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「新入社員が辞めていくのは、新人教育が不十分だから」では、不十分な理由

私の定義する「抽象化能力」には、「パターン認識力」、「適用判断力」、「抽象化調整力」の3つの力があります。

このうち1つめの「パターン認識力」は、効率的な学習、成長の礎となるものです。また、将来の展開を予想したり、リスクの早期発見をしたりするのにも役立ちます。経験から培われる能力でもあるため、シニア世代が提供できる大きな価値の1つだと考えています。

しかし、パターン認識力を培うにあたっては、注意しなければならない「ワナ」もあります。

パターン認識力を妨げる3つのワナ

表面的な類似性だけで判断してしまうワナ

いま、咳が続いているとします。これに対して、「先日、風邪をひいて咳が出たから、今回も風邪だろう」と、“風邪に対する対処”をしてしまうのがこのワナです。

咳というのは「症状」に過ぎず、その原因は様々です。肺がんや結核などの風邪以外の病気の症状としても起こり得ますし、アレルギーの可能性もあります。

症状が類似していても、その根本原因が類似しているとは限らないのです。根本原因を知らずに正しい対処はできません。

まず、目に見えていること=現象、症状とその根本原因は別物だと考えることが大切です。

ちなみに咳止め薬を服用するのは、典型的な対症療法です。対症療法自体が間違っているわけではありませんが、薬の効果が切れたら、また咳が出ることになりますので、恒久的な対策ではないことは明らかです。

自分の経験則だけで判断するワナ

経験は貴重なものです。数少ない一次情報です。そこで得られた知見は重要です。

しかし、自身の経験の時の条件と、現在の条件が同じとは限りません。かなり昔の経験であれば、その時の条件と現在の条件は違うと考える方が自然です。

環境やテクノロジー、地政学的な変化、社会的な変化などを考慮に入れなければいけません。

ところが、人間には、自分の体験、特に成功体験を過大評価し、普遍的な法則だと思い込むクセがあります。本当はある特定の条件下のみ有効なパターンにも関わらず、どんな条件でも有効なパターンだと勘違いしてしまうわけです。

個人で経験できることには限りがあります。自分がした経験は、ある特定の条件下のものだということを認識することは大切です。

都合の良いパターンだけを見つけるワナ

自分の思い込みや願望、自説を強化する情報ばかり集め、反証する情報は無視したり軽視したりする傾向を、行動経済学では「確証バイアス」と呼びます。まさに確証バイアスの影響を受けた状態で、パターン認識を行ってしまうワナです。

パターン認識を行うためには、複数の具体的な事例が必要です。具体的知識を得るために、観察に先立っての多角的な情報収集が大切なのですが(#8 多角的な情報収集~「解像度を上げる」ためのアプローチ(1)参照)、それはまさにこの確証バイアスのような認知バイアスの悪影響を防ぐためです。

仮に多角的な情報収集を行って、観察をし、具体的知識の解像度を高めた状態であっても、パターン認識の際に確証バイアスが働いてしまっては、正しいパターン認識ができません。

パターン認識力を高める3つの習慣

こうしたワナを回避し、パターン認識力を高めるために有効な思考習慣を3つご紹介しましょう。

「なぜ」を最低でも3回繰り返す習慣

問題に対峙した時、それがなぜかを3回繰り返します。

3回の「なぜ」はそれぞれ目的が異なります。

1回目は表面的な原因の特定をするためです。

2回目は、背景となる要因の理解のためです。

3回目は、構造的な問題の発見のためです。

例として、「新入社員の離職が増えている」という問題を取り上げてみましょう。

まず、「新入社員の離職が増えている」が事実なのか、どれくらい離職が増えているのかを確認します。

 

そのうえで、1回目の「なぜ」です。

「なぜ新入社員が離職するのか?」

直接の原因を洗い出し、最も有力なものを特定します。

この例では「多くの新入社員が仕事についていけていない」ことが離職の有力な理由だと特定できたとします。

「新入社員でもできる仕事だけを振る」とか「仕事についていける新入社員を採用する」などの解決策もありえなくはないですが、ここでは「新入社員を仕事についていけるようにする」というのが素直な解決策です。

しかし、そのレベルでは根本原因までの施策にはなっていません。

 

2回目の「なぜ」に進みます。

「なぜ、多くの新入社員が仕事についていけていないのか?」

「新人に対しての教育体制が不十分だから」という理由が洗い出されたとします。

そこで、「各部署で新人研修を充実させる」という解決策が考えられます。悪くはありませんが、検討が不足しています。各部署でそれぞれ異なる形で研修をすることは非効率ですし、その試みが継続される保証もありません。

