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「困った人」への対処法1~思考スタイルを知ることで人間関係を楽にする 具体的知識1✕抽象化能力1
個々人の思考スタイルは、「具体的知識」と「抽象化能力」の組み合わせで決まると私は考えています。
「具体的知識」にも「抽象化能力」にもそれぞれ0~4までのレベルがあり、たとえば具体的知識レベル3✕抽象化能力レベル1、具体的知識レベル4✕抽象化能力レベル3、などのように、バランスによってその人の思考スタイルが決まります。
自身の思考スタイルを知ること、コミュニケーション相手の思考スタイルを知ることは、円滑な人間関係、効果的なコミュニケーションを実現するためには重要です。
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具体的知識と抽象化能力のレベルが2以下の組み合わせの思考スタイルだと誤解が生じたり、話が噛み合わなかったりとミスコミュニケーションが発生しやすくなります。レベル2以下同士の場合はなおさらです。
そして、それらの思考スタイルでは共通して見られる‟症状”があります。その特徴を踏まえ、対処法を探ってみたいと思います。
今回は、具体的知識レベル1✕抽象化能力レベル1の思考スタイルです。
具体的知識1×抽象化能力1の思考スタイルの特徴
ある程度高いレベルになると、物事を具体で考えるか抽象で考えるか、当人の思考のクセが出てきます。いわば「思考の利き手」ですが、このレベルではまだそう呼べる状態ではなく、両手とも不器用な状態と言えます。
具体的知識レベル1には2種類あります。どちらも対象を正しく識別できないのですが、その理由が異なります。1つ目は「解像度が低い」ため、2つ目は「視野が狭い」ためです。
抽象化能力もレベル1ですから、抽象度の高い話はきちんと理解できないことも多く、逆に極端な抽象化をしてしまうこともあるのがこの思考スタイルです。
コミュニケーションの際には、なかなか話が通じず、「困った人」と認定されてしまいがちです。
いくつかの代表的な例と、どうすれば円滑なコミュニケーションが取れるかをご紹介します。
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「あいまいな答えしか返せない人」
具体的知識レベル1(解像度が不十分)✕抽象化能力レベル1(代表的なパターンしか認識できない)
解像度が不十分なため具体的知識が欠如しており、それが主症状として現れている
対象を詳細に観察・把握できていないため、特徴を正確に説明できない
相手が求める精度の情報を持ち合わせておらず、大まかな印象レベルの回答しかできない
「たぶん」「だいたい」「なんとなく」「まあまあ」などの言葉、擬音語、感覚的な表現「いい感じ」、「なんかこう」等を多用する傾向
やりとりの例:営業部のLさん
営業部のLさんは新規顧客との商談から戻ってきました。
上司:「商談の様子はどうだった?」
Lさん:「まあまあ良かったと思います」
上司:「具体的には?予算とか導入時期とか?」
Lさん:「えっと...前向きな感じでしたね」
上司:「提案した新機能についての反応は?」
Lさん:「あ、そうでした。その辺りも聞いてみたんですが...なんとなく良い感じでした」
上司:「なんとなくって...議事録は?」
Lさん:「あ、メモは取りましたよ」(手帳を開く)
上司:(メモを見て)「これじゃ何が決まって何が持ち越しになったのかわからないじゃないか...」
「あいまいな答えしか返せない人」の特徴
このタイプの人は、物事を観察・把握する際の解像度が低いため、具体的な詳細情報を持ち合わせていません。例えば、商品の在庫数を「まだたくさんある」としか答えられない、プロジェクトの進捗を「意外と順調」とだけ表現する、商談の所要時間を「思ったより早く終わりそう」としか言えないといった具合です。
本人は質問の意図を理解しようとはしており、できるだけ正確に答えようとする意思もあるのですが、持っている情報自体が曖昧な印象レベルのものでしかないため、具体的な数値や明確な表現を用いた回答ができません。
この傾向は特に、時間や数量、具体的な特徴を説明する場面で顕著に表れます。「3時15分」ではなく「3時過ぎ」、「赤色から黄色へのグラデーション」ではなく「赤っぽい色」といった具合に、あいまいさを含んだ表現しか使えないのです。
結果として、正確な情報が必要な業務の場面で支障をきたしたり、具体的な指示や報告が必要な状況で混乱を招いたりすることになります。しかし、これは意図的にあいまいな表現を使っているわけではなく、単に観察・把握の解像度が低いことに起因する問題なのです。
また、会話が表面的であり、その判断も表面的な類似性だけで判断してしまうなどの特徴があります。自分では理解しているつもり、考えているつもりでもあっても、それらが表層的なことが多いのも特徴です。インプットの解像度が低いので、詳細な議論はできませんし、詳細な情報に基づいた抽象化もできません。
インプットの解像度が低いという自覚もあまりないことから、解像度を上げなければいけないという危機感がないことも珍しくありません。
