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【 チェイサーゲーム W 】最終話 小説風にしてみた
「君は春本さんのことを愛してるの」
浩宇は静かに目を逸らすなと言わんばかりの視線を私に向けている。
私は突然の問いに戸惑いながらも自分に嘘をつくことは出来なかった。
少しの沈黙の後、覚悟を決めた。
「はい…私はレズビアンです。」
「君がこれまで僕に冷たかったのは、それが原因だったんだね。」
「貴方を傷つけて、本当にごめんなさい。」
この言葉に嘘はなかった。
浩宇には申し訳ないと思っているし、家族として大事にしたい気持ちはある。
でも男として愛する事は出来なかった。
「レズビアンなのにどうして僕と結婚したの?」
「貴方と出会ったときは、まだ樹と別れたばかりで……たまらなく寂しかった。誰かに愛されたかったの…。」
樹と別れてからの私は流されるままに生きていた。樹を愛する気持ちに蓋をして、目を背けなきゃ立つことも出来なかった。心の傷に出来たかさぶたを剥がさないように、何とか生きていたの。そんな時に出会ったのがあなただった。
「相手は誰でもよかったってこと…?」
「…違う。私もあなたを愛したから結婚したし、月も産まれた。それは嘘じゃない…」
冬雨はここにきてやっと大学時代の樹の気持ちがわかった。
私の幸せを願って自分の気持ちに嘘をついてまで別れを切り出してくれた樹。
自分が1番傷ついているくせに、その気持ちを隠して、自分が悪者になっても私を守ろうとしてくれた樹の気持ちが。
樹…。今度は私の番だね。
私がただ1人、この世で愛する人
樹を守るから。
こうして私は樹を守る為に浩宇に嘘をつく事に決めた。
浩宇への気持ちは愛ではない。
情でしかないのに。
「何を言っても君は僕を裏切った。…月のことも裏切った。それが事実。分かるよね…?」
「君はこれからどうしたいの?僕と別れて春本さんと暮らしたい…?」
出来る事ならあの頃に戻って樹とやり直したい。出来る事なら・・・。
でも今更そんな事言えるはずもない。
現実に私には夫がいて娘がいる。
また樹に出会える未来がわかっていたなら、こんなふうにならなかったのかな?今更考えても仕方がない。
私は首を横に振るより他なかった。
決心した私は立ち上がって浩宇に頭を下げた。
「あなたと月を裏切ってこんなこと言える立場じゃないけど…。できることならもう一度だけやり直すチャンスをください…。お願いします…。」
「樹、本当にごめんね。」
心の中で何度も何度も謝っていた。
浩宇は怒りを表に出さない人。
でも今回ばかりは静かな口調の中に激しい怒りを感じる。浩宇の怒りの矛先を、樹に向けさせないために今の私に出来る事。それは、浩宇とやり直す。
それしかあなたを守る方法がないの。
理解して欲しいとは言わない。
私の愛ゆえの憎しみから始まった事だから、最後の責任はこの私がとらなきゃいけない。
浩宇に下げた頭は同時に樹への謝罪でもあった。
「じゃ、僕の気持ちを言うね。僕も、今まで通り君と月と三人で暮らしていきたい。だからもう、春本さんと会わないでほしい…できる?」
「…はい。」
これで、全て終わった。
冬雨は湯船に浸かりながら中国に帰ってしばらくしてからの事を思い出していた。樹との傷心の別れから立ち直れず、仕事にも身が入らなかった私を上司だった浩宇は何かと気遣ってくれた。程なくして浩宇は出世争いに敗れ打ちひしがれていた。そんな傷心の2人が初めてお酒を飲みに行き、過ちがおこった。
たった1度きりの過ち。
樹と青山君の事がたまにフラッシュバックしてた私は、ただただ『自分を傷つけたい』そんな気持ちにふいに襲われることがあった。
心の痛みから逃れる為には、自分を傷つけ体の痛みで誤魔化すのが一番効果的だ。
浩宇との一夜もそんな気持ちからのものだった。
しかし思いもよらぬ事にその1回で私たちは月を授かった。自暴自棄になってた私は親の言う世間体の為に結婚した。しかし体の関係はそれっきり。浩宇も察するものがあるのか、最初は何度か誘ってきたけど今ではそれもない。
日本に来てからの樹との幸せな日々を思い出しながら、樹に何をどう話せばいいのか思いあぐね、私は答えが見つからぬまま湯船の中に静かに沈んだ。
同じ頃、樹は電話に出ない冬雨の事を案じ切ない声で留守番電話にメッセージを残していた。
「もしもし、冬雨。このメッセージ聞いたら連絡して。」
樹は思い出の赤いマフラーを抱きしめ、冬雨への募る想いを持て余しながら長い夜を過ごしていた。
翌日会社に出社すると歪んだ冬雨への愛ゆえ様々な妨害工作をし、失敗した呂部長がみんなの前で叫んだ。
「林冬雨、あなたが日本に来たのは仕事の為じゃなくて春本樹と再会する為。そうでしょ。女同士でそれが不倫だとバレたらどうなると思う?ジ・エンドだよ。」
「構いません。自分に嘘をつかなきゃいられない会社になんていたくありません。だから、バラしたいならそうして下さい。」
冬雨は心配そうに見つめる樹の横にすっと立ちこう言い放った。
「私は春本樹を愛してます。その事については後悔していません。」
樹は震える声で「冬雨…。」と呟いた。
突然のカミングアウトに驚いたが、いつも甘えてばかりだと思っていた冬雨の毅然とした態度が嬉しかった。
チームのみんなに迷惑をかけた事を謝る冬雨。樹も一緒に頭を下げた。
