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【 チェイサーゲームW 】第7話 小説風にしてみた
チーム内にいたスパイはなんと「小松莉沙」だった。しかもヴィンセント本社の社員に正式採用されたらしい。
いつものカフェで冬雨はその事を樹に報告していた。アイスティーを一気に飲み干した樹は、ストローに怒りをぶつけるようにガジガジ噛んだ。
「莉沙がスパイだなんて」
「私も驚いている。1番ノーマークだったから」
「それでこれからどうなるの?」
「本社からはゲーム化を再考したいと言ってきてる。」
「DD社が天女世界をゲーム化する話がなくなるかもってこと?」
「かもじゃなくてなくなる。これまでうちのトップが再考して実現した企画なんて1度もないから。結局大企業にとっての再考なんて辞めるときの常套句だよ。」
樹は不安になって冬雨に聞いた。
「それじゃあ、冬雨は?」
冬雨は聞こえないふりをして目を逸らした。そして別の話を樹にふった。
「特務課の人から何か報告があった?」
リーク記事を書いたのが青山だと報告を受けたが、冬雨には黙っておくことにした。
冬雨の顔を見るとなんだか元気がない。樹は冬雨を元気付けようとグラスの氷を一気に口に放り込み、ボリボリとかじって見せた。
それを見た冬雨は唖然としてる。
「お腹壊すよ。」
「そんな氷食べたら、歯、欠けるよ?」
「ん~ん、にぃーーー。」
樹はそれでもボリボリと氷を食べて、白い歯を冬雨に見せた。
「強そうな歯でよかった、よかった」
浮かない顔をしてた冬雨が笑顔を見せてくれ樹は安心した。
その頃樹の親友、フリージャーナリストの青山航はいつものように麻雀をしていた。樹からかかってきた電話に理由を察しため息をついた。
何度かけても電話に出ない青山。
樹は昔の出来事を思い出していた。
10年前、高校生だった2人は陸上部に入っていた。仲の良かった2人は
「あそこの公園まで競争だー。勝ったほうがアイスおごりー。」
そんな風にじゃれ合う毎日が楽しかったし、樹は性別を超えて青山のことを親友だと思っていた。
( それなのになぜ、裏切るようなことを…?)
冬雨は家族3人で食卓を囲んでいた。
物思いにふけり食が進まない冬雨に浩宇は声をかけた。
「美味しくない?」
「ううぅん、とっても美味しいよ。そうだ、明日から家で仕事することになった。だから、私も家事の手伝いするね。」
「それは気にしなくていいよ。君は仕事に専念して。」
浩宇は日本に来てからの冬雨の変化に気づいていた。今までなら家事をすることも、僕に優しい言葉をかけることもなかった。この変化は?
春本さんと何か関係が?
冬雨は浩宇に対して後ろめたかった。
「出世争いに敗れたから僕は会社を辞めても構わないよ。」そう言って私が仕事に専念する為とはいえ、家庭に入って主夫をしてくれた浩宇。
それゆえ「男として不完全な人間」と母から罵られても我慢してくれてる。そんなあなたの献身的な姿は私にもわかってる。なのに、私はあなた以外の人を想ってる。ずっと押し殺していた感情だけど、それは結婚前からのもの。そしてその気持ちが樹を目の前にした今止められない。ごめんなさい、私は樹を愛しています。
そんな気持ちを隠しながら、あと少しで仕事も落ち着きそうだし中国に戻るのも早まりそうだと伝えた。すると
「月、中国に戻りたくない。だって中国に戻ったら樹ちゃんに会えなくなるもん。」
すっかり樹に懐いた月が、ママは寂しくないの?嫌だよ⋯と駄々をこねだした。それを聞いていた浩宇は、冬雨どころか月からも春本さんの名前が出たことにいい気がしなかった。そんな2人の会話を聞かないふりをしながら、ご飯を口にかき込んだ。
その頃、青山と連絡が取れない樹は、青山の行きつけの麻雀店の前で青山が出てくるのを待っていた。
出てきた途端に逃げようとした青山は、追いかけてきた樹に観念して捕まった。
