【 チェイサーゲームW 】第1話 小説風にしてみた
「浮気する奴は地獄へ落ちればいい。」
高く掲げたシャンパンを土下座した女に躊躇なくぶちまける女。
その目には愛と憎悪の激しい炎の色が浮かんでいた。
屈折した感情の向かう先は...。
彼女たちの過去に一体何があったのか?
その12時間前
Dynamic Drem社
「天女世界のゲーム化かぁ、緊張するなぁ。」
「マンガ最高でしたよねぇ。元恋人同士の2人が戦うって切ないですよねぇ。」
「女同士の禁断の恋愛ってのがいいんですよねぇ。」
「別に女だから禁断って訳じゃないんだけど。」
そう話しているのはゲーム会社『Dynamic Drem 』略してDD社のプロジェクトリーダー春本樹と、3Dアニメーターの小松莉沙だ。
その2人と入れ替わるようにして現れた2人。
1人はDD社の部長、安藤陽子。
もう1人は中国のマンガを日本でゲーム化する為に中国からやってきたクライアントの責任者、林冬雨(はやしふゆ)だった。
春本樹がデスクにつくとプロジェクトメンバーの七瀬ふたばと坂本綾香、そして小松莉沙が誕生日を祝ってくれた。
更に27歳の誕生日の今日、プロジェクトリーダーに任命され樹は今まで以上に張り切っていたのだ。
そこへ安藤部長と林冬雨が入ってきた。安藤部長が挨拶し説明を始めるやいなや、林冬雨は待ちきれずにサングラスを外した。
樹は部長の横の女性と目があった瞬間、息を飲んだ。
( えっ、まさか、冬雨? )
林冬雨は樹に視線をゆっくり向け
「ヴィンセントの林冬雨です。私は…」
そう自己紹介を始めた。
樹はびっくりし過ぎて自己紹介の言葉など何も耳に入ってこなかった。
冬雨が…なんで?
みんなに厳しい言葉を投げてる目の前の冬雨は、ホントに私の知っているあの冬雨なの?
大学時代のおっとりした甘い感じから随分雰囲気が変わってる。
それにどうしてここに?
疑問ばかりが頭に浮かんだ。
昼休憩になりプロジェクトメンバーの5人は、今後の事を話し合っていた。
ふたばは社内メールで回ってきた林冬雨のプロフィールを見ながら
「大学は日本に留学してたみたいですね。年齢は樹さんと同じ27歳。入社5年目のバリキャリっぽいですね」
「怖いものとかなさそぉ~」
莉沙が言うと同時に、林冬雨が入ってきた。
「どなたか、私には怖いものがなさそうと言っていましね。私には怖いものはありませんが、嫌いなものがあります。」
「裏切り者が嫌いです。大っ嫌いです。」
(裏切り者?それって⋯。)
冬雨の怒りが自分に向けられている事に気づき、樹はいたたまれず下を向いた。
冬雨のプロフィール写真を見て樹は大学時代を思い出していた 。
冬雨は紫、私はピンクの色違いのセーター。そしてお揃いのデニムのスカート。仲良く自撮りした、あの時の想い出の写真だったからだ。
樹は高校、大学と同級生だったフリージャーナリストの青山航に電話して冬雨のことを話したが、詳しい話は濁して終わった。
「結局、なんだよ。」
青山 は電話を切りロック画面の樹を見つめてた。そこには部活の監督と青山、そして笑顔の樹が写っていた。
部屋に戻ると林冬雨は高橋美咲に別部所に行くよう迫っていた。正義感の強い樹はリーダーとして抗議した。すると
「春本さんは肝心なことを何も言わないから伝わりません。」
そう八つ当たり気味に責められた。そして仕事に子供のことを持ち込む事は許さない、と言う林冬雨に
「自分が独身だからって子供の気持ちを…。」
「私にも子供はいます。だからって家庭の事情は仕事には持ち込みません。」
そう言いながら、冬雨は夫と子供と3人で写った写真をデスクに並べた。
冬雨が……結婚…?
ましてや子供だなんて考えた事もなかった。冬雨の口から出た「結婚」「子供」という言葉に樹はショックを受けた。
樹はトイレの個室で大学時代の冬雨との写真を眺め思いを巡らせていた。そこに誰かが来た音で我に返った。出ていくとそこにいたのは冬雨だった。
「あのね、冬雨…。」
樹は思い切って声をかけた。
大学時代と同じ優しい声で。
冬雨⋯もう1度あなたにそう呼ばれたい。眠れない夜に私は何度そう願っただろう。どれだけあなたに傷つけつけられても、悔しいのにあなたに会いたいと思う自分がいた。そのあなたが今私の名前を呼んでる。
でも⋯
「春本さん、私達の関係を明確にしておきましょう。私はクライアントであなたは下請けです。それ以外何もない。過去のことは職場に持ち込まないで下さい。」
口から出たのはそんな心にもない言葉だった。
口紅を塗りながら冬雨は樹のことを鏡越しに覗いた。直接目をあわすと樹に本心を見透かされてしまいそうな、そんな気がして…。
そこにふたばと莉沙が仕事終わりに冬雨をもてなそうと、中国のお酒を買ってやってきた。
「今日は誕生日でしたよねぇ。
誰かと予定もあるでしょうし、ご無理なさらずで。」
「何もないんで参加します。」
(ほんとに?何も予定ないの?
青山君とはどうなったの?
今もまだ続いているの?)
