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なぜ、上司によってこんなに評価が異なるのか?抽象化調整力~抽象化能力を支える力3

私の定義する「抽象化能力」はパターン認識力、適用判断力、抽象化調整力の3つから成り立っています。そして、それらを下支えする基盤として、適切な抽象化の軸と適切な抽象度を判断する力が存在します。
 
抽象化調整力とは、状況に応じて臨機応変に抽象度を調整したり、抽象から具体、具体から抽象の移行ができる能力です。
 
今回は抽象化調整力についてお話しいたします。

抽象化調整力の位置付け

同じ人物なのに、異なる評価

「Kさん、なかなか良いセンスしてるね」

全社の重要プロジェクトを統括するプロジェクトマネージャーのIさんは、入社3年目のKさんを褒めました。

「経営会議での進捗報告も的確だし、複数のプロジェクト間の依存関係も正確に把握できている。このあいだのステアリングコミッティ(※)での報告も、プロジェクト全体の課題が簡潔にまとまっていてよかったよ」

※プロジェクトの最上位の意思決定機関。プロジェクトオーナーをはじめとした重要なステークホルダーが参画。

一方、開発部門の現場を預かるJ部長は、同じKさんについて不満気です。

「あの子、何を考えているのかわからないんだよね。具体的に何をするのか、実装の詳細を聞いても、いつも『全体最適化を図ります』とか『システム間の整合性を重視します』とか、抽象的な話ばかりで……。現場が動くためには、具体的にどのモジュールをどう修正するのか、どんなテストをするのかまで決めないといけないのに」

なぜ、同じ人物に対してこれほど異なる評価が生まれるのでしょうか?

Iさんの立場では、個々のプロジェクトの詳細よりも、プロジェクト間の関係性や、全体としての進捗状況、リスクの把握が重要です。Kさんによる抽象度の高い報告は、この目的に適していました。

一方、J部長は開発現場の責任者として、具体的な実装計画や作業工程の詳細を必要としています。抽象的な表現では、実際の作業に落とし込めないのです。

つまり、相手の求める抽象度に適切に対応できている場合は高い評価を得られ、抽象度が合っていない場合には低い評価になるのです。

今回は、このような状況で必要となる「抽象化調整力」についてお話ししたいと思います。

抽象化調整力とは何か

抽象化調整力とは、状況に応じて適切な抽象化の軸を選び、その軸での抽象度を臨機応変に調整する能力です。

ここで重要なのは、まず適切な抽象化の軸を見つけることです。どんなに抽象度を変えても、軸が間違っていては効果的なコミュニケーションは望めません。

先ほどの例で言えば、Kさんは経営層に対してプロジェクトの全体像、経営層が知るべき課題を簡潔に伝えることができました。これは経営層向けの抽象化の軸として適切です。

しかし、開発部門の現場の責任者であるJ部長にとっては、具体的な実行計画を立てる必要があり、実装計画や作業工程に関する具体的なアクションプランを示すことができる情報が必要でした。Kさんの報告はまず抽象化の軸もが不適切だったわけです。

さらに、J部長にとっては抽象度が高すぎる話をしています。抽象化の度合いも不適切だったと言えます。

それぞれの立場で必要とする情報とその抽象度が異なることを意識しなければならないのです。

抽象化調整力を高めるために

「軸」と「抽象度」を適切に選択するためには、以下の5段階のフローが効果的です。

1. 目的を見極める

「目的」の重要性はこのnoteでも繰り返しお伝えしてきましたが、本稿では新たな観点を紹介します。

それは、あらゆる活動には「公式の目的」と「隠れた目的」があるということです。このような前提に立っていれば判断を誤りにくくなります。

例えば、新システム導入の検討会議を考えてみましょう。

公式の目的は「新システムの導入是非の判断」です。この目的に対しては、費用対効果や技術的な実現可能性という軸で議論を組み立てることができます。

しかし、参加者にはそれぞれ異なる思惑(隠れた目的)があります。

情報システム部門の責任者は「自部門の人員が足りない」というメッセージを込めたいと考えていて、現場の管理職は「部下の残業を減らしたい」という切実な願いがあり、経理部門の担当者は「予算の配分で自部門に不利にならないか」を懸念しているわけです。

明文化された「公式の目的」だけでなく、「隠れた目的」についても意識できると、抽象化の軸はぐっと見つけやすくなります。

2. 対話を通じて軸を見つける

「公式な目的」は文書化され、公開されていることが多いため、その認識は容易です。一方で「隠れた目的」は、対話を通じてしか見えてこないことが多いものです。

「このシステムについて、特に気になる点は何でしょうか?」 「導入後の運用体制について、どのようにお考えですか?」 「他部門との関係で懸念されることはありますか?」