2人は公園のベンチで話している。
「冬にアイスってどうなの?」
「そう?私は冬に食べる方のアイスが好きだけど。」
樹は苛立ちを隠しながらぶっきらぼうに答えた。
「DD社を叩いた記事の件で来たんだろう?俺、借金抱えすぎてさぁ、返済しないとマジでやばい状況だからさぁ。」
「借金返済できるほどギャラはもらえた?そう、もらえたならよかったじゃん。あの記事読んでむかついたけど、DD社を糾弾する熱量は伝わってきた。書きたいときの文章がある青山くんってあんな感じ。」
「まさか褒められると思ってなかったから、俺、どうリアクションしていいかわかんねーよ。」
樹はしばらく考えたが意を決して口を開いた。
「呂部長に冬雨と私が付き合ってたこと⋯、バラした?」
青山は観念したようにうなずいた。
「さいっってぇ~。」
「でも、金が目当てじゃない。俺⋯高校の時から⋯お前に片思いしてたの⋯知ってた?」
「んっっっ?」
青山は高校時代から樹に告白するチャンスをうかがっていた。恋愛に興味がなさそうな春本に告って、玉砕したやつを何人か見てきたから、俺は大学に入ってからでいいやと思っていた。でも、まさか春本が女性と付き合うと思ってなかったからびっくりした。だけど、俺から見ても林冬雨と付き合ってる春本は幸せそうに見えた。
「いや、知らなかっただろ。実はそうなんだよ。春本がレズビアンだと知った後もずっと諦められなくてさ。だからって俺の気持ちを伝えたからって、その⋯付き合ってもらえないのわかってるし。いやまじで辛いわ。異性愛者が同性愛者を好きになるのって。だから⋯その⋯俺から嫌いになれない位だったら⋯春本から嫌われた方が楽かなぁと思って。それで⋯。」
「そんな勝手な理由で裏切ったの?」
それまで樹の顔を見ずに話をしていた青山は、その時初めて振り向いて樹の顔を見た。
「ごめん。俺、喋るべきじゃなかった。むっちゃ後悔してる。」
樹は親友だと思っていた青山が、自分のことを好きだったことに驚いた。だからといって冬雨との事をバラした事は許せなかった。しかも相手はあの憎っくき呂部長だ。樹は信頼していた青山の裏切りが悲しかった。
立ち上がった樹は足早にその場を去った。青山は自分が傷つけてしまった樹の顔が頭から離れず、罪悪感に押しつぶされそうになった。
呂部長とスパイだった小松莉沙が密談し、アサヒプロダクションのすべての社員をヴィンセントに引き抜いた。プロデューサーの更木は驚いて、林冬雨に助けてくれと電話した。
慌てて出かけようとする冬雨を、浩宇は肩をつかんで引き止めた。
「待って。大事な話があるから出かけるのは後にしてほしい。」
あまりにも真剣な表情で頼んでくる浩宇に、冬雨は出かけることができなかった。
冬雨に向き合って座った浩宇は意を決して口を開いた。
「君は僕ではない、誰か他に好きな人がいるんじゃないかなと思って。」
「そんなのいるわけないじゃん。」
そう答えた冬雨の声は震え、瞳は揺れている。
浩宇は中国語でまくし立てた。
感情が高ぶっている時はいつもこうだ。
「本当のことを言って欲しい。」
冬雨も中国語で返した。
「本当だよ。」
すると浩宇はポケットから封筒を取り出し、冬雨の目の前に置いた。
冬雨は封筒に手を伸ばし恐る恐る中身を取り出した。
そこに入っていたのは⋯。
いつものカフェで樹とキスをしている写真だった。
冬雨はなんでこんな写真がここにあるの?誰が撮ったの?こんな写真を突きつけられたらもはや言い逃れができる要素は何もない、そう一瞬で理解した。
「君は春本さんのことを愛してるの?」
観念した冬雨は軽く息を吐き答えた。
「はい。私はレズビアンです。」
浩宇はパズルのピースがハマったように、今までの疑念が腑に落ちた。
樹、私どうしたらいい?
これで私たちの関係は何もかも終わっちゃうのかな?そう思うと大きな不安が押し寄せ、冬雨はどうしていいか分からなかった。