しかしみんな迷惑なんかかけられてないと笑い飛ばしてくれた。
そしてDD社へ「天女世界」の正式な依頼もきて、立場が無くなった呂部長は逃げるように去って行った。
冬雨と樹はいつものカフェのロフトに来ていた。
「許可なく喋ってごめん。」
謝る冬雨に樹は優しく
「とても嬉しかった。」と言った。
でも、今日の冬雨、なんだか様子が変だな。
冬雨からいつもと違う空気を感じる。
樹は2人の間の長い沈黙に不安が募る。
そして、冬雨が口を開けるのを待った。
「私たちのこと、夫も知ってる」
「えっ?」
思いがけない冬雨の言葉に動揺する樹。そこに冬雨が言葉を続けた。
「だからもう、終わりにしないと。」
樹の目にみるみる涙が溜まっていく。
冬雨は既婚者だ。いずれこうなる事は樹にも分かっていた。同じ事を繰り返し辛い別れが来る事が何よりも怖かった。
でも1分でも1秒でもその別れが先になればいいと、そう思っていたのに。
どんな理由があったにせよ、1度冬雨の手を離してしまったは私なんだから、今更反論なんか出来るはずもない。
樹は震える声で一言「うん。」と返した。
「大丈夫。絶対樹には迷惑かけたりしないから。」
「何でそんな事いうの?」
「だって、私のせいでこんな事になったから、私が日本に来たからこうなってしまって。」
樹は冬雨の言葉を遮り
「違う!私は冬雨とこうなったこと後悔してないよ。あの晩、誰かを傷つける事が分かっていてもあなたを求めずにはいられなかった。例えどんな罰を受けてもあなたと結ばれたかった。だから全然後悔してない。あなたと再会できた事、感謝してる。」
樹の心からの悲痛な叫びを聞いた冬雨は、そんな樹の頬を伝う涙を愛おしそうに拭うのだった。
お店を後にした2人は夜の雑踏の中を無言で歩いていた。
言葉を発すると気持ちが溢れそうでお互い何も言えなかった。
しかし、そんな時間も長くは続かなかった。
「そろそろいかないと。」
樹は冬雨に向き合った。
「行って。」
最後の言葉を冬雨に言わしちゃいけない。自分から言わなきゃ。
樹の最後の優しさだった。
冬雨は樹の手を握って言った。
「もう少し一緒にいたい。」
ダメだと分かっていながら、樹を困らせると分かっていながらもそう言わずにはいられなかった。
「お願いだからそんな事言わないで。」
「樹。」
樹は無理に作り笑顔を向けると
「月ちゃんが待ってる。」
そう言葉を絞り出した。
遠くに視線を泳がせた冬雨は諦めたように樹に背を向けると
1歩、2歩、3歩…と歩き出した。
しかし目の前が涙で滲み、堪えきれなくなった冬雨は樹に向かって走り出した。冬雨を見送っていた樹もたまらず走り寄り、お互いもう一度しっかりと抱き合った。
樹を見つめ冬雨は一言
「忘れない。」
たまらず冬雨にキスをする樹
「私も…。」
そして樹はもう一度冬雨に最後の長い長いキスをするのだった。
これからも永遠に私の事を忘れないで欲しいとそう願いながら。
こうして私たちは別れた。
冬雨と別れた翌日、私は会社を辞めた。
冬雨と過ごした職場。
冬雨と隠れてキスしたトイレ。
冬雨と2人きりになったエレベーター。
全ての冬雨との思い出が辛かったから。
林冬雨…。
彼女も私がDD社を辞めて間もなく中国に帰った。
帰国後、冬雨はヴィンセントを退社。
その後どうなったかは誰も知らない。
会社を辞めた私はしばらく何もする気がおきない日々を送っていた。
しかしいつまでもそうしている訳にはいかず、私は冬雨と通ったあのカフェでアルバイトをする事に決めた。
なんの確証もないけれど、2人にとって1番の宝物であるあの場所。
そこにいたらまた冬雨に会えるような、そんな気がしていた。
樹、元気にしてるかな?
中国に帰ってから樹の事を思い出さない日は1日もなかったよ。
全ての仕事の責任を果たし会社を辞める準備を着々とすすめていた私は、晴れて今日ヴィンセントを退職した。
ねぇ、樹。
私、浩宇にも別れを切り出したんだよ。「私はレズビアンです」そう宣言したあの日から、中国に帰ったら自分に正直に生きる為、浩宇と別れるって決めてたの。ホントは樹に「もう1度日本に帰って来るまで待ってて」って言いたかったけど、離婚出来る確証もないのにそんな無責任な事は言えなかった。
勿論彼はすぐに別れる事に納得してくれなかったけど、何度も何度も話し合った結果、彼は私の気持ちを尊重し別れる事に同意してくれたの。
ただ月だけは僕が育てると譲らなかった。でも月と会うことは制限しないから会いたい時に会えばいいよと言ってくれた。
「樹、これで全て終わったよ。」
でも樹はどう思うだろうか?
私は日本へ向かう機内の中で不安な気持ちでいた。その気持ちを抑えるように胸元のペンダントを握りしめた。
そう、樹とお揃いのあのペンダントを。
日本に降り立った私は苦しく長かった道のりを思いだし深呼吸をした。
1番最初に行く場所は決めている。
樹と通った思い出のあのカフェ。
私はあの頃のように扉を開けた。
カラン、カラ~ン。
樹はお客さんをロフトに案内し、階段を降りながら振り向いた。
「いらっしゃい、ま…せ…」
その先にいたのは
「冬雨」
「樹」
樹は冬雨にとびきりの笑顔を見せた。
冬雨は樹の笑顔を見て安堵した。
あなたがどんな時も笑ってられるよう、そう願っていたから。
ここで再会したことにお互い驚きはなかった。
まるで2人ともここにいることが最初から分かっていたかのように。
END