そう尋ねたい気持ちを冬雨はぐっと堪えた。
冬雨が娘の月を保育園に迎えに行った為に少し遅れたが、歓迎会が始まった。乾杯が終わると冬雨は度数のキツイ中国酒のバイチュウを一気にあおり始めた。
「中国ではリーダーが率先して飲む。」
樹に挑発的な視線を投げかけ何杯も飲み干した。
それを見て覚悟を決めた樹も
「いただきます」
と同じように一気にグラスを空にした。
冬雨は少し苦しそうな表情を浮かべながらもう1杯、樹も更にもう1杯と、2人してグラスを空にしていった。
そしてみんなでふたばの行きつけの店に場所を移した。
ふたばに下の名前を訪ねられた冬雨はこう説明した。
「中国名は言いにくいから、日本人からは「ふゆ」と呼ばれています。だから「ふゆ」でいいですよ」
樹は大学時代に「ふゆ」そう名付けたあの日の事を思い出していた。
日差しの中はにかむように
「樹って呼び捨てでいい」
そう聞いてきた冬雨がとても可愛いらしかった。
すると樹の横の男が聞いてきた。
「誕生日にこんな所にいて恋人に叱られない?」
「いや、いないので。」
「どれくらいいないの?」
「ずっとです」
冬雨はその話に敏感に反応した。
関心のないフリを装いながら、耳をそばだてていた。
「忘れられない人がいる系?」
「どうでしょうか。」
すると冬雨は皆が分からないのをいい事に、中国語で
「そんな人いないよねぇ。すぐ浮気するんだから」
そして今度は皆に分かる日本語で
「恋バナでしょう。私も混ぜて下さい。」
と話に入ってきた。
男が冬雨に話を振ると
「私の恋バナは今の旦那です。当時付き合っていた恋人に裏切られて中国に帰って死のうと思ったの。」
「えっ?」
それを聞いてびっくりした樹は冬雨の方に目を向けた。
「その時地獄の底から助けてくれたのが今の旦那です。」
黙って聞いていた樹だが、冬雨のそんな話を聞くのは辛かった。
自分に当てつけで話していることは十分わかっている。
樹はどうにもいたたまれない気持ちでその場に座っていた。
樹のそんな気持ちを知ってか知らずか、冬雨を振った相手は日本人かという問いに「ひ、み、つ」と答え更に樹を挑発した。
次にふたばが旦那さんのどこに惹かれたか尋ねると
「誠実なところ。絶対に嘘つかない…絶対に浮気しない。」
樹は自分へ向けられたであろうその強い言葉に下を向いた。
「浮気する奴は地獄に落ちればいい」
冬雨は怒りとともにシャンパンを飲み干した。
「御手洗に行ってきます。」
と席を立った冬雨を樹は追いかけた。
トイレを覗くと冬雨はいなかったので非常階段の扉を開けてみた。するとそこに冬雨はしゃがみこんでいた。
「冬雨」
樹は思わずそう呼んだが、公私混同するなと言われた言葉を思い出し
「林さん」と訂正した。
「大丈夫ですか?」
「飲めるようになったからって限度があるでしょ。」
そう言った樹の声は会社で会う春本さんではなく、私の良く知るあの頃の樹のままだった。
樹は冬雨の肩に手をかけ優しくさすった。
「ホントは下戸なんだから。」
ねぇ、樹…覚えてる?
前にも同じ事があったよね。
大学時代飲めないお酒を飲んだ私を優しく介抱してくれた樹。
膝枕してくれた樹の事ぎゅっと掴んで離さなかった私を、ねぇ、あなたは覚えてる?
あの時芽生えた樹への気持ち。
その感情に戸惑った自分の事、私は今でも覚えてるよ。
冬雨は樹に優しく触れられ、押しとどめていた気持ちが溢れ出した。
苦しい、苦しいよ、樹。
私はあなたに裏切られた。
復讐したいくらい憎い筈なのに。
二度と会いたくないと思いながらも、
また日本に来ずにはいられなかった。
あなたにこの気持ちが分かる?
私を捨てたあなたには一生分からないでしょう。なのに、そんなあなたに触れられただけでこんなにも、私は。
冬雨は振り向くや否や樹にキスをした。
突然のことにびっくりした樹は思わず冬雨を突き飛ばした。
冬雨は冬雨で自分のとった行動に驚いていた。戸惑っている樹を見て自分が何をしたのかやっと気づいた。
冬雨が立ち去り1人残された樹は、
冬雨の真意を測りかねていた。
あれ程の憎しみを私に向けておきながら、どうして…。
皆のとこに戻った樹に冬雨はにこやかに言った。
「春本さんの恋バナ、教えて下さい」
(冬雨、何いってるの?)
樹にこの場で答えられる話は何もなかった。
「私は答えたのに。あなたが答えないなら、グラスじゃ足りないですよね。」
そう言ってシャンパンの瓶を樹に差し出した。
樹はその瓶を冬雨から受け取り一気に喉に流し込んだが、むせてしゃがみ込んでしまった。
樹からシャンパンを奪い取った冬雨は、樹を上から見下ろしながら躊躇なく頭にシャンパンをぶちまけた。
樹はされるがままシャンパンを浴び続けるしかなかった。
シャンパンをかけ終わった冬雨は樹の目線までしゃがみこみ、顎をクイッと持ち上げて自分の方に顔を向かせた。
「中国ではクライアントに進められたお酒は絶対!覚えておいて下さい」
冬雨は冷たく氷のような表情で言い放った。
樹は冬雨の理不尽な行動に頬を思い切りひっぱたいた。
にもかかわらず冬雨の冷たく美しい顔に見とれている自分に気づいた。
私はこの説明のつかない感情が何なのか知りたくて、見合う言葉を探していた。