してしまうことがあるのも、この抽象化能力のレベルの特徴です。
料理を例にとると、このレベルの人は、料理の基本原理・原則を理解できており、過去の経験も抽象化して自分のノウハウ化されています。レシピ本で書かれている内容と、自身が理解している料理の基本原理・原則を照らし合わせて考えることもできます。
「栄養」、「見た目」、「味」などの複数の視点も持っています。
料理の目的に応じて、調理方法を調整できることもありますが、常にできるわけではありません。
また、用意された食材の状況や調理環境を考慮に入れずに、過去に成功した調理法や食材の選択にこだわり過ぎてしまうことがあります。
レベル3:一般化・法則化
形成された概念の適用条件を正しく識別できるレベルです。レベル2との最も大きな違いが適用判断力です。過去にうまくいったからといって、それに固執せず、その都度、適切に判断ができます。
また、対象とそれに関わる構成要素の関係性を抽象化できます。
レベル2までは、専ら、対象にフォーカスしていましたが、レベル3になると対象に影響を与える構成要素との関係性も抽象化できます。
このレベルの抽象化能力があるがゆえに、具体的知識の視野も、対象だけではなく、影響を与える構成要素、文脈、背景まで広げられると言えます。抽象化能力と具体的知識は相互補完関係にあります。
ただし、このレベルが最高の抽象化能力ではありません。このレベルではまだ対象そのものが思考の中心であり、その対象が含まれるシステム全体については意識が及んでいません。
料理を例にとると、このレベルの人は相当な料理上手と言えます。旨味の相乗効果(イノシン酸とグルタミン酸の比率)や食材の特性を考えた調理方法(繊維の方向、タンパク質の硬化温度など)も理解しています。それらの原理・原則を様々な食材に適用することもできるようになっています。
一つ一つの料理を作るという観点では十分です。
適用判断力についても個々の料理を作るという意味では十分です。食材の状況を鑑みて調理法の調整もできますし、家族の好みに合わせた味付けもできます。
調理器具や調理時間、予算に応じた対応もできます。
抽象化調整力についても個々の料理を作るという意味では十分です。朝ごはんなので手早く作れるものを考えたり、お弁当なので冷めても美味しいものを考えたり、子供向きなので食べやすい大きさにしたりと工夫できます。
レベル3ともなると個々の料理についてはしっかり考えられていますが、まだ究極のレベルではありません。さらに高いレベルが存在するのです。
レベル4:システムモデル化
システムレベルのパターン認識力とは、「個々の事象を単独で見るのではなく、それらがどのように関連し、影響しあい、時間とともに変化していくかを全体として捉える力」と言うことができます。それができるレベルです。
システム内の構成要素間の関係を抽象化できるレベルとも言えます。フィードバックループなど世のしくみを理解し、モデル化ができるため、直接の原因と結果だけではなく、間接的な影響も見通せます。また、一時的な変化だけではなく、連鎖的な変化も予測できるようになります。
レベル3では見いだせなかった複雑な問題における根本原因も識別できるようになります。
レベル3と同様にこのレベルの抽象化能力を持つためには、具体的知識もレベル4に到達している必要があります。視野がシステム全体に広がり、その構成要素の一つ一つを理解し、構成要素間のつながりが見えてはじめて、システム内の構成要素間の関係を抽象化できるのです。
このレベルに到達すると、全く異なる領域の経験であっても、そこから得られた知見を適用できるようになります。1つの経験、学びが複数の領域に適用できるようになり、学習効率も飛躍的に高まりますし、経験のない領域のことであっても比較的短い時間で習得ができるようになっている可能性が高いです。
このレベルが究極に進化した形だと、ある経験を抽象化し、新たな理論や概念モデルを創造できるようになるのではないかと考えます。革新的アイデアを導けるようなレベルまで考えられます。
レベル3は個々の料理を作る上で十分なパターン認識力、適用判断力、抽象化調整力を有していました。レベル4になると個々の料理の完成度が高いだけではなく、料理・食事をテーマとしたシステム全体がうまく回ることを考えられるようになります。
食事には、栄養補給、健康の維持・促進、エンターテイメントなど様々な目的があります。料理人は、それらを満たす必要があります。
また、料理人から見ると、食事をする人達はもちろん、食材や調理器具を生産し、提供してくれる人達も関係しています。さらに食料生産時の環境への負荷、フードロスへの対応、食事が残った時の対処など、環境への配慮もする必要があります。
健康の促進のために食事をしても、回り回って環境が悪化し、長い目で見て自身だけではなく、多くの人の健康を害するようなことがあっては、目的を満たせているとは言い難いでしょう。
システム的な理解とは、こういったことを全て考慮に入れて、献立を考え、調理法を考え、美味しい料理を作るようにすることです。
料理だけではなく、他の家事もしているのであれば、家事全体がうまくいくようにも考える必要がありますし、子供がいるのであれば食育も考慮入れる必要があるでしょう。
料理で得た知見を他の行為に活かせるようになるのも、レベル4の特徴の一つです。
今回は「抽象化能力」を支える3要素である、パターン認識力、適用判断力、抽象化調整力の概要と、「抽象化能力」のレベルについてお話ししました。
次回以降は、それぞれの力の上げ方についてお話ししたいと思います。
参考
1 なぜ、あの人との会話は噛み合わないのか?
2 会話の「噛み合わなさ」の正体
3 「同じミス」を繰り返す人は、「同じミス」だと思っていない
4 質問にきちんと答えられない人
5 思考にも「利き手」がある
6 「茶色い毛玉」か、「うちのミースケ」か?~「具体的知識」のレベル
7 「視野を広げる」ための4つのアプローチ
8 多角的な情報収集~「解像度を上げる」ためのアプローチ(1)
9 何がわが子に起こったか? 「観察」と「記録」と「分析」~「解像度を上げる」ためのアプローチ(2)
10 「抽象化能力」のレベル
11 活躍し続けるベテランは「パターン認識力」が優れている~抽象化能力を支える力1
12 「新入社員が辞めていくのは、新人教育が不十分だから」では、不十分な理由
13 上司の“武勇伝”には、「適用判断力」が欠けている~抽象化能力を支える力2
14 「工場長、本当にその方法で大丈夫なのでしょうか?」適用判断力~抽象化能力を支える力2
15 なぜ、上司によってこんなに評価が異なるのか?抽象化調整力~抽象化能力を支える力3
16 思考スタイルは抽象化能力と具体的知識の組み合わせで決まる
17 「困った人」への対処法1~思考スタイルを知ることで人間関係を楽にする 具体的知識1✕抽象化能力1
18 「困った人」への対処法2~思考スタイルを知ることで人間関係を楽にする 具体的知識1✕抽象化能力2
19 「困った人」への対処法3~思考スタイルを知ることで人間関係を楽にする 具体的知識2✕抽象化能力1
20 「困った人」への対処法4~思考スタイルを知ることで人間関係を楽にする 具体的知識2✕抽象化能力2
21 「知っている」と「理解している」の決定的な違いとは