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上司の“武勇伝”には、「適用判断力」が欠けている~抽象化能力を支える力2

私の定義する「抽象化能力」はパターン認識力、適用判断力、抽象化調整力の3つから成り立っています。そして、それらを下支えする基盤として、適切な抽象化の軸と適切な抽象度を判断する力が存在します。

このうち、適用判断力とは、識別されたパターンを適用する条件について判断する能力です。

今回は、適用判断力とは具体的にどのようなものか、またその重要性についてお話しいたします。

「抽象化能力」を支える3つの力とその礎となる力

困った部長

「昔は良かった……」

「私の若い頃は……」

「あの時はこうやって成功したのだから……」

こんなセリフを上司から聞いたことはありませんか?

特に管理職になって長く経っているベテランが、若手に対して「昔の成功体験」を語り出す時は要注意です。

ここに、部長職についているEさんという人がいるとしましょう。

昭和生まれで、社会人として昭和、平成を生き抜き、平成の半ばに管理職になった人です。管理職経験は20年以上あります。

とても真面目で、地道な努力を続けられるタイプです。足で稼ぐ営業には定評があり、何度断られても諦めずに、粘り強く営業を続けるスタイルで、トップクラスの売上を維持してきました。

顧客や当時の上司からの理不尽とも思える要求も驚異的な忍耐力で乗り越え、信頼を得て、今日の地位に到達しました。5年前に部長に昇進してからは部内の重要事項の決済、承認や戦略を検討する業務が中心になっています。

元「打たれ強い営業マン」が陥りやすい落とし穴

ある月曜日の朝、E部長は部下のF主任(28歳)を呼び出しました。

「Fさん、最近の若い人は根性が足りないよ。私の若い頃は、お客様に20回断られても諦めなかったものだ。粘り強く通い続けて、信頼を勝ち取って......」

F主任は内心で深いため息をつきます。彼が担当するIT企業の購買担当者から先週届いたメールには、こう書かれていたのです。

『度重なる営業訪問のご提案、ありがとうございます。当社では、サプライヤー様との商談はすべてオンラインでの実施を基本方針としております。また、商談に際しては、事前に製品の環境負荷データと、貴社のサステナビリティへの取り組みについての資料のご提出をお願いしております...... 』

しかしE部長は続けます。

「とにかく足を使って通うんだ。昼に行って断られたら、夕方にまた行く。それでも断られたら翌日の朝一番に行く。私はそうやって大口顧客を開拓してきた。粘り強さこそが営業の基本だよ」

F主任は言いよどみます。

「あの......部長。今のお客様は、いきなり訪問されるのを嫌がるんです。アポイントのない訪問は、むしろマイナスになってしまって......」

E部長は眉をひそめます。

「なにを言っているんだ。営業は人と人との信頼関係だろう。メールなんかじゃ、本当の信頼関係は築けないよ」

なぜ「昔の成功体験」がワナになるのか

E部長は自分の成功体験の事例から、いくつかのパターンを認識し、それを金科玉条の如く信じています。それ自体は批判すべきことではありません。自分の経験を適切に抽象化し、パターン化し、概念化ができているのは、一定のレベルの抽象化能力を有している証拠です。

しかし、皆さんもお気づきのように、E部長の言動には重大な問題が潜んでいます。

それは、自身の経験から見出した「足で稼ぐ」という成功パターンが、今の時代にそぐわないと認識できていないということです。

 この、過去の成功パターンが「今の状況でも使えるか」を正しく判断する能力のことを私は「適用判断力」と読んでいます。これは「抽象化能力」を支える重要な要素の一つです。

E部長の「粘り強い営業」は、確かに20年前には効果的でした。当時は対面での商談が基本であり、決裁者との人間関係が重要な上、製品の性能と価格が主な判断基準という時代でした。

しかし、今の状況は大きく変わっています。現代はオンラインでの商談が基本であり、組織的な意思決定プロセスが多く、サステナビリティや環境負荷も重要な判断基準となっています。働き方改革による訪問規制なども存在し得ます。

長い間、営業の現場から離れてしまっているE部長は、こうした現実について知識としては持っていたかもしれませんが、実感を伴った理解はできていなかったようです。

時代や状況の変化にういて正しく認識できていれば、かつての成功パターンが「通用」するかしないかをきちんと「判断」することができたでしょう。

この10年の世の中の動き、技術の進歩などは、人類の歴史で最も速く、変化が大きかったと私は捉えています。ですから、かつての成功パターンが未だに通用するのかどうかは、常に自問自答しなければなりません。

