メルフォン

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【歴史小説】光より出づる者1-3

アントワーヌ・ラヴォアジエの過去。  五歳の頃、母は妹を産んですぐに亡くなった。パリ高等法院の代訴人だった父は忙しく、新しく妻を娶ることもしなかったので私と妹は祖母の家で育てられることになった。この時代の思い出といえば、暗い部屋で物音も立てずに静かに本のページをめくっているものだ。厳格な信徒だった祖母はしつけに厳しく、うるさく騒ぎようものなら激しい折檻が待っていた。規律を順守することを教え諭すのは母親を亡くした私たちへの彼女なりの愛情だと理解するのは難しくなかったが、自分を

    • 【歴史小説】光より出づる者1-2

      ポール・リーブル監獄は、元はポール・ロワイヤル修道院といい、17世紀の数学者、ブレーズ・パスカルの妹も帰依していた歴史のある修道院であった。フランス革命が起こると公安委員会により接収され、国王の名を関する‟ロワ″を排除し、より革命的な‟リーブル”の名前の与えられ監獄として生まれ変わった。恐怖政治下で濫造された他の監獄とは違い、比較的富裕な貴族が集められ、あたかもサロンのような催しが開かれるなど自由な気風が残され、先の見えない時代から生まれる無聊への一時の慰めを収監者に与えるこ

      • 【歴史小説】光より出づる者1-1

         1789年、フランス。パリ市民のバスティーユ牢獄襲撃を鏑矢として、市民の力を背景とした政治改革が進行する。後の世に、フランス革命と呼ばれるそれは、しかし年を追うごとに流血も辞さない過激な武力闘争へと変貌していく。  そんな中、フランス宮廷の貴族であり、フランス科学アカデミーの会員でもあったアントワーヌ・ラヴォアジエが公安委員会によって指名手配され、逮捕される。彼はかつて徴税請負人という職に就いており、その経歴が元で牢に繋がれることとなった。    ポール・リーブル監獄