生まれつき目が悪い人はメガネをかけるまで、自分の目が悪いことに気づけていないのと同じです。「見える」とはどういうことかがわかって初めて、「しっかり見えていない」ことに気づけるのです。
抽象的な指示、問い、説明に対しては、わかったようなリアクションをすることも多いのですが、実際には理解できていないことが多く、質問されて初めて自分が理解できていなかったことや抜け漏れに気づきます。
「あいまいな答えしか返せない人」の取り扱い説明書
このタイプの人が上司でいることは稀です。多くは部下か同僚に当たるはずです。
もし、こういった人が上司だったら…早くそこから脱出すべきです。転職を考えた方が良いかも知れません。
抽象的な指示、問い、説明は、わかったようなリアクションでも、通じていないと考える方が無難です。
現状に即した具体例を示す必要があります。
作業の指示をする際には、はじめにその作業の目的を明確に伝え、その後に具体的な作業内容を伝え、相手の言葉でそれを確認させるという手順を毎回行うことによって、弱点の克服につながる可能性があります。
大人の場合、全ての分野において、具体的知識のレベルが1であることも稀です。
「あいまいな答えしか出せない人」が最も得意としている分野で、解像度が高く、きっちり見えている状態を見つけ、「解像度高く見えている」とはどういう状態なのかを気づかせることも大切です。
「半径30センチの世界にいる人」
具体的知識レベル1(視野が不十分)✕抽象化能力レベル1(代表的なパターンしか認識できない)
視野が不十分なために、対峙している事象の全体像が見えていないことが主症状
見えている自分の担当範囲の一部は詳細まで把握しているが、その外側に対しては関心も知識も乏しい
見えているものが全てと考えがちで、それに基づいて判断してしまう
「わが部署のためには……」「それは私の担当ではありません」「それは聞いていません」「それは指示されていません」「私には関係ありません」が口ぐせ
やりとりの例:エンジニアMさん
プロジェクトの進捗会議にて:
Mさん:「私の担当部分のコーディングは予定通り完了しました。テストも問題なしです」
PM:「他のモジュールとの連携は?」
Mさん:「え? それは自分の担当外なので...」
PM:「でも、仕様書に書いてあったよね? 他チームとの調整が必要って」
Mさん:「あ、そうでしたっけ...仕様書の自分の部分は何度も読んだんですが...」
PM:「それじゃ、結局全体の進捗は遅れてしまうね…」
他メンバー:「うちのモジュールにも影響が出ますね...」
Mさん:「すみません...自分の部分だけしか見ていませんでした...」
「半径30センチの世界にいる人」の特徴
このタイプの人は、往々にして自分の担当業務に対して真面目で、責任感も強い傾向にあります。自分の担当範囲については確かな知識を持ち、細部まで把握していることも多いのですが、その視野が担当範囲内で完結してしまっています。
情報の取得が限定的であり、主に身近な情報源や直接体験したことだけに基づいて世界を理解してしまい、偏った意見になりやすいという特徴があります。
また、見えているものが全てだと思い込みがちなため、結果的に部分最適にしかなっていない解決策を取ること多いです。
しかし、本人が自ら、それに気づくことはなく、「自分の担当範囲については問題なく、この解決策は正しい」と考えがちです。
その結果、部門間の連携が必要な部分で支障をきたしたり、組織全体の最適化を阻害する要因になってしまうことがあります。
「半径30センチの世界にいる人」の取扱説明書
「あいまいな答えしか返せない人」とは違って、このタイプの人は上司、同僚、部下、どこにでも存在し得ます。
上司の場合は、自分の部署のメンバーに対しては面倒見も良く、守ってくれることが多い「良い上司」に思えます。一方で、大局観がなく部分最適な判断が多いため、他部署からは「イケていない部署」と思われている可能性があります。少しでもその上司の視野を広げられるような促しが必要となります。
部下の場合、ある領域については詳しく、責任感も強いこともあり、担当者としては優秀だと思われることもあるかもしれません。しかし、担当範囲が広がったり、他の部署との連携を考えなければいけない立場になった瞬間に、この評価は覆されることになります。「つながり」を無視して、正しい判断はできないからです。
このタイプと接する時には、まず、自分たちが行っている活動、行動が最終的に何を目指しているかを明確にすることが大切です。目指している全体像、全体の中の位置付け、他領域との関係をわかりやすく説明した上で、「自分の担当領域しか考えられない人」の担当領域の話をするわけです。
そして、関連する他部門との情報共有の機会を増やし、担当領域との関係を意識させることも重要です。
立ち位置を変えれば、ズームアウトすれば、見えてくるものが違うことを意識させ、様々な立ち位置に立ったり、思い切り俯瞰してみたりしてもらうことによって状況は改善されます。
「何でも単純化してしまう人」
具体的知識レベル1✕抽象化能力レベル1
抽象化能力の低さが主症状として現れている状態
質問の意図、会話の目的を把握できず、質問に正しく答えられなかったり、会話泥棒になってしまったりする
二者択一的な思考に陥りやすく、中間的な選択肢や複数の要因が組み合わさった可能性を考慮できない