このような問いかけ・対話を通じて、参加者それぞれの本質的な関心事が見えてきます。その関心事こそが、その人にとっての適切な抽象化の軸となります。

3. 複数の軸を組み合わせて議論を組み立てる

公式の目的に沿った議論の中に、個々の思惑に対する配慮を織り込んでいく必要があります。

先ほどの例だと情報システム部門、現場の管理職、経理部門の担当者はそれぞれ異なる懸念を持っていました。

情報システム部門の関心に応えるためには、「運用体制」という軸で「新システム導入後の業務量」と「必要な体制」という話を織り込む必要があります。

現場の管理職の関心に応えるためには、「業務効率化」という軸で「具体的な残業削減効果」という話を織り込む必要があります。

また、経理部門の担当者の関心に応えるためには「投資対効果」という軸で、「部門間の公平な予算配分」の話を織り込んでいくわけです。

それぞれの軸で、相手の理解度や必要性に応じた抽象度で説明していきます。

4. 相手の反応を読み取り、理解度を確認する

抽象度を正しく調整するためには、相手の反応を正確に読み取ることが重要です。

身振り手振りなどの非言語コミュニケーションを注意深く確認すると、相手が感じていることのヒントが見つかります。

たとえば、資料にじっと集中している、話者を見やる、他の参加者と目を合わせる、などの目線の動き。あるいは、メモを取る、資料に印をつける、スマートフォンを触り始めるなどの手の動き。

姿勢の変化も起こります。前のめりになったり、後ろによりかかったり、腕を組んだり、逆に組んでいた腕を解いたり。

困惑、安堵、不安、興味などがはっきりと表情に現れることもあります。

新システム導入の説明で見られる典型的な反応には、こんな推測ができます。

「このシステムは業務効率を大幅に向上させます」

  • 腕を組んで身を引く → 抽象的すぎて、実感が湧かない

  • ため息をつく → 同じような話を何度も聞かされている?

  • そわそわし始める → 具体的な説明を求めているのかも

 

「例えば、経理部門での伝票処理が自動化されます」

  • 姿勢を正す → 自分に関係する話題に興味を持った

  • 首を傾げる → 自動化に不安がある?

  • ペンを持つ → より詳しい説明を求めている

 

「自動化により、月次決算の処理時間が半分になります」

  • うなずきながらメモを取り始めた → より具体的な説明が必要

  • 隣の人と目を合わせる → 現場での実現可能性に疑問?

  • 資料をめくり返す → 前の説明との整合性を確認したい

 

このように、言外の動きや反応は、説明の抽象度や方向性を調整する重要な手がかりとなるのです。

なお、ここでお話ししている「相手の反応を読み取る」ということは、いわゆる「空気を読む」こととは本質的に異なります。

「空気を読む」とは、往々にして集団の暗黙の同調圧力に従うことを意味します。

しかし、ここでお話ししていることは、相手により良く理解してもらうため、そして相手の本質的な関心事を理解するために、反応を観察することです。

相手の反応を読み取る目的は、より良いコミュニケーションを実現し、本質的な議論や相互理解に到達することにあります。決して、表面的な同調や困難な話題の回避ではないのです。

5. 全体最適を見失わない

個々の思惑に配慮することは重要ですが、それは決して「思惑に迎合する」という意味ではありません。

それぞれの思惑の背景にある本質的な課題を理解し、全体最適の中でそれらをどう扱うかを考えることが重要です。

まとめ

抽象化調整力は、状況に応じて柔軟に抽象化の軸、抽象度を変える能力です。これは単なるスキルではなく、相手への理解と配慮に基づく、コミュニケーションの本質的な力とも言えます。

対話に応じて適切な抽象化の軸を見つけ、その軸に応じた話をする際も、一つの説明方法に固執せず、相手と目的に応じて抽象度を調整する

この習慣を身につけることで、より効果的なコミュニケーションが可能になるのです。

参考
1 なぜ、あの人との会話は噛み合わないのか?
2 会話の「噛み合わなさ」の正体
3 「同じミス」を繰り返す人は、「同じミス」だと思っていない
4 質問にきちんと答えられない人
5 思考にも「利き手」がある
6 「茶色い毛玉」か、「うちのミースケ」か?~「具体的知識」のレベル
7 「視野を広げる」ための4つのアプローチ
8 多角的な情報収集~「解像度を上げる」ためのアプローチ(1)
9 何がわが子に起こったか? 「観察」と「記録」と「分析」~「解像度を上げる」ためのアプローチ(2)
10 「抽象化能力」のレベル
11 活躍し続けるベテランは「パターン認識力」が優れている~抽象化能力を支える力1
12 「新入社員が辞めていくのは、新人教育が不十分だから」では、不十分な理由
13 上司の“武勇伝”には、「適用判断力」が欠けている~抽象化能力を支える力2
14 「工場長、本当にその方法で大丈夫なのでしょうか?」適用判断力~抽象化能力を支える力2
15 なぜ、上司によってこんなに評価が異なるのか?抽象化調整力~抽象化能力を支える力3
16 思考スタイルは抽象化能力と具体的知識の組み合わせで決まる
17 「困った人」への対処法1~思考スタイルを知ることで人間関係を楽にする 具体的知識1✕抽象化能力1
18 「困った人」への対処法2~思考スタイルを知ることで人間関係を楽にする 具体的知識1✕抽象化能力2
19 「困った人」への対処法3~思考スタイルを知ることで人間関係を楽にする 具体的知識2✕抽象化能力1
20 「困った人」への対処法4~思考スタイルを知ることで人間関係を楽にする 具体的知識2✕抽象化能力2
21 「知っている」と「理解している」の決定的な違いとは

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