3回目の「なぜ」です。

「なぜ、新人に対しての教育体制が不十分なのか?」

「教育体制が不十分」という背景が、どのような構造的問題によって引き起こされたかを考えるわけです。

今回のケースでは「人材育成の重要性が組織で共有されていない」という問題が発見されたとします。人材育成の優先度が明確にされておらず、評価などの人事制度にも反映されていない状態でした。

そのため、上司は人材の育成に時間やお金を使うことはせず、売上目標の達成のために、新入社員を使い捨ての駒のように扱ってしまっていたようです。

人材育成と人材の維持の重要性を組織に浸透させ、そのための予算確保や、それに連動した人事制度(採用、育成、配属、評価など)に変更することによって、より長い期間、大きな効果を上げることができるはずです。

「3回のなぜ」1サイクルでは根本原因を特定できないこともあるでしょうから、そのときは2周、3周と繰り返します。その場合は、5回、6回以上の「なぜ」を繰り返すことになります。

反例を意識的に探す習慣

パターン認識力を高める思考習慣の2つめは、自分が見出したパターンに対して、「当てはまらない事例」を積極的に探すことです。

先に述べた通り、人間には、自分に都合の良い事例ばかりを無意識に集めてしまう脳のクセ=確証バイアスがあります。頭の中でパターンのイメージができていると、それに合った事例ばかりを集めてしまうのです。インプットに偏りがあると正しい推論はできません。

だからこそ、自分の見出したパターンに当てはまらない事例を意識的に探す必要があるのです。

生成AIは、この反例探しの一助となります。プロンプト(指示)を通じてAIの立場を指定することで、自分以外の、様々な視点からの意見を得ることができます。

生成AIを活用して、意識的に反例、反証を探してみるのも良いでしょう。

異なる分野の事例を意図的に収集する習慣

どちらかというとこれは「具体的知識」を充実させるための習慣ですが、効果としては「抽象化能力」の向上に繋がるものです。これまでも何度も申し上げていますが、「具体的知識」と「抽象化能力」は相互補完関係であり、相互依存関係にあるのです。

例えば、ある業界で行うビジネスの問題に対峙しているとき、その業界のビジネスの事例を収集するだけではなく、他業界の取り組みや歴史上の出来事、自然界の現象などの情報も意図的に収集してみるのです。

業界の常識が、他業界から見ると非常識ということも珍しいことではありませんし、専門家ゆえのバイアスを持っている可能性もあります。様々な視点で観察し、考えることの重要性も、繰り返しお伝えしてきた通りです。

異分野の事例を積極的に収集し、分野間の類似点と相違点を明確にしていきます。

そして、応用可能な概念やフレームワークをまとめていくのです。

より高いレベルの概念、フレームワークを見出すためには、より広い視野で事例を収集する必要があるのです。

定期的に異分野のセミナーや講演に参加したり、多様なバッググラウンドを持つ人とのネットワークを構築したりすることは、価値あることと言えます。

今回は抽象化能力を支える3つの力である「パターン認識力」についてお話ししました。

次回は「適用判断力」の話をしたいと思います。

参考
1 なぜ、あの人との会話は噛み合わないのか?
2 会話の「噛み合わなさ」の正体
3 「同じミス」を繰り返す人は、「同じミス」だと思っていない
4 質問にきちんと答えられない人
5 思考にも「利き手」がある
6 「茶色い毛玉」か、「うちのミースケ」か?~「具体的知識」のレベル
7 「視野を広げる」ための4つのアプローチ
8 多角的な情報収集~「解像度を上げる」ためのアプローチ(1)
9 何がわが子に起こったか? 「観察」と「記録」と「分析」~「解像度を上げる」ためのアプローチ(2)
10 「抽象化能力」のレベル
11 活躍し続けるベテランは「パターン認識力」が優れている~抽象化能力を支える力1
12 「新入社員が辞めていくのは、新人教育が不十分だから」では、不十分な理由
13 上司の“武勇伝”には、「適用判断力」が欠けている~抽象化能力を支える力2
14 「工場長、本当にその方法で大丈夫なのでしょうか?」適用判断力~抽象化能力を支える力2
15 なぜ、上司によってこんなに評価が異なるのか?抽象化調整力~抽象化能力を支える力3
16 思考スタイルは抽象化能力と具体的知識の組み合わせで決まる
17 「困った人」への対処法1~思考スタイルを知ることで人間関係を楽にする 具体的知識1✕抽象化能力1
18 「困った人」への対処法2~思考スタイルを知ることで人間関係を楽にする 具体的知識1✕抽象化能力2
19 「困った人」への対処法3~思考スタイルを知ることで人間関係を楽にする 具体的知識2✕抽象化能力1
20 「困った人」への対処法4~思考スタイルを知ることで人間関係を楽にする 具体的知識2✕抽象化能力2
21 「知っている」と「理解している」の決定的な違いとは


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