(本当はわかっていないのに)「あ、わかった!」、他人の言葉を遮って「知ってます。それは◯◯ということですね。」(実は早とちり)、(手段は同じでも目的が違うことに対して)「前にやったのと同じですね」、「昔から◯◯に決まっている」、「白黒ハッキリさせろ」、「◯◯しかあり得ない」
やり取りの例:新入社員のNさん
新入社員のNさんは、顧客からの問い合わせ対応を担当しています。
「システムの動作が遅い」という報告を受けると、前回同様の報告の時に「再起動」で解決したことを思い出し、毎回同じ対応を指示。症状は似ていても原因が異なるケースがあることに気づかず、顧客からのクレームが増加しています。
また、「前回と違う症状が出ている」という顧客からの追加情報も、「でも動作が遅いのは同じですよね」と、細かな違いを無視してしまいます。
「何でも単純化してしまう人」の特徴
このタイプは、抽象化能力の低さが症状として出てしまっており、全体像を把握せずに、気になる言葉に飛びついってしまったり、質問に答えずその周辺情報を延々と話したり、ものごとを極端な二項対立として整理してしまったりする傾向があります。
物事を理解しようという意欲自体は持っています。しかし、抽象化能力の不足により、複雑な問題を過度に単純化して捉えてしまいます。そのため「結局のところ○○が原因だ」「要は○○すれば良い」といった形で、複雑な事象を一つの要因に還元しようとする傾向が強くなります。
また、類似点、相違点を具体的に洗い出すことをせず、見た目が似ているだけ、名前が似ているだけで、安易に似ていると判断してしまうのもこのタイプの特徴です。結果として、早とちりがとても多くなってしまいます。
また、情報を得るときに、重要か重要ではないかという判断軸ではなく、自分にとって「わかりやすい」か「わかりにくい」かで情報の取捨選択をしがちなため、偏る傾向があります。重要な情報を「よくわからなかったから」で軽視したり、無視したりしてしまう危険性があるのです。
何らかの活動に成功・失敗をした時にも、単純に『景気が悪いから』『メンバーが優秀だったから』とわかりやすい原因に決めつけがちなことが多く、詳細な根本原因分析がなされることも少ないのもこのタイプの特徴です。
「何でも単純化してしまう人」の取扱説明書
「あいまいな答えしか返せない人」や「自分の担当範囲しか考えない人」の特徴に、この「何でも単純化してしまう人」の特徴が組み合わさることも珍しくありません。
具体的知識1 ✕抽象化能力1の思考スタイルの人共通のこととして、抽象的な話は、わかったようなリアクションであっても、通じていない可能性が高く注意する必要があります。
きちんと理解してもらうためには、現状に即した具体的な例を使って話すことが必須なのですが、この際、くれぐれも現状と離れた比喩は使わないようにしましょう。想像を超えた解釈をされ、大きな混乱に繋がりかねません。
例:上司と具体的知識レベル1✕抽象化能力レベル1の部下との会話
上司:「新人教育は植物を育てるのと同じでね、水をやり過ぎても駄目だし、やらなさ過ぎても駄目なんだ。適度な水やりが大切なんだよ。」
部下:「なるほど!では早速、研修室にウォーターサーバーを設置しましょう。新人が喉が渇いたときに適量の水が飲めるようにすれば、良い成果が出そうですね。」
上司:「水の話をしたいのではないのだが……」
今回は具体的知識レベル1✕抽象化能力レベル1の思考スタイルについてご紹介いたしました。
次回はこれ以外の「困った人」が見られる思考スタイルについてご紹介いたします。
参考
1 なぜ、あの人との会話は噛み合わないのか?
2 会話の「噛み合わなさ」の正体
3 「同じミス」を繰り返す人は、「同じミス」だと思っていない
4 質問にきちんと答えられない人
5 思考にも「利き手」がある
6 「茶色い毛玉」か、「うちのミースケ」か?~「具体的知識」のレベル
7 「視野を広げる」ための4つのアプローチ
8 多角的な情報収集~「解像度を上げる」ためのアプローチ(1)
9 何がわが子に起こったか? 「観察」と「記録」と「分析」~「解像度を上げる」ためのアプローチ(2)
10 「抽象化能力」のレベル
11 活躍し続けるベテランは「パターン認識力」が優れている~抽象化能力を支える力1
12 「新入社員が辞めていくのは、新人教育が不十分だから」では、不十分な理由
13 上司の“武勇伝”には、「適用判断力」が欠けている~抽象化能力を支える力2
14 「工場長、本当にその方法で大丈夫なのでしょうか?」適用判断力~抽象化能力を支える力2
15 なぜ、上司によってこんなに評価が異なるのか?抽象化調整力~抽象化能力を支える力3
16 思考スタイルは抽象化能力と具体的知識の組み合わせで決まる
17 「困った人」への対処法1~思考スタイルを知ることで人間関係を楽にする 具体的知識1✕抽象化能力1
18 「困った人」への対処法2~思考スタイルを知ることで人間関係を楽にする 具体的知識1✕抽象化能力2
19 「困った人」への対処法3~思考スタイルを知ることで人間関係を楽にする 具体的知識2✕抽象化能力1
20 「困った人」への対処法4~思考スタイルを知ることで人間関係を楽にする 具体的知識2✕抽象化能力2
21 「知っている」と「理解している」の決定的な違いとは