さらに言えば、たった数年前の経験であってもすでに通用しなくなっていることも数多くあります。経過時間の長さだけでは判断できない時代になっているのです。

人間は自分の成功体験を過大評価し、それを普遍的法則と思い込みやすいという脳のクセ(確証バイアス)を持っています。その成功が自分で独自に見出したパターンや概念によってもたらされたものであれば、「思い込み」はさらに顕著になります。それらのほとんどは、ある条件下で有効なパターンであり、普遍的法則ではないのですが、その人にとっては「信念」となってしまいます。

そのような誤解を避けるためにも、自分が導き出したパターン、概念が適用しない事例=反例を意識的に探そうとすることは大切なのです。

反例を意識的に探す習慣の重要性

「反例を意識的に探す習慣」については「パターン認識力」の記事でも話をしましたが、今回は少し意味合いが異なります。

パターン認識力の時は、より適切なパターンを「見出す」ための事例収集時に気をつけるポイントとして挙げました。

ここでは、自分が見出したパターンが、現在の状況に「適用できるか」を考える際に気をつけるポイントとして挙げます。

我々が見出すパターンの大半は言い換えると、「ある条件下では高確率で発生し、それ以外の条件下ではほとんど発生しないもの」と言えます。

つまり、パターンが見出された条件と、直面している条件が同じかどうかを確認する必要があるということです。

このステップを忘れてしまうと、先述のE部長のようなことになってしまいかねません。

E部長が自身の「成功パターン」を見出した時代の条件と、現代の条件が同じかどうかを考える必要があったわけです。

もちろん、パターンを見出した時の条件と、直面している条件が全く同じということはむしろ稀です。

なので、どの条件が見出したパターンに影響するのかを知っておかなければなりません。
そのためには、パターンが高確率で発生する条件だけではなく、パターンが発生しない(もしくはほとんど発生しない)条件についても知る必要があるのです。
 
また、パターンを見出したタイミングの事例の母数が少ない場合、その後の観察によって、その分布が大きく変わってしまうこともあります。そのため、見出したパターンだけではなく、その外側に対しても観察を続ける必要があります。
 
そして、見出したパターンが「なぜ発生するのか」を考えるのも重要です。
理由がわからなければ説得力を欠きますし、気づいていない要因が変化することで、見出したパターン自体が成り立たなくなることもあるからです。
 
今回は「適用判断力」がどのようなものかと、その重要さをお話ししました。
次回は「適用判断力」が機能しない場合と、それに陥ったときの処方箋をご紹介したいと思います。

参考
1 なぜ、あの人との会話は噛み合わないのか?
2 会話の「噛み合わなさ」の正体
3 「同じミス」を繰り返す人は、「同じミス」だと思っていない
4 質問にきちんと答えられない人
5 思考にも「利き手」がある
6 「茶色い毛玉」か、「うちのミースケ」か?~「具体的知識」のレベル
7 「視野を広げる」ための4つのアプローチ
8 多角的な情報収集~「解像度を上げる」ためのアプローチ(1)
9 何がわが子に起こったか? 「観察」と「記録」と「分析」~「解像度を上げる」ためのアプローチ(2)
10 「抽象化能力」のレベル
11 活躍し続けるベテランは「パターン認識力」が優れている~抽象化能力を支える力1
12 「新入社員が辞めていくのは、新人教育が不十分だから」では、不十分な理由
13 上司の“武勇伝”には、「適用判断力」が欠けている~抽象化能力を支える力2
14 「工場長、本当にその方法で大丈夫なのでしょうか?」適用判断力~抽象化能力を支える力2
15 なぜ、上司によってこんなに評価が異なるのか?抽象化調整力~抽象化能力を支える力3
16 思考スタイルは抽象化能力と具体的知識の組み合わせで決まる
17 「困った人」への対処法1~思考スタイルを知ることで人間関係を楽にする 具体的知識1✕抽象化能力1
18 「困った人」への対処法2~思考スタイルを知ることで人間関係を楽にする 具体的知識1✕抽象化能力2
19 「困った人」への対処法3~思考スタイルを知ることで人間関係を楽にする 具体的知識2✕抽象化能力1
20 「困った人」への対処法4~思考スタイルを知ることで人間関係を楽にする 具体的知識2✕抽象化能力2
21 「知っている」と「理解している」の決定的な違いとは


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